六 : 神君伊賀越え




 天正十年三月上旬。武田征伐の論功行賞が行われ、徳川家には駿河一国が進呈された。その返礼として、家康は東海道を利用して安土へ帰る信長に対して心尽くしの饗応で歓待した。道中の川に川船を繋いで臨時の橋を架けたり、宿館を建てたりするなど莫大な資材を投じる力の入れ様だった。
 この歓待中に信長は、同席した忠勝を『花も実も兼ね備えた武将である』と織田家の家臣に紹介。お褒めの言葉を頂戴した忠勝は徳川家の面目躍如となった。
 道中の持て成しが余程嬉しかったのか、信長は別れ際に「これまでの感謝も含め、今度は三河殿を安土へ招待したい」と告げて三河を後にした。
「……そういう訳で、儂は安土へ赴く」
 徳川家総出の歓待を終えて肩の荷が下りた家康は、岡崎城で家臣達に明かした。
 今や武田を倒し、上杉や毛利といった有力大名も織田の侵攻を前に風前の灯。そんな天下人の申し出を断れるはずがなく、受諾する旨の使者を安土へ派遣した。
「若君に詰め腹を切らせておいて、どの口がそんなことを言うか」
「そう申すな。我等の歓待に心から感激されたからこそ安土へ招きたいと思うたのだろう」
 忠佐が恨みがましく呟くと家康は鷹揚に応えた。信康自害の傷はまだ癒えておらず、しこりとなって多くの者の心に残っていた。
「さて、皆を集めたのは安土行きの相談だ。どのくらいの人数が良いと考えるか?」
「先方からは、尾張に入られてからの経費は全て織田家が負担すると伝えられております」
 言葉を添えたのは先年万千代から名を改めた井伊直政。元服してもなお家康の近習として手元に置かれているのは、それだけ主君から篤い信頼がある証でもある。
「尾張から先は織田の領内。道中は襲われる心配はしなくても大丈夫なので、兵を連れて行く必要は無いでしょう。招かれる立場ですので、相応の面子を揃えましょう」
 康政が自らの考えを述べると家康も満足そうに頷いた。
「康政の申す通りだな。物見遊山に行くも同然だから五十人程連れて行けば充分だろう。それと直政、京の茶屋四郎次郎に遣いを送れ。我等は畿内の事情に疎いから色々と融通を利かせてもらえ」
「承知致しました」
 茶屋四郎次郎は京において呉服商で巨万の富を築いた豪商で、元々家康に仕えていた武士の出自だった。その縁もあり、何か機会があれば融通を受けていた。
 これにより安土行きの陣容は固まった。安土へは酒井忠次や石川数正など主立った家臣で構成され、警護の為に忍び衆の頭である服部半蔵を加えた他は兵を一切連れて行かないこととした。忠勝も安土行きの中に当然ながら含まれていた。

 天正十年五月。家康一行は安土に向けて出発した。旧武田家家臣の穴山梅雪も、本領安堵の礼を伝えるために同行することとなった。
 尾張に入ると織田家の兵が警護に付くこともあって、家康一行は軽装の者が多かった。
「……のう平八郎。それはちと不釣合いではないか?」
 澄み渡る青空の下、康政がからかい気味に話しかけてきた。
 何を指しているかと言えば、天に向かってすらりと伸びる忠勝愛用の蜻蛉切。戦に行く訳ではないので穂先は鞘で覆われているが、一行の中で明らかに浮いていた。
「いつ何時不測の事態に見舞われるか分からんからな。用心の為だ」
 ぶれない返事に康政は苦笑を浮かべるしかなかった。康政も刀を帯びているものの、これは武将の体の一部みたいなもので道中用いることはまず有り得ないと思っている。
 織田の領地は他国と比べて治安は格段に良いことで知られる。子どもが夜中道端で寝ていても襲われる心配が無いという、当時の常識では考えられない逸話が残されている程に安全だった。夜盗や野伏の類も徹底的に排除され、人々は安心して領内を通行する事が出来た。さらに街道も整備されている上に関所も撤廃されているので評判はすこぶる良い。
 忠勝も主君の身に危害が及ぶとは考えていないが、武人としての心構えを貫く姿勢に揺らぎは無かった。
 一行は織田家の手厚い歓待を受けながらゆるゆると西上。五月十五日に安土へ到着した。
 積年の感謝を表したいとする信長の意向が強く反映され、畿内周辺の貴重な食材をふんだんに用いた豪華な膳が提供されたり、当代随一の舞い手を集めた能楽が披露されたりと、家康一行は贅を尽くした手厚い歓迎を受けた。
 その二日後には信長が中国遠征に赴くことが急遽決まったため、信長が帰ってくるまで家康一行は京や堺を散策することになった。
 一行は信長が付けてくれた家臣・長谷川秀一の案内で京、さらに堺を見物した。細やかな配慮の行き届いた秀一の応対で、家康一行は一時の羽休めを存分に満喫していた。
 そして家康一行は、三河へ戻る前に信長へ別れの挨拶をするため、六月二日に京へ上洛することにした。ただ、この六月二日の未明に驚天動地の大事件が起きるとは、誰も想像していなかった―――

「今日も良い天気だな」
 晴れ渡る青空の下、心地良さそうに家康が呟いた。
「幸いなことに、道中は雨に遭う機会が少なかったですね」
「これも殿の人徳のおかげに御座います」
「たわけ。ごま擦りが過ぎるぞ」
 家康が窘めると一同に笑いが起こる。主従で軽口を叩き合う程に、家康一行の雰囲気は良好だった。
 振り返れば今川の属国扱いだった松平家が、三河・遠江・駿河の三国を統べる太守になるとは夢にも思わなかった。桶狭間の合戦から二十二年、今に至るまで平坦な道のりではなかった。国を二分する内紛、強敵武田との死闘、同盟相手の無茶な要求を呑む形で失った嫡男。数々の苦難を乗り越えた現在では、“海道一の弓取り”と呼ばれるまでに成長した。
 ただ、これで終わりではない。東へ目を向ければまだ先がある。今後は織田と共に関東へ矛先を向けることになるだろうが、今後も織田と手を携えてさらなる高みを目指していくに違いないだろう。
 そこへ、道の先から砂塵を上げながら猛然と近付いてくる一頭の馬が見えた。凄まじい勢いだった為に皆の視線がそちらに向く。
「おや? あれは茶屋四郎次郎ではないか」
 数正が声を上げる。京で有名な豪商の四郎次郎が、単身で行動するなど通常有り得ない。
 四郎次郎は家康一行を見つけると、鞍から崩れるように馬から下りた。相当急いでいたらしく息は大いに乱れ、着衣も大量の汗で色が変わってしまっている。
