SEA☆SKY★STAR RETAKE *Case0*




*Case0*



 東京都内にある某国立美術館。おびただしい数の警官が配備され、機動隊も待機している。
 まさに厳戒態勢。それには十日前に届いたある一通の予告状が届いたことに始まる。
   『十日後の深夜十一時、あなた方が最も大切にしているものを頂戴に伺います +義賊/暁月+』
 暁月と言えば今世間を騒がしている怪盗であった。
 その華麗な盗みのテクニックは、かの有名なアルセーヌ・ルパンを想像させる。そのため『現代のアルセーヌ・ルパン』と時々マスコミは表記する。
 だが彼が人気なのはそれだけではない。彼は盗んだお金を自分のものにすることなく、貧しい人たちに分け与えているのだ。
 さらに、そのターゲットとなるのは裏で私腹を肥やしている役人宅や密かにお金を貯めている会社の社長など善良な人を狙わず、必ず裏でなにかをやっている人を狙っているのだ。
 そんなわけだから新聞各社やテレビ局などは記事にしやすいし、民衆からの支持も絶大なのである。
 だが、そんな大活躍にも関わらず苦い顔をしている所がある。国民の安心を守る警察の人たちだ。
 毎回毎回暁月を捕まえられず、易々と逃がしていることに国民の信頼はがた落ち。さらに警備依頼した依頼人の利益も守られず頭が上がらない。
 取り逃がすたびに担当者はおよそ一ヶ月に渡って肩身が狭く、胃腸が痛む日々が続くのである。
 「あの……警部殿、今回は大丈夫でしょうか?」
 おろおろと居場所を失っている館長が右往左往しながら警察の現場担当者に訊ねた。
 「心配御無用。今回は警察官三千人を導入しておりますので蟻が這い出る隙間もございません。」
 自信満々に答える責任者。
 それもそうである。今回は管轄警察署だけでなく、美術館から半径数キロ渡って該当する警察署の職員を総動員させ、さらに本部である警視庁からスペシャリスト数百人が待機している。
 だが、足元に目を落としてるとそこには何処から入ってきたのかわからない彷徨い蟻が。
 「ま、言葉のたとえですので」といった顔をしたが館長の不安は募るばかりである。
 そして一番奥にある大きな部屋にたどり着くと、四角いガラスケースの周りには複数の警察官が配備されていた。
 入り口付近にも一人、さらに監視カメラも設置され、ガラスケースの中の品を取られないように厳重体制が敷かれていた。
 「こちらが噂の絵画ですか。」
 ガラスケースぎりぎりにまで近づいて中身を覗き込むと一枚の絵が展示されていた。
 「えぇ。こちらが時価数億は下らないとされる『大海と大空の融合』でございます。」
 その絵は水平線を隔てて上には澄み切った空が描かれ、下には広々とした海が描かれている作品で、見ている人を引き寄せる錯覚に陥らせるほど素晴らしい作品だった。
 キャンバスは途轍もなく大きく、その中には様々な青色を駆使して空の青と海の青を見事に表現している。その作品は全て一人の手によって描かれているというからさらに驚きだ。
 なんでも祖父の影響で放浪している一人の画家が唯一美術展に出展した作品らしく、私的に現存している作品も非常に少ない。
 公的に認められている作品はこの作品しかないのでその価値は時価数億と呼ばれてもおかしくない桁だった。
 数年前に海外のオークションに出品された際、館長自らが足を運んで手に入れた一品で激しい競り合いの末に購入した程の熱の入れようだった。
 「うーん……本官は小難しい美術はあまり好きではないのですが、この絵はなんだか本官を引き寄せるような気持ちになりますな。」
 「そうですね。この絵の作者は自由奔放に生きているので非常に我々の心をくすぐるような作品を提供してくれるのです。精神的に貧しくなった我々の心を癒やしてくれる世界を見ても類を見ない傑作ですよ。」
 「これを盗まれたら世界的な損失につながりますな……。」
 一度その絵を見るとその場に釘付けにされる。そんな魅力ある作品に二人は眼と心の保養を暫し堪能していた。
 
