Tarning Point






 見た目は平凡。唯一の特徴を挙げるならば度が強いメガネをかけていることくらいか。クラスの中でも目立たない存在だったため集合写真で自分の姿を見つけるのに苦労した程だ。
 趣味はアニメやゲーム、マンガなど俗に“マニア”と呼ばれるサブカルチャーの類。これが明るみになれば間違いなくイジメの標的にされるので懸命に隠していた。そのため親友と呼べる友達は誰一人として居なかった。
 一応野球部でレギュラーになれるくらいの運動神経を持っていたが、学力は“メガネをかけているから秀才キャラ”というお約束とは無縁で下から順位を数えた方が早い程。ずば抜けた個性がない中、大多数の一人として埋没していった。

 そして高校は偏差値の低い極亜久高校へと進んだ。当時はそこしか入れる高校が無かったのだが、この選択は今でも正しかったか疑問に思う。
 偏差値は地区の中でも最低なだけあって、今まで成績下位をキープしていたオイラが一転して上位に喰い込む大転進を遂げた。しかし……この学校に入るのはオイラみたいな生徒は少数だ。
 校則どころか法律違反が公然と行われている惨状。ガラの悪い生徒が跳梁跋扈している中では優等生に近い扱いであった。
 そして中学時代にレギュラーを獲得した野球部には近付くことさえしなかった。地区で群を抜いて評判が悪い極亜久高校の中でもさらに酷い連中が野球部に密集していたためである。
 こうしてオイラは息を潜めて存在感を出さないように努めて学校生活を送っていた。そんな生活に転機が訪れたのは、夏休みが明けた最初の日のことだった―――





   【 Turning Point 】





 9月、HRの時間に一人の生徒が紹介された。転勤で別の地区から編入してきたと紹介された彼は、どこか爽やかな雰囲気のある人の良い感じに映った。
 座席が隣になった縁もあったが妙に気が合ったので、すぐに彼と仲が良くなった。幼い頃からプロ野球選手になるのが夢らしく、この学校でも野球を続けると強く言い切った。
 夢、か。
 誰に憚ることなく夢だと公言できる彼が少し羨ましかった。TVの画面の中で活躍するガンダーロボに憧れたことはあっても夢というものを持ったことのない人間から見れば、彼が眩しく見えた。
 野球をやっていた経験者から見ても彼の体格は鍛えていると一目で分かるくらいだったので、夢に向かって努力していることが伺えた。
 ただ今の野球部を目の当たりしたら彼はどう考えるかな、と他人事ながら心配になってきた。これまで感じてきた野球部とは異次元の惨状に、気持ちが折れないことを祈るのみだ。

 秋大会終了後、彼の身に史上最大の試練が襲い掛かる。
 地区予選の試合が終わったその日の真夜中、一棟の廃ビルが突如崩壊した。本来ならば無人のはずの廃ビルは若者のたまり場になっていたが、折り悪く極亜久高校野球部が騒いだ拍子で崩れてしまったのだ。
 幸運だったことは怪我をした多くの部員は日頃から生活態度が悪い連中で彼は怪我一つなく無事だったこと、不運だったのはこの機会に野球部を廃部にしようとする動きが急速に広まったこと。
 彼一人しか在籍していない野球部を再建しようと、オイラへ真っ先に声がかかった。頼りにされたことは率直に嬉しかったし、ガラの悪い先輩達が居なくなって障害が無くなったので二つ返事で野球部入りを承諾した。
 正直なところ、彼みたいに本気でプロ野球選手になろうとは思っていない。単純に昔やっていた野球をやりたくなった、ただそれだけである。勿論困っている彼を助けるという意味も含まれている。
 それから彼は部員集めに奔走した。あの手この手で口説き落としていく様は見ていて楽しかったが、彼の野球に対する並々ならぬ執念が自分の想像していた以上のもので驚いた。
 最初は野球に興味を持っていない人でも彼の熱意が相手に伝わって野球に関心を持ってくれるようになった。相手から無理難題を突きつけられても、構わず突破していった。
 触ったことのないピアノで演奏して、サッカー部員全員を相手にゴールを決め、空手家のパンチを気合で避けた。運動部に入っていない子にも声をかけた。
 そのため各部のエース級を引っこ抜いたのでブーイングは沸き起こったが、部員は揃い晴れて野球部を再結成させた。それも以前の野球部より上回っている戦力で。
 廃部に追い込むため躍起になっていた教頭から提示された課題は全てクリアした。顧問も担任のようこ先生が就任して本格的にスタートした。

