SEA☆SKY★STAR RETAKE *Case1*


*Case 1 / Action 1*



 翌日の新聞各社一面はすべて同じ話題をさらっていた。
   『義賊暁月 今回もまた大立ち振る舞い!』
   『警察庁面目丸つぶれ、今回も空回り』
   『美術館の裏に暴かれた裏金、警察庁は既に立件方針』
 それを見て小気味よく笑みを浮かべている一人の男がいた。
 彼の名は大月影虎(おおつきかげとら)。これまでの経緯を見てわかるように彼こそが今世間を騒がしている暁月なのである。
 本職は芸術家。陶芸から絵画まで様々な分野の創作活動に手を出している。
 創った作品は知り合いの芸術商に委託して、そこから手数料を差し引いた金額が手元に入ってくる。毎月不安定ながら一定の金額が手に入るので、一応一人で食べていける。
 決して豊かではない生活。だがその生活に満足していたし、なによりも充実感に溢れていた。
 では、何故彼はお金を奪う必要があるのか?それは彼が次に起こすアクションにあった。

 数時間後。それまで寝巻き同然のラフな格好だった彼の姿は、セールスマンのように整えられた格好に変身していた。
 上下を濃紺のスーツを身に纏い、手には黒革の手提げ鞄を持ち、髪もびしっとまとめてある。先程までの彼とは別人である。
 鞄の中には無数の茶封筒が入れられており、茶封筒の中には昨晩奪った金が均等に入れられていた。彼の取り分は全く無い。
 その姿で彼は外に出た。もう既に日は高くまで昇っており、影も建物の中に隠れてしまっていた。

 彼は様々な施設に茶封筒を配って廻った。児童養護施設、高齢者福祉施設、障害者自立支援施設……そのいずれの施設も経営難で苦しみつつも良質のサービスを提供している場所であった。
 現実問題として社会的弱者の立場にある者達への風当たりは非常に厳しい状況になりつつある。その事例の一つをここで紹介する。
 障害者は障害の度合いに応じて障害者年金を受給しているのだが、それだけでは到底暮らしてはいけない。
 そこで障害者達は作業所という場所にて簡単な作業を行い、そこから手当てとして月数万円の給料を受け取っていた。数万円という少ない金額ではあるが、自分が働いて得たお金であり、苦しい家計の足しにもなるのである。
 だが2005年に施行された障害者自立支援法によって事態は一変する。
 障害者の自立を促すために制定された法案ではあるが、年々膨れ上がる福祉への予算の削減を図る目的もあった。
 その中に食費の一割負担、そして施設を利用しているという名目で施設利用料を支払わなければならなくなった。授産施設という特質上、働きに来ているのに施設に利用料を払うのは非常におかしな話である。
 この負担のために施設をやめたり、余興を少なくしたり、家族の負担が増えたりと自立とは程遠い効果を与えている。一部の人からは愚法だと言う意見も出ている有様だ。
 私利私欲のために盗みを働いているのではない。社会の闇に埋もれている“死に金”を、社会を陰で支える人々に分け与えるために行っているのだ。
 そのため盗んだお金は一銭として自分のものにしていない。例え生活に苦しんでいたとしても盗んだ金には手をつけず、全て寄付に近い形で配ってしまう。
 それが彼の一種の美学になっているのかも知れない。
 彼は複数の施設に茶封筒を届けた後、最後に小さな保育園を訪ねた。

 その施設に着いた時には既に日も暮れていた。
 しかし運動場には子ども達の元気な姿があった。決して広いとは言えない敷地をフル活用してみんなで鬼ごっこをしていた。
 元気に遊んでいる子ども達の姿を見て、その日一日歩き回った甲斐があったと思えてきた。
 子ども達が遊んでいる運動場を横切って、すぐそこにあるコンクリート建ての住宅の玄関部分まで足を踏み入れると、そこで若い女性と出会った。
 「あ、大月さん。いらっしゃったのですか」
 彼女の名前は諸星紗姫(もろぼしさき)。この施設に勤めている職員だ。23歳。独身。保育士の免許を持つ。
 笑顔が可愛いあの娘は、彼の意中の人。子どもにも大人にもいつも笑顔を振りまいて、みんなを明るくさせてくれる人。ちょっぴり天然。
 「ぁ、これ。いつものヤツ」
 彼は少し照れくさそうに茶封筒を胸ポケットから取り出し、彼女に手渡した。
 「あら、いつもすみませんね」
 ニコリと彼に向けて笑顔を見せてくれる彼女。
 まさか彼女の笑顔を見るために彼は自ら足を運んでいるのか。否定はできない。
 ふと視線を外すとそこには子ども達が元気そうに遊んでいる姿。もうすぐ闇に包まれるのにも関わらず、まだまだ遊び足らないかのように動き回っている。
 子どもの元気な姿を見れば昨晩の疲れも吹き飛ぶ気がした。笑顔に所狭しと走り回っている光景だけでも、気持ちが落ち着く。
 この子ども達にも幸せになる権利がある。お金なんか必要じゃないかも知れないけれど、邪魔になるものではない。
 一部の者が表に出せないような金額を抱え込んでいるから、この子まで恩恵を受けることができない。
 だから彼は義賊になった。他に理由もあるが、これもれっきとした動機の一つにあることには間違いない。
 彼は彼女への好意をぐっと堪え、その場を後にした。彼にはもう一つ為すべきことが残されていた。