 数正が差し出した水筒を受け取って喉を潤すと、ようやく一心地ついたのか呼吸も穏やかになった。
「あぁ……良かった……」
 第一声で安堵を漏らすと「家康様の所在はどちらに?」と訊ねてきた。自らを呼んだと知った家康が四郎次郎の方に歩み寄る。
「どうした、そんなに慌てて」
「家康様。落ち着いて聞いて下さい」
 一旦唾を飲み込んで言葉を区切った後、噛んで含めるようゆっくりはっきりと告げる。
「本日未明、信長公が宿泊されている本能寺が武装した軍勢に襲撃されました」
「―――何だと!?」
 四郎次郎が明かした内容に、誰とも分からず驚きの声を発した。傍らで聞いていた案内役の織田家家臣・長谷川秀一は瞬時に顔面が蒼白になる。
 俄に信じ難い事態に直面して困惑する一同だが、家康は無言を貫いている。
「京の周辺は全て織田の領内、敵対する勢力は存在しない筈だぞ!?一体誰が……」
「襲撃した軍勢が掲げていた旗印は桔梗紋、織田家で桔梗紋を用いているのは明智光秀様の他に居ません。理由は定かではありませんが、恐らく謀叛かと」
 明智光秀と言えば織田家を支える重臣の一人で、先日の武田征伐にも参加していた。言葉を交わす機会は少なかったので人柄や経緯は詳しく知らないが、信長からの信頼も篤いと考えられていた。
 そんな要職にある人物が何の前触れも無く謀叛を起こすなど考えられなかった。経験豊富な徳川家家臣達の間に動揺が広がる。
「手前は商人ですので辛くも京を脱け出せましたが、洛中は明智の兵で満ち溢れています。信長公の安否は掴めておりませんが、聞いた話では万を超える手勢で本能寺を囲んだとかで、恐らく生きてはおられぬかと……」
 主君へ反旗を翻すとなれば、用意周到に準備を整えていたに違いない。情報が外に洩れるのが最も恐いので、洛外へ人を出さないよう手を打つことも十分に考えられる。本能寺襲撃の一報を受けて真っ先に行動した四郎次郎の選択は正しかったと言える。明智の包囲網にかからず家康の元に情報が届いたのは意義が大きかった。
 もし何も知らず京に近付いていれば、家康一行の命は間違いなく無かったことだろう。
 天下統一に最も近い存在にあった信長が一夜にしてこの世から消えた事実の大きさに、全員言葉を失った。
 この非常事態に未だ一言も発することのない家康。桶狭間の敗戦、三河一向一揆、三方ヶ原の戦いと幾度も難局に直面したが無事に乗り越えてきた。徳川家の舵取り役は、どういう決断を下すのか。皆の意識が家康の発言に注目する。
 四郎次郎の話を聞いて固まったままだった家康だったが、やがてその体を小刻みに震わせると叫ぶように宣言した。
「儂はこれより知恩院に入り、上総介殿の後を追う!!」
 家康の言葉を聞いて、誰もが耳を疑った。あまりの衝撃に錯乱したか発狂したかと本気で思った者も少なくなかった。
 知恩院は京にある浄土宗の寺で、徳川家と由縁の深いことでも知られる。信長が討たれたことを悲観して自暴自棄になったか。
 家康と信長の付き合いは古い。天文十六年に家康が六歳の時、家臣の裏切りで織田へ人質となった際に、幽閉されていた屋敷に信長が足繁く通ったことから始まっている。その後に今川家との人質交換で織田家を離れて敵対する関係になったが、桶狭間の合戦の後には盟約を結ぶに至っている。
 幼い頃から兄のように慕っていた信長を突然の死で失って、哀悼の意を示す気持ちは分からなくもないが、何故追い腹を切ろうと思い詰めるのか理解出来なかった。
 よくよく考えてみれば、平時は穏やかな風を装っているが追い詰められると感情的な行動が目立っている。どちらが本当の姿なのか分からないが、主が直情的に突っ走っても良い結果に結び付いた例がない。
「殿、正気ですか!?」
「今一度お考え直し下され!!」
 衝動的な発言に忠次と数正が必死に説得を試みるも、赤子のように激しく泣き出した家康の耳には届いていない。
「織田と我等は一蓮托生の間柄、上総介殿が亡くなられた以上は儂一人だけ生きていても仕方ない!!敵に首を討たれるくらいなら、この場で腹を切る!!」
 家康が後先考えず叫ぶのも無理はない。
 畿内一円は織田家の直轄および織田家家臣の領地で完全に掌握されている。非武装地帯も同然で、兵を連れて行かなくても安全だと頭から信じきっていた。その為に家康一行は主立った家臣と供廻りの小姓、合わせて五十人程度しか居なかった。
 たった五十人では信長に謀叛を起こした明智軍はおろか、野盗や一揆に襲われても全滅する危険が非常に高い。しかも総大将だけでなく徳川家を根幹から支える重臣も固まっており、全員死亡すれば徳川家はその瞬間に雲散霧消してしまうだろう。桶狭間の戦いにおいて総大将・義元と重臣を討たれた今川と同じ末路を辿ることになる。
 そう考えれば、無惨に屍を晒すくらいなら名誉ある自裁を選びたくなる。
 気持ちは分かるが、鵜呑みにすることは出来ない。
「やれやれ、情けないことを申される」
 忠勝が突き放すように言い捨てると、忠次が凄まじい形相で睨み付けてきた。何か言おうとしていた康政や、むすっとした顔で黙り込んでいる元忠も、忠勝の方を見ている。一同の視線を一身に受けるが、構うことなく忠勝は続けた。
「腹などいつでもどこでも切れるのに、何を喚いておられるのか。三河の一向一揆の際に殿が皆を前に誓われた事は、この程度のことで忘れてしまうくらいに軽いものでしたか?」
 意味深な一言にそれまで取り乱していた家康が固まる。
『まだまだ心許ない主君である儂を信じて命を預けてくれる家臣達を、見捨てるような真似は決してしない。そして、無謀な策で皆の命を失わせるような愚かなことはしない』
 涙を流しながら家臣達の前で宣言した姿を、忠勝は今でも昨日のことのように覚えていた。それは他の者も、家康も同じだった。君臣一体となって危機を乗り越え、積み重ねてきた分だけ主従の絆は強く太くなった。
忠勝は言外に『我等は疑うことなく支えてきたのに、殿はこの程度の事態で投げ出してしまわれるのか』と家康の姿勢を非難していた。
 慰留や翻意を促すよりも、いっそ突き放した方が家康の心に突き刺さると長年主君に仕えてきた忠勝は考えた。そして、その目論見は的中したらしい。