 その頃、関係者立ち入り禁止の立て看板の先にある小部屋では……
 「大丈夫かね、経理部長。この金庫が奴に奪われた場合にはこの美術館は一気にハイエナどもの餌食にされてしまいますぞ。」
 「心配ありませんよ、副館長、そして次期館長様。この金庫には特殊なカードキーを使わない限り開きませんので万が一奪われたとしてもお金を取られる心配はありません。」
 壁の中に巧妙に細工された扉の中には、分厚い鉄に覆われた金庫が複数備え付けられていた。
 さらにその金庫の中には一万円札が百枚束ねてあるものが何十いや何百も積まれており、それが溢れんばかりであった。
 明らかにそのお金は会計に表記されていないカネ、世に言う“裏金”であった。
 最も汚く、生きていないカネと言っても良いであろう。個人の欲のために作られ、個人の欲を満たすために消えていく。
 そんな生まれるべきではない金を駆使してブランド品を買い漁り、高級マンションや高級外車を乗り回している悪徳官僚。
 かたや今日食べるにも困り、生活することすら苦しくて自殺にまで追い込まれるサラリーマン。
 果たしてこの日本の世界は本当に平等なのだろうか?答えは確実にNOである。
 「ふむ、そうか経理部長。それならこの隠し金庫に気付かれる可能性は低いのだな。」
 「はい、次期館長。なんせこの裏帳簿を知っているのは我々の他に数える程の人数しかいませんよ。館長ですら知らないのですから。」
 「ま、あのバカ館長はあの絵だけに情熱を燃やしている単純なのだから他には興味がないのだ。はっはっはっは!」
 「あのー、すみません……。」
 突然背後から声がかかった。当然である。扉が開いているとは言っても関係者以外は立入禁止の区域にあるので警官すらも入れない。
 むしろ警官は各美術品を守るためにそれぞれの配置についているので他の場所にまで立ち入ってくることなどない。
 「な、なんだね、君!ここは関係者以外立入禁止区域だぞ!」
 心臓が止まりそうな思いとはこのようなことなのであろう。副館長は突然の来訪者に対して対応をしている間に経理部長はそそくさと隠し金庫を片付ける。
 「はぁ……上官より倉庫を警備しろと言われたので早速任務についたであります。」
 「あ、あぁ。ご苦労様。確かにこの場所にも少なからず美術品を保管しておりますので万が一にも狙われる可能性はありますな。お役目ご苦労様です。」
 副館長からすれば表向きは安心しているように見えるのだが、内心(とんだ邪魔者が入った。)という気持ちで苦々しく思っていた。