 全て彼が中心になって廻っている。
 ルールも分からない顧問の先生へ丁寧に解説して、野球をやったことのない部員に練習を見て、動きのいい部員に適切なアドバイスを送る。日に日に野球部全体のレベルが向上していくのが目に見えて分かった。
 それでいて自分の練習を疎かにすることはない。練習が終わってから一人で黙々とグラウンドの片隅で素振りをしているのを何度も目撃している。汗だくになっても構うことなく一心不乱に練習に没頭する彼の姿を見ていて、到底真似できないと感じた。
 どんなに高い壁が彼の行く手を遮っても、彼は挫けず壁にぶち当たっていく。そして必ず逆境を糧にしてそれまで以上の彼へと成長して次に進んでいく。
 そこそこの成功を収めても満たされることなく果敢に次へとステップアップしていく向上心。辛く険しい道でも躊躇せず進んでいく勇気。そして目標までコツコツと積み上げる努力。
 人種が違う。そう感じる程に彼はオイラとかけ離れた存在だった。

 初めての対外試合は大差をつけられてコールド負け。この結果を受けて野球部を廃部に追い込みたい教頭は公式戦で勝利を挙げなければ廃部にすると突きつけてきた。
 創設して1年も経たない間に勝利を挙げる。幾ら身体能力が高い選手が揃っていたとしても成し得るのは相当難しいと誰もが思った。無理なんじゃないかと諦めかけたことも一度や二度なんて話ではない。
 そんな凡人の考えは、この男によって覆される。プレッシャーを撥ね退け、逆境に臆することなく立ち向かう人間が一人居た。
 “努力をする者は必ず報われる”、“夢は諦めなければきっと叶う”、そう信じて疑わない彼だ。
 彼の熱意が部員全員に伝わって公式戦は見事勝利。『勇将の下に弱兵なし』という言葉があるが、正しくその通りの結果となった。
 そして初勝利の勢いそのままに優勝候補の大東亜学園も撃破、見事甲子園行きの切符を手にすることが出来た。
 ―――それは色々あって辞退することになったが、勝てるか不安だった部員達の間でしっかりとした手応えを感じて来年の夏に向けて弾みとなった。

 彼と出逢ってオイラの人生は大きく変わった。
 中学校まではメガネ以外に特徴がなく目立たない存在だったオイラは、今では甲子園を狙える野球部の選手ということでチヤホヤされ、勉強の方もクラスでも上位を狙える存在になった。
 さらに―――これまで一度もモテた経験のないオイラに彼女が出来たことだ。マニアだと陰口を叩かれ、友人の居なかった過去から大栄進を遂げたのだ。
 同じクラスの四路智美ちゃんは知的な印象のある美人さんで、ちょくちょく野球部へ遊びに来ていてアドバイスをしてくれていた。どこかミステリアスな雰囲気を醸し出していて高嶺の花だと思っていた。
 そんなある日、智美ちゃんから『練習後に校舎裏まで来て欲しい』と書かれた手紙を貰った。何の用事かなと気軽に行ってみたら、いきなり相手から「付き合って欲しい」と言われたのだ。
 夢ではないか。俄かに信じられなかった。
 こんな美人から告白されるなんて想像だにしていなかっただけに、オイラは天にも昇る気持ちだった。
 練習で忙しい中でも時間を見つけて智美ちゃんに会った。部活の練習中に智美ちゃんが来た際に目が合うとオイラだけにウィンクしてくれた。
 全てが幸せだった。私生活も学校生活も順風満帆、寧ろ上手く行き過ぎている気さえして怖いくらいだ。
 彼はオイラにとって人生の流れを変えてくれた恩人だった。彼の傍に居れば不可能も夢も全て現実になる。
 その証拠に……パワーアップした大東亜学園を再び撃破して、高校球児の夢舞台である甲子園への夢切符を見事獲得。澄み渡る青空の下、濃茶と若緑のコントラストが見ていて美しいグラウンドに立って夢を実感する。
 さらに夢物語は続いて―――遂に、オイラ達は熱戦の末に全国の頂点に立つことが出来た。真紅の優勝旗を手にしたオイラはその重さに感動して涙が止まらなかった。
 ありがとう。信じてついてきたからこそ、こんな幸せな思いになれたのもアナタのおかげです。親友になれて本当に良かった―――