 家臣の言葉に一切耳を貸さなかった家康は、忠勝の言葉を聞くと喚くのを止めて普段の姿に戻りつつあった。風向きが、変わった。
「……そうだな。どうせいつか死ぬ運命なら、精一杯足掻いてみるのも良いかも知れぬ」
 先程までの悲壮感溢れる雰囲気はどこへやら、開き直った発言に家臣一同も見る目が変わった。
「焚き付けたからには地獄までお供しろよ、忠勝」
「何を仰いますか。そんなことは元より承知しております」
 真面目腐った面構えで忠勝は応じると、家康も不敵な笑みで口角を上げた。
 それから頬を両手で思い切り叩いてから、側で成り行きを呆然と見つめていた秀一の方へ向き直った。
「長谷川殿、我等は畿内の地理に明るくありませぬ。ご同行願えますか?」
 狐に摘まれた顔をしていた秀一だったが、家康の要請を聞いて表情を引き締めた。
「無論に御座います。上様より賜った命令は完遂しないとお叱りを受けます故」
 秀一は二つ返事で引き受けることを表明した。これで方向性は固まった。一行は一旦堺まで戻り、三河への帰路を探ることとした。

「三河へ向かうには京へ出て東海道を進むのが一つ、この堺から沖へ出て紀州を回り海路を進むのが一つ」
 堺の手前で借りた庄屋の居間に秀一が持っていた絵図を広げ、それを囲むように皆が注視する。数正が代表して絵図を指差しながら方策を述べた。
「されど、京は明智の兵で充満している。仮に京に近付かぬよう迂回しても、要所に兵を置いていると考えられるから、明智の目に留まらぬよう動くのは困難だろう」
「それに、敵は完全武装しております。鉄砲も保持していますので、我等が強行突破を図るのも厳しいでしょう」
 忠次の懸念に同調する形で康政が補足する。これで京を経由する選択肢は消えた。
「しかし、海の上も安心とは言えぬ。我等は海のことについて通じていない」
「海が荒れるのもそうですが、紀州や伊勢には海賊が居るとも聞いています。沖に出れば逃げ場はありません」
 数正や大久保忠隣が懸念を表明する。陸の上の戦いに長じているが、海の上だと勝手が違うと言われている。不慣れな状況で不測の事態が起きればひとたまりもない。
 陸路も海路も危険ということで議論は袋小路に入った。一同が難しい顔をして黙り込んでいると、元忠が不意に口を開いた。
「……大和・伊賀を抜けては如何か?」
「それは……」
 元忠の提案に秀一が難色を示した。これには理由がある。
 元々伊賀は周囲を山々に囲まれて外敵の危害が及ばない影響もあり、小さな土豪達が合議で治める小さな国だった。農耕に適した土地が少ない事情から忍びの国として知られ、他国の大名の元へ出稼ぎに行く者が多かった。
 土豪達は独立色が強く、侵略されれば徹底的に抗うものの、自分から領土を広げようという考えは持っていなかった。その影響から、畿内の近くにありながら他国から干渉されることなく身内同士で細々と暮らしてきた。天正期までは。
 状況が一変したのは、伊勢から招かれざる侵略者が現れてからだ。
 織田信長の次男で、北畠家へ養子に入った北畠信雄が版図拡大を狙って伊賀へ侵攻。織田家内部の勢力争いで功績を残したい気持ちからの行動だったが、忍び特有の奇襲戦法に撹乱されて苦戦。大将・信雄も寝所に忍び込まれて命の危険に晒され、成果を上げられず敗走するに至った。
 この敗戦を聞いた信長は織田の威信に関わると考え、総力を挙げて伊賀攻めを敢行。非戦闘員も危険分子と見なして大量虐殺を断行した。結果、伊賀は織田の統治下に入ったが、その代償として織田家に対して強い恨みが伊賀の民に刻み込まれることとなった。
 伊賀を血の海にした元凶の信長が討たれたという報は、瞬く間に伊賀へ伝わったに違いない。織田と近しい間柄にある徳川が伊賀の領内を通行すると知れば……襲わる可能性は極めて高い。
 すると家康は、傍らに控える者に声をかけた。
「……半蔵よ。お主の祖は伊賀の出身だったな」
「左様にございます」
 呼ばれたのは服部正成、通称半蔵。徳川家において忍び衆を束ねる頭領だ。普段は陰から徳川家を支える存在だが、今回の上洛に当たって身辺警護の為に同行していた。
「伝手を頼って、伊賀の土豪達へ我等に害意は無いと知らせて協力を求めよ」
「……承知しました」
 言葉短く返すとすぐに下がっていった。先発して根回しに奔走すると思われる。
 こうして家康一行は、伊賀越えで三河を目指すことで決定した。未知の土地で何が待っているか分からないが、忠勝は相棒として引っ提げる蜻蛉切と共に主君の前に立ち塞がる困難を打ち破る決意を心に誓った。
 家康一行は即座に行動を開始。山城南部を経由して大和に入ると、整備されていない街道をひたすら東進した。秀一の仲介や道案内のお陰で行軍は速やかに行われ、遂に伊賀国の手前に差し掛かった。

「三河守殿、少しよろしいか?」
 大和から伊賀へ向かう山中を進んでいる最中、突然呼び止める声が上がる。誰かと思えば穴山梅雪であった。
 穴山梅雪は元々武田家と所縁の深い武将だが、武田征伐の際にいち早く主家を寝返ったことで本領安堵を許された。徳川家の家臣ではなく、与力という立場にある。
「どうされましたか、梅雪殿?」
「実を申しますと、患っていた腰痛が悪化したみたいで……このままでは皆様方の迷惑になると思い、足手纏いにならぬよう別の道で行きたいと考えております」
 突然の梅雪の申し出に、徳川家の家臣達は懐疑の目を向けた。確かに顔色は良くなく、額には大粒の汗が浮かんでいるので調子が悪いのは間違いない。しかし、それならもっと前に言う機会はあったはずだ。この場面で切り出してきたことに何か思惑があるのではないかと疑いたくなる。
 しかし、家康は梅雪の提案に沈痛な面持ちで応えた。
「そうでしたか……それは仕方ありませぬな。一旦ここで別れることとなりますが、また必ずお会いしましょう」
 そう言うと家康は梅雪の手を自らの両手でそっと包んだ。
「真に勝手なことで申し訳ない。三河守殿も無事に切り抜けられることを祈っております」
 梅雪は深々と頭を下げ、付き従っていた穴山家の家臣達と共に来た道を引き返していった。その姿が見えなくなるまで見送ると、直政が家康の元に近付いてきた。
「……殿、梅雪殿の動きは些か怪しく感じます。追っ手を差し向けて始末しますか?」