 ――――――プツン

 約束の十一時まで残り数分という時に、いきなり美術館内の全ての電気が一斉に消えた。
 館内の明かりは全て外から引いている電線によって賄われている。唯一地中に電気線がある街灯に面している窓の廊下以外の場所では真っ暗である。
 無論小部屋にも大部屋にも外に面している窓はない。警察が持ちこんだ機材も全て館内の電気を使用しているので使いモノにならない。
 あまりに突然の出来事だったので警官達にも戸惑いと動揺の色が隠せない。
 「落ち着け!持ち前の懐中電灯を照らせ!自家発電に切り替えろ!」
 指揮官の一言で現場に緊張が走った。各自携帯していた懐中電灯を照らしつつ、手際よく外部から持ち込んだ自家発電のセッティングを行う。
 そして自家発電のスイッチが入るとライトに明かりが灯る。その光は全てガラスケースに向けられていた。
 その時だった。
   ゴーン・・・ゴーン・・・ゴーン・・・
 「む。この音は?」
 「ロビーに設置してあります大時計の鐘の音です。一時間に一回、このように館内の隅々にまで聞こえます。」
 遠くから聞こえてくる鐘の音。大時計が十一時を指したのだ。
 そして辺りの緊張感はピークに達した。神出鬼没の怪盗なので何処から現れるのかわからない。もっと言えば隣にいる警官が実は変装なのかも知れない。
 不気味なほど静かな時間が刻一刻と過ぎて行く。時間の流れがこれ程ゆっくりなものなのかと疑いたくなるくらいに時間の進むのが遅く感じられる。
 たった五分という時間集中していただけで警官達の集中力は限界になった。それは警部も同じである。
 ふと腕時計を覗き込むと既に時計の長針は五分経過したことを指し示していた。
 だが彼にはそれでも安心できなかった。ある時は現場近くに磁場を発生させて時計の進みを早くさせていたというケースがあったから余計に不気味であった。
 ズボンのポケットから、カメラ機能もついていないくらい古い携帯電話を取り出すと画面には『11:05』とデジタル数字で表示されていた。この携帯電話は一分早いので腕時計と同じなのである。
 「おい!今何時何分だ!」
 周りにいた警官が一斉に時計を見る。誰もかれも時刻は十一時五分を刻んでいた。
 「はっ!只今十一時五分です!」
 (自分の時計も、みんなの時計も狂っていない。ということは奴の狙いは……?)
 頭の中に色々な思いが駆け巡る。何故予告していた十一時になっても奴が現れなかったのか、これといった答えが見つからない。
 何故奴は現れなかったのか。奴の本当の狙いは何だったのか。
 一生懸命頭をフル稼働させて考えてみると、ふとある答えに辿り着いた。
 (もしや、我々の見えない所に奴の別の目的が隠されているのでは―――?)
 「警部殿、もう予告された時間から既に十分経過しております。この世界に誇る絵が盗まれなかったのは皆様のお陰かと」
 「警部ー!あれをご覧下さい!」
 一人の警官がいきなり大声を発した。そして指さす方向にはガラスケースがある。
 数分前まで張り詰めていた空気に縛られてようやく解放された現場に再び緊張が走る。
 「どうした!何があったか!」
 「ガ、ガラスケースに何か紙が貼り付けてあります!」
 その指先から一直線に見てみると確かに上の方にそれまで貼り付けられていなかった紙があった。
 誰もが数分前までその場所には何もなかったことはわかっている。しかし今現実にはしっかりと貼られている。
 人を出してガラスケースに傷が付かないように慎重にハシゴをかけてその紙を取らせて、その中身を確認した。
 『拝啓、いつも私を捕まえようと職務お疲れ様です。
 この度皆様は時価数億とも下らない一品を重点的に守られているようですが、私にはそのような大作を盗める程の技量は持ち合わせていません。
 しかし何よりそのような作品を盗むなど考えてもいません。何故なら世界的に誇れる作品に泥を塗りたくないからです。
 私の今回の目的は倉庫の中にある品を一部貰い受けることです。ですが、もう既に頂きましたのでここにお知らせいたします。
      +暁月+』
 最後まで読んだ頃には警部の顔は血が上ってまるで茹でダコのようになっていた。
 完全におちょくられ、さらには今までの苦労が全て無駄だったことに自分と相手に対しての強い怒りがこみ上げてきた。
 まず怒りの当て付けにそれまで持っていた紙をくしゃくしゃに丸め、地面に叩き付け、さらにポンプを踏むくらいの勢いで丸まった紙を踏みつける。
 挙げ句の果てにはその紙を拾い上げて散り散りになるまで破ってそれを撒き散らすほどである。
 他人から見たら完全に八つ当たり状態である。すごい剣幕でとても近付けるような状態ではない。
 そんな半分発狂している状態に声を掛けようにもかけられない美術館長。さらに困惑顔な部下や警官の人々。
 そして一人が勇気を出して恐る恐る声をかける。
 「あのー、警部。何が書かれていたの」
 「全員倉庫に直行!以上!」
 その場にいた全員が呆気にとられている間に自分は倉庫の方へ向かって全速力で走り出していた。
 さらに警部の後ろ姿を追いかけるように突然人の波が発生して、その波は倉庫の方向へ向かっていく。
 その波が倉庫に到達すると一同は驚愕の真実に遭遇した。
 壁にポッカリ開けられた穴の中には幾つもの金庫があり、さらに開けっ放しになっている金庫の中には夥(おびただ)しい札束が積まれていた。
 そんな光景にも関わらず二人の大人が揃いも揃って子供のような寝顔でスヤスヤと眠っている。
 その景色を見た館長の顔色は先程の警部とは一転凍り付いたかのように真っ青な表情に変貌した。
 自分の知らない所でこんな大それた事態が起こっていたとは想像すらしていなかった。自分は美術館の運営だけで精一杯でとても金銭面まで手が廻らなかった。
 しかし事実がある以上疑われても仕方がない。恐らく何らかの形で検察庁に検挙されるであろう。
 「……館長さん、あんた何も知らないな。」
 意外にも隣にいた警部は平然とした顔で館長の罪を庇った。先程まで激昂して誰にも手がつけられなかったのが別人のように静まり返っていた。
 「あんたは何もやっていない。その証拠に、これ見たときの眼が違った。俺が検察庁の奴らに無実のこと伝えておくが、減給程度はしておいた方が身のためですぜ。」
 身の保障がされた安心感とこんな予想していなかった大事に、館長はその場でヘナヘナと膝が砕けるように地面に屈した。
 しかし警部の表情は一見平然としているが、心の中では複雑な心境であった。