 だが……甲子園で優勝したのを境に、オイラはどん底へと転がり落ちていく。



 決勝戦を最後に智美ちゃんと連絡が取れなくなった。野球部にも顔を出さなくなったし、学校も休みがちになった。
 彼はそのままドラフトで指名されて見事プロ野球選手の仲間入りを果たした。グラウンドに集まって胴上げをして盛り上がったが、それ以降は彼と親しく接する機会も減っていった。

 極亜久高校を卒業してから、プロペラ団という所へ入った。プロスポーツのプロモーターとして世界的に有名な団体らしいが、名前といいやっていることといい怪しさ満点である。
 彼みたいに才能がある訳でもないオイラにはプロ球団から指名されるはずがなく、大学受験できる程の学力もないので卒業した後は就職するしか選択肢が無かった。そしてプロペラ団から甲子園優勝の実績を買われて就職したのだ。
 そして智美ちゃんも実はプロペラ団の団員だったということで、もしかしたら縁を取り戻せるかも、と淡い期待を込めてプロペラ団に入ったのだが―――現実はそんなに甘くなかった。
 相手はプロペラ団の日本支部長、一方こっちは入りたての末端団員。面と向かって顔を合わせるどころか声さえ聞けない立場の違いに、オイラは希望を失った。

 そして時は移ろい―――
 何気なく見ていたテレビを見ていて驚いた。プロ野球の世界へ飛び込んで着々と活躍を遂げていた彼が、突然死去したというニュースが飛び込んできた。
 数年前までチームメイト、そして道を分かれた二人の一方は華々しい世界で脚光を浴びてオイラは惨めに地べたを這いずり廻っている。
 ……そうだ。アイツさえ居なければ、アイツさえオイラの前に現れなければ、こんな惨めで酷い目に遭わなくて済んだのに。全てはアイツが悪いんだ。
 親友を顧みず大空へと羽ばたいていったアイツに復讐してやる。そしてオイラは、アイツが高校時代に実現不可能なことを成し遂げたように今度はオイラが主人公となって羽ばたいてやる!



 プロペラ団には様々な分野の人間が在籍している。その中でも選手の能力を飛躍的に向上させるため研究が行われている。
 そこに在籍する科学者の中でもサイボーグ技術に長けている科学者が一人いた。名前を唐沢と言い、自らの研究以外には興味や関心を持たない変人であった。これを利用して唐沢博士を言葉巧みに誘い出し、密かにプロペラ団から脱出した。
 脱出する際に参考資料として収容されていたアイツの体も盗み出した。これさえあれば、あとはどうとでも自由に出来る。
 これからはオイラの天下だ。今までの恨み、じっくりと晴らしていくから楽しみにしておけよ……