 別れて早々に物騒な事を言う直政。信玄亡き後、嫡子の勝頼と不仲だった背景はあるとは言え、徳川が駿府へ侵攻すると真っ先に恭順の姿勢を示すなど変わり身の早さから信用が置けない。始末するならゴタゴタしている今が絶好の機会だ。
 しかし、家康は断固とした口調で言い渡した。
「ならぬ。仲間割れしている暇は無い。今は一時も惜しい。先を急ぐぞ」
 去り際まで礼を尽くしていた人物とは思えない程に、あっさりと言い放った。木々が生い茂る見通しの悪い場所ではあるが、戦闘となれば死傷者は必ず出てしまい、減った分だけ戦力が落ちる。先々の憂いよりも、生き残ることが今は最優先だ。家康一行は険しい山道へと踏み込んでいった。
 一方の梅雪は―――どのような目的で家康と離れたか不明である。言葉通り老齢の体に気を遣った判断か、本能寺の一報を受けた家康の狂乱した姿に一抹の不安を覚えたか、時勢に乗る明智へ鞍替えする目的か、家康を闇討ちして自分が取って代わろうと目論んだか。
 だが、梅雪は本能寺の変により発生した混乱の渦に呑まれて命を落とすこととなる。一説には落ち武者狩りに遭ったとされるが、野伏や一揆が跋扈するなど畿内周辺の治安は深刻な程に悪化していた。
 それは家康一行も例外ではなく、名も無き飢狼の群れが牙を剥いて襲い掛かることとなる……

 伊賀国に入ってから程なくして、忠勝はどこからか送られてくる視線を敏感に察知した。それは他の者も同様に感じたらしく、俄かに空気がピリピリと張り詰める。周りの藪、木々の隙間、岩場の上。
 人の気配が、する。
 周りを囲まれたと悟った頃合で、隠れていた影が姿を現した。刃先の欠けた刀や汚れた槍を手に持つ、武装した輩。
 恐らく百姓や土豪でなく、道行く旅人から金品を脅し取る山賊か野盗の類か。人数は五十から六十。数は互角だが、こちらは若干名の非戦闘員を含んでいる分だけ不利だ。
「そんなに急いでどこへ行く?」
 荒くれ者の人垣から頭領と思しき体格の良い男が出てきた。ジロジロとこちらを品定めするように見ている。
 どうするか。軽装ではあるがこちらは戦場慣れしている者が揃っているので応戦するのは可能だが、どれだけの損害で突破出来るかまでは読めない。相手の人相を一人一人見渡しながら忠勝は突っ込む機会を窺っていると、思わぬ所から前へ進み出る者が現れた。
 京の豪商、茶屋四郎次郎。
 殺気立つ武家の面々を制して頭領の前に出ると、穏やかな笑みを湛えて話しかけた。
「私、京で商いをしている茶屋四郎次郎と申します。実を申しますと、相模の小田原まで急ぎの品を運んでいる最中でございます」
「ほう。それにしては荷が見当たらないが」
 四郎次郎の説明に対して、顎に手を当てながら訝しむ頭領。その態度に動じることなく四郎次郎は辞を低くして続ける。
「まぁ、色々と事情がありまして……ところで、貴方様はこの辺りに詳しいのでしょうか?」
「そうだな、この近辺は我が庭みたいなものだ。水の湧き出る場所から交通の難所まで知り尽くしている」
「何と!!それはありがたい!!」
 地獄で仏に会ったように喜ぶ四郎次郎。
「ここだけの話ですが、我等伊賀路を行くのは初めてのことでして……この土地に詳しい者を探しておりました。もし良ければ道案内して頂けるとありがたいのですが」
「そう言われてもなぁ……」
 思いがけない提案に頭領は困った顔をする。渋っている風を装っているが、内実は条件次第では応じる意図が透けて見える。
 それでも四郎次郎は怯まずニコニコと微笑みを浮かべながら歩み寄る。懐から麻袋を取り出すと、直接頭領に握らせてさらに囁く。
「これはほんの挨拶代わりのものです。もし無事に送り届けて頂ければ、さらに報酬は弾ませてもらいます」
 頭領が袋の中身を一瞥すると、明らかに目の色が変わった。予想を遥かに上回る額に、頭領はまんざらでもない反応を見せた。
「……見返りの話、本当だろうな?」
「我々商人は信頼第一。一度口にした約束を違える真似は致しません」
「分かった。案内してやる」
 頭領が踵を返して先導する態度を表した。取り巻きの連中も頭領の変わり様にすっかり毒気を抜かれ、各々散会していく。
 出会した当初は一戦交える覚悟を固めていたが、四郎次郎の機転により回避することに成功した。両者のやりとりを目の当たりにして忠勝はただただ舌を巻く思いだった。
 一行が再び動き出すと、忠勝は四郎次郎の元に近付いて声をかけた。
「……お見事でした」
「何、大したことはしておりません」
 穏やかな表情で返す四郎次郎の言葉には、虚勢や誇張は微塵も感じられなかった。四郎次郎はさらに続ける。
「我等商人は、毎日商いの世界で凌ぎを削っております。皆様のように腕力はありませんが、知恵と機転でお武家様とは違った面からお力になれる自信はあります」
「されど、あんなに大盤振る舞いしてよろしかったのですか?」
 商いに関しては門外漢なので全然分からないが、信の置けない連中に惜しげもなく金をばら撒いているように見えて心配に感じた。持ち出しが増えれば増える程に、損が膨らんでいくのではないか。
 しかし、四郎次郎は一向に構わないとばかりにゆったりと応えた。
「ご心配には及びません。これは私共の賭けなのです」
「賭け?」
「徳川様とは古くからの関係になりますが、所帯が大きくなっても変わらず堅実で律儀にお付き合いされています。そうした気風を見込んで、私共は全身全霊をかけて応援したいと思えたのです。だから家康様には、是が非でも生き抜いてもらわねばならぬのです」
 算盤で勘定するだけでなく、自分の将来を担保にして勝負に出る。武器は使わないが常日頃から商いという戦場に臨んでいることを、改めて強く実感させられた。
 四郎次郎もまた戦国の世を生きる猛者の一人であった。銭を巧みに操れば人の心も変えられると知ったのは、槍働きしか経験していない忠勝には新しい発見だった。

 行けども行けども変わり映えのしない林の中を突き進む一行。足元も平らに均されておらず、小石や窪みで歩くのに難渋する始末。伊賀路を行く中で大分慣れてきたが、それでも息は上がり体から汗が滲む。主従関係なく苦心しながら足を前へ前へ進めていく。
(―――!!)