  *Case 1 / Action 2*

 夜、某所。彼は人影も少ないビル街の一角を歩いていた。
 時計の針は既に8時を越えていた。ビルの窓から漏れる光は少なく、街灯も少ないので都会だとは思えない程に暗い。
 だがそんな場所でも開いている店はあった。趣のある佇まいのティーショップだ。
 彼はその扉を開けると、扉の上に取り付けられている鈴がちりんちりんと鳴った。
 「いらっしゃいませ」
 茶色のベレーを被ったマスターが白いカップを拭きながら出迎えた。
 彼はマスターに「いつもの」と言うと、マスターはわかっているらしく「かしこまりました」とサラサラな銀髪を揺らして答えた。
 マスターがいるカウンター席を通り過ぎ、一番奥のテーブル席に彼は座った。座った後は特に何をするわけでもなく、小説を読んでお茶が入るのを待った。
 暫くすると扉が開く音が聞こえた。
 マスターの声を遮るように「レモンティーを一つ」と注文した。足音はこちらの方に近付いてくる。
 何者かわからぬ客は彼の向かいの椅子にどっかと座り込んだ。
 「久しぶりだな、“暁”」
 肘をテーブルに乗せ、話しかけてきた。
 「相変わらず元気だな、“航”は」
 この男の名前は海原航(うなばらわたる)、通称“航”。情報屋兼仲介屋。
 国内最高峰の大学を首席で卒業。しかも1年でカリキュラムを終えて卒業まで3年遊んでいたほどの秀才である。IQ(知能指数)180を超えるスパコン級の頭脳を持つ。
 しかしどこで道を間違えたか危険と隣り合わせなこの仕事を選んだ。本人曰く『人生スリリングな方が楽しいから』だとか。なんともお気楽な。
 だが腕は確かである。
 その頭脳には千にも及ぶ依頼を事細かに記憶し、必要に応じて小出ししている。知識も豊富で、彼にかかれば雑学王もノーベル賞を授与された博士も打ち負かせるほどである。
 「……で、今回俺を呼び出した理由ってのは?」
 マスターが入れたお茶を口にして、航の話に耳を傾けている。
 「君に頼みたい仕事がある」
 ピクリと航の声に反応した。コップから口を離したが、依然として興味がないように装っている。
 それでも航は話を続けた。
 「依頼人は先方の希望により教えられない。報酬は150万、とある場所に行ってその場所を取り返してきてもらいたい。危険度はDランク」
 彼はまだ黙っている。この仕事を請けるのか、それとも考えているのか。彼の心中を察することは難しい。
 そして航もまた無理強いを避ける。全ての決定権はクライアントである彼にあり、情報を渡すことが自分の仕事だと割り切っている部分もある。
 暫くの静寂。マスターが席にレモンティーを持ってきても彼の口は重い。
 顔色が曇っていくのは航の方だが、彼はそれを知ってか知らずか依然として無表情を保っている。
 その静寂を破ったのは意外にも彼の方であった。
 「……『依頼主を明かしたくない』ということはあまり良い仕事ではない、な。危険度Dランクも値段で決めている感がある。出し惜しんでいるな、依頼主は」
 流石だなという顔だった。航は何も言わない。
 「割に合わない仕事だな」
 何も言わないことをいいことに、バッサリ切り捨てた。
 こちら側は命のやり取りをしているのに、その対価があまりに低く見積もられると良い気持ちにはなれない。
 依頼主の情報を明かされないということは、それだけの大物か、自分の身分を明かしたくない臆病者か。
 前者の場合は自分の保身に関わる(知ろうとすれば逆に殺される危険がある)ので仕方ないが、こういう手の場合はこちら側が望めば明かしてくれる心も大きい御仁が多い。
 後者の場合は正しく自分のことしか考えていない弱虫野郎である。頑として教えてくれないし、そんな小物なんかに興味はない。
 しかも報酬も前者と後者では雲泥の違いである。破格の報酬でリスクが非常に高い仕事が多い前者はやりがいがある仕事も多いが、後者は骨折り損のケースが多々ある。
 今回もその口である。何かの揉め事の後始末か、自分の手を汚したくない仕事か。考えるだけで嫌になる。
 だが、結論は違った。
 「……しゃあない、受けてやる」
 それまで居た堪れない表情だった航の顔が一気に明るくなった。
 これだけ文句を言われて断られることは目に見えていた。予想外の結論だっただけに嬉しさが表情に出てしまう。
 「お前との付き合いもあるし、今回は引き受ける。但しこちら側も一つ条件がある」
 一旦話の区切りに残り少なくなったカップの中身を飲み干すと、彼は言葉を継いだ。
 「報酬上げられるだけふっかけてくれ、最低基準は手取りで200万。それ以下は応じられない」
 恐らく提示された150万は恐らく航の取り分も含めた提示額だろう。仲介料を差し引くと手取りは相当低くなる。
 吹っかければ恐らく値段も釣りあがるだろう。その手のスキルはがめついこいつに限って持ち得ないはずがない。値段の吊り上げは専門家に任せておいた方が身のためだろう。
 そして航の方もにやり顔である。
 実行者の提案という大義名分を得られれば吹っかけることに躊躇しないだろうし、相手の弱みも握っているのでえげつない手という奥の手もある。自分の取り分も多くなることにつながるのでやる気にならないはずがない。
 まとまることが難しい交渉を成立させたことに加えて、仲介料も増える。これ程おいしい話はないだろう。
 あとは契約書をまとめるだけ……だが、これに関しては細かい事項を決めてからになる。
 「契約書に関しては後日郵送する。いつものように例の場所だ」
 「了解」
 「仕事の内容は後日依頼人から詳しく聞いておく。他に聞いておいてほしいことは?」
 「特にないな」
 「わかった」
 口約束のような契約内容確認だが、それ程互いに信頼しているという証でもある。
 実際法律の上でも口約束も契約に含まれている。「そんなこと言った覚えがない!」なんて言い訳が通用する場合もあるが、法の上では確かに口約束も契約になる。
 そして依頼人に契約が締結(まだ詰めが残っているが)したことを報告するために席を立った。会計も上機嫌な航が先に払ってその場を後にした。
 一方残された彼はと言うと、マスターにおかわりと季節の果物をふんだんに使ったロールケーキを注文した。
 読みかけの本はまだまだ続きが残っている。落ち着きのあるこの場所で読みきる気でいた。
 マスターが注文のお茶のおかわりとケーキを持って来ても気がつかない程である。食い入るように本を読んだ。
 すっかりお茶も冷めた1時間半後、ようやく本を読み終えた。出されたお茶とケーキを胃の中に押し込み、勘定を支払ってその場を後にした。