 唐沢博士の技術は素晴らしかった。脳以外のパーツは全て自作のサイボーグパーツで賄い、見事にアイツを甦らせることに成功した。
 おまけに目覚めたアイツは全ての記憶を失っていて、乾いたスポンジの如くオイラのデタラメ話も全て信じてしまった。思わぬ誤算だが好都合だ。好き勝手に記憶を刷り込んでオイラの下僕として飼ってやる。
 プロペラ団から密かに脱退したため活動資金はアイツを甦らせるだけで大半が吹っ飛んでしまった。初期投資が莫大な分をアイツに働かせて巻き上げつつ回収していくことにする。
 財布は全てオイラが管理しているから稼いできたお金も使い放題。本来の活動資金もそうだが趣味のゲーム・アニメ諸々に使っても誰から文句を言われない。
 とりあえず野球をやるしか能がないので日銭を稼ぐためにバイトをする以外にオイラは一つ手を打った。
 プロモーターとして莫大の資産を持つプロペラ団。そのプロペラ団が資金集めのために大々的なイベントを定期的に行っている。その一つがプロペラ団主催の裏野球大会だ。
 表向きはプロ野球の世界を牛耳っているが、伝統と格式を重んじる野球とは一線を画した娯楽とギャンブルの要素が色濃い大会。人生の一発逆転を狙って様々な人々がエントリーするため予選を勝ち抜いた者がプロモーターが待つ本戦へと駒を進めることが出来る。
 試合は普通の野球と変わらない。だが薬物を用いたりプレイする人に一切の禁止事項が存在しない。正しく“なんでもあり”なのだ。
 真っ当に勝ち進んで優勝賞金の分け前を頂く。そんな細々とした小金なんかに興味はない。オイラはそれを上回る、莫大の金を一気に頂戴する。
 そのためにアイツを裏野球大会に出場するチームの一員として紛れ込ませた。『野球が出来れば過去や経歴を一切問わない』と謳っていた“火星オクトパス”という草野球チームがあったので、そこにオイラの推薦付でねじ込んだ。
 入団テストなるものがあったけれどサイボーグパーツさえ揃えれば簡単にパス出来る。この点肉体を強化するために日夜鍛錬を積まなければならない生身の人間と比べても楽だ。尤も、サイボーグは生命維持を機械に依存しているのでメンテナンスが大変なのだが生身のオイラには全く関係ない。
 バイトをしてお金を貯めて(時々オイラの気まぐれで拝借したが)パーツを購入して装着して、という日々を送ること数ヶ月。見事に入団テストに合格してアイツは火星オクトパスの一員となった。
 人間に戻るための第一歩とアイツは勘違いしているようだが、オイラにそんな気は一切ない。全てはオイラの崇高なる計画の第一段階に過ぎないのだから。
 次は戦力の補強。何人か見込みのある選手が在籍しているけれど、まだまだ本戦まで勝ち上がるには戦力が圧倒的に足りていない。アイツに火星オクトパスの臨時コーチとなって既存戦力の底上げを図りつつ、街へと繰り出して仲間を勧誘させた。
 プロペラ団がプロ野球の世界に介入した影響もあって、色々と有能な選手が街に溢れていた。モグラーズの元選手、大東亜学園のエース、インチキ宗教の教祖様。非常にバラエティーに富んだ面子ではあるが、これだけ駒が整えば予選も充分に勝ち進める。

 生きるため必死に汗水垂らして労働に勤しむアイツから初期投資の徴収(という名目の強奪)は頻繁に行った。全てはオイラの計画遂行のため、アイツには生贄になってもらう。
 サイボーグのパーツ集めに多額の資金が必要なのは知っていたが、オイラの計画と比べると桁が違うのだ。給料が入った直後に強奪した時は何度やっても快感だ。
 だが……最近アイツは妙な悪知恵を働かせるようになった。現金を持っていると取られると学習して体に埋め込める金属パーツへ換金して徴収を免れている。そして、オイラの知らない間に色々と何処かへ足繁く出掛けるようになった。
 唐沢博士によれば一時的な記憶喪失状態であり、脳機能の回復次第では生前の記憶を取り戻す可能性が高いと話していた。これまで懸命に刷り込んでいたが上辺だけで本来の記憶が戻れば吹き飛んでしまう、とも言っていた。
 とんでもない。この計画のためにオイラはどれだけ危険な目に遭ってきたと思っているのだ。
 権力も財力も圧倒するプロペラ団を敵に廻し、ボロアパートの片隅でひっそり身を潜め、(趣味を精一杯満喫する以外は)ギリギリまで生活費を切り詰めて生活してきた日々がアイツのせいでパーになるなんて、断じて許されない。
 オイラの耐え忍んできた人生と比べればアイツの苦労なんて大したことではない。積年の恨みを晴らしながらオイラの壮大な夢へ向けて礎となるがいい。