 人の背丈並に育った藪や笹で視界が狭められるので周囲への警戒は怠っていなかったが、歩く方に意識を割かれた分だけ気付くのが遅れた。自然に発生する音の合間に混じって、生物が発する物音が聞こえてくる。
 最初に感じ取ったのは忠勝、その後に続けて何人かが辺りに注意を払う。戦慣れしている者も多く、伏兵が潜んでいそうな状況や立地は熟知していた。勘付いた者同士で目配せすると、何人か後方へ駆けていく。列の中程を行く家康へ非常事態が迫っていることを伝えに向かう。
 一方の忠勝は、その動きと反対に前へ躍り出た。戦であれば先陣を切るに相応しい場所を確保する。何か起きた際には迅速に対処出来るよう、覚悟を固める。
 そして、その時は訪れた。
 前方の両側から人影が現れたかと思うと、雄叫びを挙げながら襲い掛かってきた。着衣や装備品などから正規の兵ではなく、野伏や落ち武者狩りの類と思われる。
 強盗目的の連中ならばまず相手の出方を窺い、自分達の欲求を満たせれば大人しく引く傾向がある。下手に争えば損害が大きくなって、割に合わなくなるからだ。その為、まず襲う前に交渉を試みる。
 だが、目の前に現れた敵は違う。相手が抵抗しようがしまいがお構いなく、相手の金品は根こそぎ奪うつもりだ。当然、妥協点など存在しない。
 生き残るには一つ、突破するのみ。
「先駆けはこの忠勝にお任せあれ!!」
 腹の底から咆えると、忠勝は相棒の蜻蛉切と共に突貫した。それに続けと一人また一人と刀の鞘を払って後を追う。
 既に眼前には五十人程の敵が行く手を塞いでいる。先頭の二人が忠勝に狙いを定めて刀を振り翳している。
 その心意気は良し。だが―――相手が切り掛かる前に蜻蛉切の穂が二人を貫いていた。
「ぬるいわ!!」
 幾多の戦場を経験してきた忠勝は怒気を込めて叫んだ。雑兵など倒しても物の数でない、己の力量に釣り合う猛者を出せと言わんばかりである。瞬く間に二人を突き伏せた様に、賊の攻めが僅かに鈍る。
 忠勝に負けじと朋輩も敵中へ切り込んでいく。旅装姿ながら歴戦の強者ばかりで、数ばかりの敵と互角以上に渡り合う。
 勢いよく敵中へ突っ込んだ忠勝は、群がる賊を次々と屠っていく。向かってくれば迎え撃ち、遠巻きにすればこちらから槍を繰り出す。乱戦の中で自分がどう動けば良いか、考えなくても体が勝手に反応してくれる。
「お主ばかり良い格好をされては困るな」
 楽しそうに声をかけられ、振り返ると忠佐の姿があった。いつの間にか持っていなかった槍を手に戦っている。
「その槍、どうされた?」
「使い方を分かっておらぬ者がおったから拝借した」
 悪びれず言い放つとニカッと歯を見せて笑った。得物が無ければ奪い取るまで。忠佐なら造作なくやれるだろうし、使い慣れた得物を握れば鬼に金棒だ。暴れ回りながら忠佐は活き活きとした表情を浮かべている。
 後方からも争う音が聞こえてくる。隊列を包み込むように賊は襲い掛かったのだろう。
「殿は無事だろうか」
 忠勝が話しかけると、忠佐はどこからか飛んできた矢を槍の穂で払いながら答える。
「さてな。だが、喚声が続いている辺り、まだ健在なのだろう」
 呑気な調子で返してくるが、その間に忠勝は攻撃で生じた隙を見逃さず敵の腋を突いていた。引き抜くと即座にすぐ脇に居た敵の太腿を刺す。会話を交わしながらも攻めの手は一切緩まない。それくらい余裕がある証拠だった。
「それに、殿の側には万千代が控えておる。心配あるまい」
 ふと、数年前に月明かりの下で一人槍の鍛錬をしている万千代の姿が思い浮かんだ。今は名を改めた直政は、武辺者が多く揃う徳川家の中でも見劣りしない立派な若武者へ成長を遂げていた。高天神城奪還を目指して出兵した際には、殿の寝所へ忍び込もうとした不逞の輩を返り討ちにした逸話を聞いている。
 そして殿はこの時代に珍しい武芸好き。いつ役に立つか分からぬ技術をこんな機会に発揮しなければ、主君として仕えるに相応しくない。武辺だけが誇りの三河者も周囲を固めているから討たれる心配は万に一つも無いだろう。
 ……となれば、自分のことだけ考えればいい。遠慮なく暴れ回ることにしよう。
 御家存亡の危機に瀕していたが、忠勝の働きぶりは群を抜いていた。愛槍・蜻蛉切は手に馴染んでいるのもあり、振っても薙いでも突いても面白いように敵が倒れていく。ただ、愉快痛快と感じていない。有象無象を相手にしている以上、稽古の延長に過ぎなかった。
 そしてもう一点、目論見が外れたことがある。賊の数が思っていたより多い。
 今は相手を圧倒しているが、それも時間の経過と共に疲労が嵩めば動きが鈍る。体力が尽きれば数で上回る相手に殲滅され、三河へ帰る手段は途絶えてしまう。打ち破るのが先か全滅するのが先か、果たして。
(……また発狂していなければ良いのだが)
 忠勝の脳裏に不安が過る。形勢覆し難しと家康が判断すれば、自暴自棄になってその場で腹を切りかねない。どこの馬の骨とも分からぬ賊に首を渡すくらいなら、潔く自裁を選ぶのが我が主だ。それでは必死に守ろうと戦った家臣の面目が立たない。何としても勝機を見出さなければ。
 だが、状況は刻一刻と悪化に転じていた。朝から歩き通しの徳川勢が徐々に息が上がってきたのだ。従者が何人か地面に突っ伏して動かないが、両者入り乱れる状態では手を差し伸べる暇さえ与えてくれない。まだ体は動くものの、それがいつまで続くか分からない。早く何とかしないと。内心に焦りが満ちてくる。
 刹那、側に居た忠佐が突如体勢を崩した。小石や砂利が混じった地面に足元を取られたのだろう。普段なら決して有り得ない下手だが、この場では致命的な隙となる。その好機を逃さず数人の賊が一斉に忠佐へ刃を向ける。
「治右衛門殿!!」
 助太刀したいが、こちらも三人に囲まれて身動きが取れない。忠佐も咄嗟に槍を杖代わりに立ち上がるが、無情にも相手の刃は既に振り下ろされていた。