 数日後。彼は美術館の屋上にいた。
 この美術館の館長とは何かとお世話になっている間柄で、天気が良い時にはここで日向ぼっこをすることもある。
 確かに今日も日和がいいが、日向ぼっこが目的ではなかった。
 青い空を眺めていると、一羽の白い鳥が美術館の方に向かって飛んできた。
 鳩である。白い鳩である。
 平和の象徴の白い鳩である。オリンピックの開会式に放たれる白い鳩である。断じてキャラメルコ○ンを製造しているお菓子メーカーの名前ではない。
 だが、野生の鳩ではないようだ。足には何かが括り付けてある。そして何より、彼の元に一直線に向かってきていることからも野生の鳩ではないとわかる。
 彼が腕を突き出すと、鳩は宿木に止まるかの如く彼の腕にとまった。まるで鷹狩における鷹を操る鷹匠のようである。
 ポケットから鳩の餌を取り出して餌をやりながらも、足に括り付けてあるモノを手際よく回収した。
 差出人は勿論航だった。
 文章は短くまとめられており、依頼人との交渉によって変わった依頼額と住所が綺麗な字で記されていた。
 ざっと内容を眺めると、持っていたメモ用紙にさらさらと『了解』と書いて、再び鳩に括りつけ、鳩を放った。
 契約完了である。もう後に引けない。
 そうとなると行動は早い。少しの間にその場から去り、一目散に自宅へと向かった。
 仕事は始まっている。始まった以上、何が起こるかわからない。支度を整えて仕事を遂行する。これが当面の彼の目標であった。


   ( to be continued... )

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