 火星オクトパスは見事に裏野球大会への出場権を獲得した。そして秘密裏に進めていた極秘プロジェクトも見事完遂した。
 アイツの付き添いという形でオイラは裏野球大会が行われる会場へと潜入した。試合は全てアイツに任せて一人別行動に出た。
 情報によればプロペラ団のボス・Mr.リッチモンドがこの会場へ視察に訪れている。おまけに今回の大会開催に当たり大多数の資金を会場に持ち込んでいる。全世界に影響のあるプロペラ団をこの場で屠れば、今後の計画がスムーズに行える。
 さらに会場内の地図も入手済。VIPも多数来場して警備が厳しい中でも難なく中枢部まで潜入に成功。辿り着いた先は会場内を全てコントロールする制御室。万が一に備えて爆破システムまである念の入り様で、オイラもプロペラ団が保有する隠し財産を回収次第にお世話になる予定だ。
 ふと制御室に備え付けられているモニターに目をやる。画面に映し出されていたのはプロペラ団が財力と技術を注いだ最強の野球集団と対戦する火星オクトパスの面々、そしてアイツの姿。
 ―――サイボーグになっても輝いている。
 活き活きとした表情で野球をしているアイツに憎悪が湧いてきた。
 どれだけ努力してもアイツには敵わなかった。少しでもチームの力になりたいと頑張ったがアイツの前には塵も同然。アイツがオイラの前に現れたから、平凡で幸せな人生を送ることが出来なくなった。
 憎い。復讐しても満たされない今の気持ちはどうすれば晴らすことが出来るのだろうか。
 突き放しても蹴落としても這い上がってくる執念。あんな出来損ないの体にそんな力が何処にあるのだろうか。
 感慨に耽っている間に試合は終わっていた。結果は見事に火星オクトパスの勝利。その立役者は無論アイツで歓喜の輪の中心で満面の笑みを湛えている。
 何故だ。どうしてアイツはいつもスポットライトを浴びる主役で居られるのだ。
 そして気付けば本来の目的であるプロペラ団の隠し財産を探しておらず、モニターをずっと注視していただけだった。もし一心不乱に探していれば巨万の富を手にしていただろうに、固く握られた拳のみ。
 一体自分は何をしていたのだ。アイツなんか放っておけば良かった。試合に勝とうが負けようがオイラには一切関係ない話だ。
 そうこうしている間に会場から消えたオイラを捜しに来たアイツがこの部屋へ合流してきた。手元にあった自爆スイッチを躊躇無く押してしまうオマケ付だ。
 ……本当にどこまでオイラを愚弄すれば気が済むのだ。大混乱に陥る会場を必死に逃れながら、前を走る背中を恨めしく睨んだ。



 もう計画なんかどうでもいい。オイラの前を走るアイツを消し去ってしまいたい。
 無事に逃れてネオプロペラ団のアジトまで戻ると思考回路が一気に吹き飛んだ。そしてタイミング良くアイツは記憶を全て取り戻した。
 ちょうどいい。目障りなアイツをオイラの途方もない夢を具現化したコレで葬り去ってくれる!
 男の子ならば戦隊物かロボット物か違いはあれど誰だってヒーローに憧れる。オイラも例外ではない。
 だが成長していくに従って夢は夢であることを悟る。そして夢はもっと現実的なモノや職業へとシフトしていく。
 そんな非現実を、オイラは手に入れることが出来た。世界最先端の科学技術と途方もない資金を注ぎ込んで完成させた、ガンダーロボ!
 昔テレビの中に存在したガンダーロボが、何度も夢見た操縦席が、全てオイラの掌の中にある。
 夢は諦めなければ実現する。それを実際に成し遂げたのはアイツだ。
 ゴロツキ集団の固まりだった野球部を再建させて甲子園優勝まで導いて、自らは幼い頃からの夢だったプロ野球選手になった。
 ならば、オイラにだって出来るはずだ!ガンダーロボを現実の世界に召還させることを。世界の全てをオイラの物にすることを。
 狂気だ無謀だと人は言うかも知れない。だが今こうして実際にガンダーロボは存在している!これが答えだ!
 手始めに立ちはだかるアイツを消し去ってくれる!人一人を葬るには少々不釣合いかも知れないが、ここまでオイラの前に何度も立ち向かってきた勇気を称えて全力で潰してくれる!
 ガンダーロボの右手が、唸る。人からすれば神速に感じられる速さで威力あるパンチが繰り出された。直撃した衝撃で辺りは砂煙が立ち込めた。
 確かな手応えはあった。惜しいことにアイツの死に様をこの眼で見届けられないのは残念だが―――
 砂煙の中に黒い影がある。ガンダーロボの右手の先には、確かに人影がある。まさか、そんなはずはない。だって最強のロボによる渾身の一撃を、生身の人間が受けて無事なはずが……
 そうか、オイラは勘違いをしていた。ヤツは仮にも天才と謳われる唐沢博士が造ったサイボーグだった。ここで簡単に死んでいたら、それはそれで興醒めしていたかも知れない。
 臆せず立ち向かってくるその姿勢に敬意を表して、全身全霊を賭けて貴様を叩き潰してくれる!