 目の前で味方が倒れるのを黙って見ることしか出来ないのか。口惜しさから歯噛みした、その時である。
 忠勝の視界の端を何かが横切った。直後、忠佐に襲い掛かろうとしていた敵の首筋を矢が貫いていた。
 何が起きたか分からず呆然としていると、今度は敵の背後から次々と矢が飛んできた。思わぬ方向からの攻撃に賊は大いに狼狽し、現場は混乱の渦に陥った。
 正体不明の乱入に形勢不利と悟ったか、奥の方から声が飛ぶ。
「引け、引けー!!」
 野太い声が木々の間で響くと、波が引くように賊は引き揚げていった。よく分からないが、とりあえず窮地は脱したようだ。
「治右衛門殿、大事ありませんか?」
 傍らに立っている忠佐へ声をかける。一瞬魂が抜けたような表情で逃げていった方向を眺めていた忠佐は、忠勝の声で我に返り「あぁ」と応じた。頬に矢が掠った傷はあるものの、他に怪我はしていないみたいだ。
 後方に目を向けると、こちらも同じように第三者の横槍が入ったおかげで助かった模様だ。返り血や砂塵で汚れた衣装のまま各々が動いている。
 しかし一体誰が我等を助けてくれたのか……心当たりがつかない中で不安が広がる。
「そちらに居るのは、大久保治右衛門殿と本多平八郎殿ではありませぬか」
 不意に頭上から自分達の名前を呼ぶ声が聞こえたと思った直後、二人の前に一つの影が舞い降りてきた。新手かと二人は一瞬身構えたが、それもすぐに収めた。
 あまり関わりは持っていないが、その面相には覚えがあった。家康の身辺警護で同行していた、服部半蔵だ。
 忠勝と忠佐は戻ってきた半蔵を連れて、主君の元に向かった。家康は草むらに腰を下ろし、直政が扇子で扇ぐ風で涼んでいた。皆必死の攻防を繰り広げていたらしく、顔には疲れが滲んでいる。
「おぉ、半蔵!!」
 家康が半蔵の姿に気付くと、手招きして側に寄るよう促す。半蔵は招きに応じて歩み寄ると、片膝をついて礼を取る。
「遅くなりました。伊賀の国衆と面会して、通行の許可を認めて頂きました」
 半蔵の話を聞くと、家康は膝を叩いて喜びを表した。国衆の後ろ盾を得たとなれば、家康一行の身柄は守ると言ったのも同然だ。
 伊賀を抜ければ次は伊勢。こちらは織田の統治が広く浸透しており、野伏や落ち武者狩りに遭う危険はグッと低くなる。
「国衆の頭目が、殿へ面会を求めています」
 半蔵がヒュッと口笛を鳴らすと、音も無く黒い影が複数現れた。その所作は一見しただけで手錬れの忍びだと分かる。
 家康は驚いた素振りを見せず、ゆったりとした口調で話し始めた。
「危うい所を助けて頂き、感謝致します」
 家康の言葉に国衆の頭目達は俯いたまま頭を下げる。
「三河では徳川様に格別の扱いを受けていると半蔵から伺っております。今後とも、宜しくお願い致します」
 徳川家では伊賀から流れてきた服部一族を徳川家が召し抱えたが、忍びを直接雇用するのは極めて珍しかった。多くの大名家では主従の関係を結ばず、臨時雇いの扱いだった。当然ながら働けなくなれば捨てられ、おまけに正規の兵からは忌み嫌われる存在だった。
 後年徳川家では忍び衆を拡充、その際には伊賀衆だけでなく甲賀衆も大勢雇い入れたとされる。これも伊賀越えで受けた恩に報いるため……だったのかも知れない。

 最大の危機を乗り越えた家康一行は順調に歩みを進め、伊賀を抜けて伊勢に入った。伊勢国内は本能寺の変による影響は小さいらしく、長谷川秀一と茶屋四郎次郎の案内で速やかに移動することが出来た。
 内陸から海沿いの安濃津に到着した一行は船に乗り、伊勢湾を横断して知多半島の大浜に上陸。ようやく三河に戻った一行は、歓喜の声を上げて生還した喜びを噛み締めた。
 五十人余りの僅かな供廻りで、激震に揺れる畿内から大和・伊賀を駆け抜けた。道中何度も命の危険に晒され、全員が命を落としていても不思議でなかった。実際に一行の中には犠牲になった者も居た。
 六月二日に本能寺の変が起きてから二日後の六月四日に三河大浜へ戻ったが、この脱出行は当時の常識では考えられないくらい驚異的な速度だった。それ程にまで険しく困難な道のりであった。
 この脱出行は後に『神君伊賀越え』と呼ばれ、秀吉の中国大返しと並んで広く知れ渡ることとなる。

 岡崎城に入った家康一行は一日休養すると、兵を率いて直ちに進発した。遠江や駿河へ遣いを送り、先発した本軍へ合流する手筈も整えた。
 目指すは京。盟友・織田信長に反旗を翻した明智光秀を討つためだ。
 同盟を結んだ信長を殺した光秀を倒す大義名分は十分あり、尚且つ光秀を討てば自然と天下人に一番近い位置が転がり込んでくる。長年織田に隷従してきた徳川が、主役に躍り出る機会が遂に訪れたのだ。
 しかし、その行軍速度は思いの外鈍く、馬上で揺られる大将・家康の表情もどこか曇りがちである。側に控える忠勝の目から見ても、家康がどうしてそのような顔をしているのか分からない。
 急遽召集したため人数が揃っていないので決戦に不安を覚えているのかと考えたが、追々遠江や駿河から兵が加わるので心配は無い。これまで桶狭間の合戦時を除けば、徳川は三河から西へ軍を進めた経験が無いので不安……という訳でもあるまい。侵略目的でないので堂々と進めば良いのに、事ある度に小休止を挟んでいるため遅々として進まない。
 のろのろとした速度のまま六月十五日に尾張の鳴海まで到着すると、そこで軍は一旦休止した。あまりに不可解な動きを不審に思った忠勝は、思い切って主君に質すことにした。
「失礼致す」
 野外に張られた陣幕の内に入ると、地面をじっと見つめたまま床机に腰掛ける主君の姿があった。忠勝の声は届いていないらしく、反応は無い。
「……殿」
 改めて呼びかけると家康はハッとして顔を上げた。
「おお、忠勝か。如何した?」
「……どうしたと聞きたいのは某の方です」
 ズカズカと歩み寄ると、地面にそのまま腰を下ろしてから忠勝は続ける。