   ・
   ・
   ・

 時は十分ほど前の現場に遡る。
 倉庫には確かに人がいた。副館長と経理部長、それに部外者である警官が一名。
 三人は静かに予告されている十一時になるのを待っていた。と、その時であった。
 倉庫内を照らしていた蛍光灯が突然消えたのである。時間にしてみれば十一時まで残り数分という頃の出来事だった。
 先述した停電である。その煽りを受けてこの倉庫の蛍光灯も消えてしまい、辺り一面を闇で多い尽くされてしまった。
 「な、なにが起きました!?」
 うろたえる経理部長。小心者なだけに異変が起きると脆さを露呈する。副館長も同様である。
 若さのため、経験不足で落ち着きのない警官もその二人の雰囲気に呑まれてしまった。
 「本官、只今より何が起きましたか確かめて参ります!ですので暫しこの場にてお待ちください!」
 ダダダッと駆け出すと一気に廊下を駆けていった。しかし真っ暗闇な状態で複雑な館内を把握していない状態で本部に確認に行くのも無謀な話である。
 取り残された二人は黙って暗い中で待つしか手段はなかった。とてもじゃないが落ち着いていられない。
 ・・・と思いきや、意外にも先程までしどろもどろだった経理部長は一変して落ち着いていた。
 そして突然闇の中から経理部長が副館長に話しかけてきた。
 「余計な邪魔が入ったから一時はどうなるかと思ったが、これで安心して仕事ができるな。」
 副館長には何がなんだかよくわからなかった。
 それも当然である。突如口調が変わり、さっきまで自分の近くにいた経理部長がいつの間にかどこかへ歩いていったからだ。
 もう不安で不安でしょうがない。肝心要な警官も何処かへ行ったっきり帰ってこない上に経理部長の豹変振りで気が気でなかった。
 ごそごそと奥にある隠し金庫の方から物音が聞こえ、カードキーで金庫が開けられる音が闇に響く。
 何が起きているのか見えるはずがない。大切な美術品から太陽光を遮るべく設計された倉庫には窓は一切なく、空調で温度や湿度が調整されている。
 明かりも蛍光灯が所々にあるだけで最低限度の分しか設置されていない。
 すると自分の近くでバタンと何かが倒れる音がした。
 「ひゃっ!」
 副館長は驚いて心臓が止まるような思いになった。
 何があったのか手探りで確認してみるとほのかに温かみを帯びている。ざらざらとした肌触りに微かながら上下に動いている。
 そして突然懐中電灯の明かりが点されるとその物体は紛れもなく先程まで近くにいた経理部長だった。
 手首・足首をビニール紐で締められ身動きできない状態である。しかし彼はすやすやと眠っていた。
 「け……経理部長!だ、大丈夫か!しっかりしてくれ!私一人にしないでくれ!」
 「馬鹿なもんだ。お天道様に見せられないような金を生み出していて、それを私欲のために使っていた。金に執着した蛆虫どもめが。」
 恐る恐るライトの方向に顔を向けると、そこにいたのは倒れているはずの経理部長だった。
 (そんなはずがない、経理部長が二人いる……)
 開いた口が塞がらない思いである。何がなんだかさっぱりわからない。
 確かに両方とも毎日倉庫で顔を合わせ、声を潜めて話し合ってきた仲の経理部長だった。
 しかしながら薄々とどちらが偽者なのか検討がついていた。先程からの物言いといい態度といい……
 「き、貴様は一体誰だ!?」
 指差したのはライトを持って立っている方だった。
 「ふっ、誰と言われてもあんたには想像がついているだろ?」
 首の下に手をやってズルズルと顔に取り付けてあったマスクを剥がしていく。
 その下に隠されていたのはマスクのように肉が無駄についていることもなく、細い目にすっきりとした顔立ち。いかにも若者の顔で、年も二十前後。
 顔を見ただけで副館長はその人物が誰なのかわかった。いや全国でこの顔を見れば誰なのかわかるだろう。
 その名は義賊・暁月!
 「やはり貴様か。この義賊を語ったこの強欲野郎。」
 「強欲はどっちだ?俺の奪った金は全部自分の物にしないし、そういった意味ではお前達のやっていることの方がもっと強欲なことだと思うが。」
 「やかましい!おとなしく金を返せ。さもなくば……」
 「『警察を呼ぶぞ』か。自分の悪事を棚に上げて困った時はすべて人任せ。なんとも見苦しい。」
 何を言っても反論できないようにズバッと返してくるのでイライラはたまる一方。
 さらに金額は定かではないがコツコツ蓄えてきたお金も奪われている。そんなこんなでまともに考える前に頭が血が上っていた。
  ゴーン・・・ゴーン・・・ゴーン・・・
 時計は十一時を示している。十一時、つまり予告した時間。
 副館長は必死になって叫び声を出しているのだが、鐘の音が邪魔をして外にまで声が聞こえない。
 その間に彼はポケットから一枚の布を取り出すと一気に副館長の懐にまで近寄り、一気に口に押し当てた。
 なにをされるかわからず、副館長は必死の抵抗を試みるが次第に瞼が重くなってきて眠りの世界に引き込まれていった。
 そして一人取り残された暁月は現場に自分の痕跡を残さないように整理整頓をした後に倉庫を後にした。



 一時間後、美術館の外ではテキパキと撤収準備が進められていた。
 しかし現場の総括をしている警部だけは上の空で、空一面に散りばめられている星空を眺めていた。
 懐から愛用のタバコを取り出して一服吸って、白い煙を吐き出すと再びある一つの疑問が思い浮かんだ。
 (またやられたな……。いつもいつもアイツのやり方には俺達はついていけない。一体アイツは何者なんだ……?)
 口に銜えたタバコの先からはユラユラと風に揺らめきながら白煙が星空へ向かって昇っていた。



     『SEA☆SKY★STAR RETAKE』

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