 外見は確かに瓜二つ。細部のデザインにまでこだわっただけあって、マニアのオイラを唸らせる圧巻の出来だった。
 でもテレビの中の強さまでは再現出来なかった。サイボーグ一人倒せず、オイラの夢の結晶は動かなくなってしまった。
 何故だ。どうしてオイラはヒーローになれない。物語の主人公になれないのだ。
 するとアイツはオイラに向かってこう言った。「自分で努力しないからだ」と。
 ……確かにオイラの人生は他力本願だったかも知れない。甲子園に出たのも彼の力が大きかったし、ガンダーロボを造る技術も資金も全て他人のモノを利用していた。
 彼がプロ野球選手になれたのは運だけでなく血の滲むような努力や苦労があったからだ。純粋に“上手になりたい”、“相手に勝ちたい”という気持ちが強かったからこそ、神様も少しだけ力を貸してくれたのだ。
 何度もオイラにもターニングポイントが訪れていたのだ。もしも正しい方向に歩いていれば今頃は全く違った人生を歩んでいたかも知れない。
 負けた。彼に勝てなかった。
 でも、なんだか清々しい気分だ。心が晴れやかで、とても気分がいい。
 涙で滲む世界は新たなターニングポイントを予感させた。今度は正しく歩いていけるかな。



 一度は掴み掛けた世界も全て崩れてしまった。けれどいい。
 少しだけ回り道をして、元に戻っただけだ。これからまた一歩ずつ歩いていけばいい。
 だって頼れる親友がオイラには居るのだから。





     END






 pixivで私が主催した【パワポケ春の小説祭り】に投稿した作品です。

 初代パワポケでは主人公の良き相棒として、そしてパワポケ3では主人公を扱き使う悪者として登場した亀田を題材にした作品です。特にパワポケ3をプレイされた方には亀田の悪行に恨み憎しみを抱いている方が多いのではないでしょうか?
 元々別の作品を企画用に書いていたのですが少し問題がありまして、急遽作品を差し替える事態になりました。「何かネタはないか」と懸命に絞り出していた所、ふとパワポケ3の亀田が頭に浮かんで、「これだったら行けるかも」と試しに筋を組み立てて一気に書き上げました。構想時間30分・執筆期間7日と近年稀に見るハイペースで、しかも文章量が約10000字とそれなりに文字があって自分自身も驚いている次第です。

 主人公に対する呼称で亀田の主人公への気持ちを表してみました。平凡な学校生活を送っていた亀田の前に突如現れた主人公への憧れ・尊敬の念を抱いていたけれど、甲子園優勝を機に差が開いていき「何故自分はあんな風になれないんだ」という葛藤・苦悩がやがて恨み・妬みへと変化して『彼』から『アイツ』へと変貌していく。
 亀田にしてみれば主人公との出会いから人生が大きく変わった。だからこそ表題の『Turning point』だったのではないか、と考えたのがキッカケです。なので題名もすんなり決まって話の展開も簡単にまとまったのかも知れません。
 ―――ぶっちゃけ、詰め込みすぎました。特に後半は展開が急すぎて文字だけ並んでいる感さえあります。読み手の皆様には恐らくイメージがついていけないのではないか、と書き終わってから反省しています。つい勢いに任せて書いていると話が脱線してしまうクセがあるので“話の筋はスマートに”と心がけていますが、今回ばかりは話を掘り下げたり脱線してみても良かったかな、と思います。
 実はガンダーロボで敗れた後に別世界へと旅立つENDを当初は考えていましたが(裏サクセスではガンダーロボに搭乗して登場する亀田が恒例となっているので、それに繋がるような形にしてみようかな、と)、この亀田は裏サクセスの亀田とは別人かなと思ってボツにしました。

 “物語の登場人物を格好良く書く”は私の作品を書く上で心がけていることですが、原作をやっている方から見たら美化しすぎと捉えられるかも知れません。でも、一人一人が人生の主人公な訳ですからご愛嬌ということで許して下さい。



 (2013.07.02. up.)

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