「岡崎を発してから殿はずっと思い悩んでいる様子。行軍も遅々として進んでおりませんし、一体何をお考えなのですか?」
 明智光秀は信長と嫡子・信忠を誅したが、所領は丹波一国と近江坂本に留まり大所帯とは言えない。もし仮に本気で明智討伐を考えるならば、光秀が空白地帯となっている畿内を掌握する前に、時を与えず決戦に持ち込むのが効果的だ。それなのに、牛のような歩みを続けているため時を浪費している。この矛盾に忠勝は疑問を抱いていた。
 忠勝は槍働きしか能がない家臣で、徳川家を背負っている主君の胸中は分からない。しかし、今の噛み合わない態度は、御家の為にならないことだけは強く感じていた。
「お主は相変わらず手厳しいのう」
 忠勝の指摘に家康は苦笑いした。それまで浮かべていた感情の消えた顔と比べれば、幾分ましである。
 それから少しだけ言い淀んでいたが、観念した様子で吐露した。
「……正直なところ、儂は怖いのだ」
 怖い?その言葉の真意が掴めず忠勝は小首を傾げる。
 我が主は桶狭間の戦いで初陣を飾って以来、内外問わず戦場に立ち続けてきた。辛酸を舐めたことも、死の恐怖を味わったこともある。だが、今は戦が始まる以前の段階であり、戦に臨むのは当分先の話だ。それなのにどうして怖いのか。
 すると家康はゆっくりと言葉を探しながら明かしてくれた。
「これまで儂は、先人のやり方を手本にして生きてきた。軍略を書物から学び、侵攻は他国の大名のやり方を真似た。儂は、人と比べて誇れるような才を持ち合わせていないと自覚しているから、先例を参考にして下手を踏まぬよう心掛けてきた。だが……此度の出征は、手本となる例が存在しない。広大な野原で、地図も持たず自分の勘だけで進まなければいけない。それが何よりも、儂は恐ろしい」
 言い終えるなり家康は顔を両手で覆う。その手は心なしか微かに震えている。
 成る程、確かに言われてみれば道理である。家康のことを一言で表せば『無難』だ。家臣から意見を集い、慎重に熟慮を重ねた上で判断を下す。その大半は常識の範囲内であり、決して的を外していない。言わば『石橋を叩いて渡る』人なのだ。そんな人が、先を全く見通せない状況に放り込まれたら……それは恐怖以外の何物でもない。
 癇癪を起こした時を除けば、家康は常日頃から自らを律していただけに、臆病な一面を垣間見たことに忠勝は率直に驚いていた。部下の前で弱音を吐くとは、相当辛いらしい。
「殿……」
 初めて見せる姿にかける言葉が見つからずにいると、突然康政が慌てた様子で面前に転がり込んできた。
「殿、一大事に御座います。去る六月十三日、明智光秀が敗れたとする一報が届きました」
「―――何だと!?」
 康政の言葉に家康が反射的に立ち上がった。俄には信じ難い話である。
 十日前に万を超える軍勢を率いて京の本能寺を襲撃した明智勢に、対抗出来るだけの勢力は畿内周辺に存在しなかった。光秀の与力だったり血縁関係を結んでいたりする者も畿内に点在しており、織田家の有力な家臣は京から遠く離れた地で敵と対峙する状況で早々に戻って来られない……という見方が大勢を占めていた。
 家康も同様の見解だったからこそ、危険を冒してまで伊賀越えで三河へ帰国する選択を下したのだ。
「馬鹿な……一体誰がそのようなことを」
「羽柴筑前守にございます」
 呻くように呟いた家康の疑問に、康政は即座に返した。
 羽柴秀吉。徳川家と接点の少ない人物だったが、その名前は家中でも広く知られていた。
 草履取りの身分から立身出世を重ね、遂には一国一城の主にまで成り上がった苦労人。今では織田家の屋台骨を支える存在として、明智光秀や柴田勝家などと共に家老格として扱われていた。
 家康が安土で歓待を受けている最中に、秀吉が救援の使者を送ってきた場面に立ち会っていた。中国方面を担当していた秀吉は当時備中に居たが、敵方の大将である毛利が総力を挙げて後詰めに来たために、信長へ出馬を乞う旨を伝えてきたのだ。
 これに信長はその場で応諾したので、家康は別行動を取る運びになったのだが……解せないのは、御家の威信に賭けて出撃してきた毛利と睨み合う状況からどうして迅速に中国筋を反転してきたのか。
「……今宵、軍議を開く。それまでに情報を多く集めておけ」
「承知致しました」
 一礼すると康政は急いで陣を後にした。それから家康は親指の爪を噛みながら「分からん、分からん……」とブツブツ呟き続けた。

 陽が沈み陣内に篝火が灯された。家康は相変わらず渋い表情をしたまま爪を噛んでいる。
「明智が羽柴に敗れたとするのは真か?」
「……どうやら本当のようです」
 酒井忠次が訊ねると鳥居元忠が淡々とした口調で応じる。
「上方から下ってきた旅人の証言や、半蔵の配下の忍びから上がってきた報告に食い違いはありません」
 各方面に人を飛ばした結果、詳しい経緯が大まかながら掴めていた。
 本能寺の変が発生した翌日三日に信長訃報を耳にした秀吉は、翌四日に毛利方と講和を成立させると直ちに撤退を開始。悪天候も構わず中国路を強行、七日には拠点の姫路へ帰還した。備中高松から姫路まで僅か三日で駆け通すのは、当時の常識では考えられない程の速さであった。
 一日休養を挟んで九日に姫路を出発、十一日には摂津尼崎に到達。ここで大坂に居た丹羽長秀や神戸信孝(信長三男)、摂津近隣の武将と合流を果たした。総勢三万五千の大軍となった羽柴勢は京へ向けて進軍、十三日に山城山崎で待ち構えていた明智勢と激突した。
 自軍の倍の羽柴勢を相手に明智勢は一時善戦したが、戦力差は埋めがたく敗北。光秀は戦場を脱出した。再起を期すべく本拠地の近江坂本を目指す途中、山城の小栗栖にて落ち武者狩りに遭って自害。六月二日に信長を倒してから僅か十二日で命を落とした。
 その経緯を元忠が淡々と説明すると、家康は腕組みをしたまま固まってしまった。居並ぶ面々の表情も気のせいか暗くなっている。
 今回、返す刀で出陣したのは信長を討った明智を倒すことが目的だ。謀反人の光秀を討てば、次の天下人の座がグッと近くなるからだ。長年同盟とは名ばかりの隷属関係を耐えてきた徳川家にとって、ようやく陽の目を見る千載一遇の好機だった。それがまさか横から秀吉に攫われてしまった。天下獲りまで目論んでいなかったが、幾許か領地を得られると思っていただけに失望も大きい。
 すると、ここまで沈黙を貫いていた忠勝が不意に口を開いた。
「西が駄目なら東に目を向けるのは如何か」
 あっけらかんとした感じで放られた言葉に忠次は即座に噛み付いた。
「何を申すか。我等が東に進むとなれば、相手はあの北条だぞ!?」
 北条家(鎌倉時代の北条家とは全く異なる家で、混同を避けるために『後北条』と呼ぶ場合もある)は、相模・小田原を本拠として関東の大半を手中に治める大大名だ。徳川を上回る勢力で、その昔は武田信玄や上杉謙信といった強敵に攻め込まれながら一度も屈することなく退けた経験を持つ。織田が武田を滅ぼす際には協力関係となっていたが、勢いで勝る織田に阿っていた印象があった。
 そんな強大な相手と争うとなれば、何年にも渡って熾烈な戦いになるのは必定。勝算は見込めず損害は計り知れない。忠次は無謀とも取れる忠勝の提案に真っ向から反対した。
 だが、別の人物から賛同の声が上がる。
「……いえ、確かに良案と存じます」
「お主も血迷ったか、小平太!」
 予想外の反応に忠次は目を剥く。武辺馬鹿の忠勝だけでなく、それなりに思慮のある康政が何故賛同するのか理解に苦しんだ。
「小五郎殿、東にあるのは北条だけとは限りません」
「北条以外、だと……?」
 康政の思わせぶりな一言に忠次は黙り込む。暫し考えた末に、呟いた。
「―――甲斐、信濃か」
 その答えに、康政は納得したように一つ頷いてから応える。
「甲斐、そして信濃。この二国を今ならば容易に手に入れられるでしょう」
「だが、何れも織田の支配地だぞ。同盟関係にある我等が奪うのは……」
「いえ。そうとも限らないでしょう」
 腰が引けている忠次に新たな意見が加わる。発言者は直政だ。
「甲斐・信濃は、まだ新たな領主となってから日が浅いです。強大な織田の後ろ盾があるからこそ大人しく従っていますが、信長亡き今は……混乱に巻き込まれまいと織田の家臣は本貫の尾張・美濃へ戻るでしょう。我等は捨てたものを拾うだけです」
「されど、その土地に留まる選択をする者も居るだろう。その時はどうするつもりだ?」
 忠次の指摘に、直政は一拍間を置いてからはっきりと告げた。
「地侍を唆せばいいのです」
 物騒なことを平然と言い放つ直政の剣幕に忠次は息を呑んだ。
「甲斐は古くから武田が治めていた地。そこへ織田の代官が旧来のやり方を一掃すべく新しい施策を打ち出すと考えられますが、多くの者は上からの圧力に反発を抱いていることでしょう。裏から徳川が支援すると伝えるだけで……我等が手を汚さずとも織田を追い出せましょう」
 中央の混乱に乗じた策ではあるが、特に三河出身の武将は一様に渋い表情を浮かべていた。このような陰湿なやり方を良しとしない考えが捨てきれていない。まるで火事場泥棒ではないかと言いたげだ。
 直政の過激な提案に対して、皆が口を閉ざす。俯き加減だったり天を仰いだり様々だが、辺り一面は重苦しい雰囲気に包まれた。
 信長という屋台骨を失った今、甲斐・信濃を併呑する絶好の機会である事は理解出来る。ただ、盟約を結ぶ相手の土地を横取りすることの後ろめたさがどうしてもある。
 篝火の薪がパチンと爆ぜる音が響く。沈黙が皆の葛藤の深さを如実に表していた。
「よくぞ申した!!」
 混沌と澱んだ空気を吹き飛ばすように声が上がる。瞬間、軍議に参加していた者の視線がそちらへ注がれる。
 主・家康だ。
「目の前に甲信二カ国がぶら下がっているのに傍観するなど有り得ぬ。我等の他に甲信を狙う輩が居ないとも限らない。奪られる前に我等が手に入れるぞ!!」
 そこには先程まで爪を噛んでいた人物とは思えないくらい、活き活きと輝いていた表情の主君があった。やはり戦国の世を渡り歩いてきた強者、その瞳には野望の炎がギラギラと猛っていた。
 家康は幼少の頃から強大な勢力の下で生きてきた。織田とは盟約を結んでいたが、織田が急拡大していく中で同盟関係は形骸化していき、最終的には家臣に等しい扱いを受けるまでになった。等しい間柄ならば同盟相手の妻と嫡男を殺せと命じたりしない。そんな過酷で辛い状況からようやく解放されたのだ。
 織田という重石から解放されたことで、今まで隠してきた牙を使う時がようやく訪れた。もう誰の目も気にせず、自らの意思で動けるのだ。
 家康にとって先行きが読めない中央へ打って出るより、目処の立つ国取りの方が燃える展開なのだ。
「康政、甲斐の地侍に書状を送れ。旧領安堵と引き換えにして秘かに一揆の支度をさせろ。忠次、兵をまとめて甲斐国境まで進めさせよ。甲斐で火の手が上がれば直ちに急行せよ。元忠、半蔵と連携して情報収集に努めよ。信濃の地侍で誼を通じたい者を探し出せ。他の者もすぐ動けるよう準備を怠るな」
「はっ!!」
 家康が断を下すと、一同は揃って頭を垂れた。家康の声に張りが戻り、頬も赤みが差している。充実した表情の主に、忠勝は頼もしさを覚えると同時に心の底から安心した。目標を見失いかけて縮こまっていた姿は見ていて辛くて堪らなかった。
 それからの家康は、人が変わったように甲信二カ国の奪取に執心した。信濃を巡って北条と争いに発展したが、最終的には徳川の支配地とすることで合意した。
 徳川が戦国大名として自立する記念すべき第一歩を、力強く踏み出した。それは後年天下の覇権を争う際に如何なく発揮される“したたかさ”に繋がっていく。


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