ギョギョギョ(カリート作) (以下、パワフルスポーツ・キャスター桐生かえでの取材ノートより抜粋) 今日、頑張パワフルズの中堅手である小波選手の特集のため、高校時代からの親友で 左中間コンビを組んでいる矢部明雄選手(パワフル高・頑張)にお話をうかがった。 そのなかで、番組の都合上放送されなかったが、矢部選手自身について不思議な話を 聞かせてもらった。忘れないうちに書きとめておこうと思い、今、筆を執っている。 まずはじめに。矢部明雄という人はプロ野球選手としては特異な存在だろう。 瓶ぞこメガネの外貌。語尾に『やんす』をつける奇特な言葉使い。野球以外の趣味は アニメとアイドルで、とくにガンダーロボとホーミング娘を愛好している。 今季彼はようやく2軍生活から脱して、契約更改では年俸がそれまでの2.5倍にアップ、 記者会見でお金を何に使うのか聞かれたところ 「100万円はプラモデルに使いたいでやんすねー」と答えて報道陣を仰天させた。 そんな世間一般にオタクと呼ばれ敬遠される彼だが、自分の容姿にはなぜかしら 自信を持っているようで、というより極度のナルシストであって、方々の美女に 声をかけては(私もかけられた一人)無視され、それでも相手が照れているだけだと 誤認し執拗なアプローチを続けて、終いには平手であったり鉄拳であったり足蹴で あったりをお見舞いされているしだいである(私もお見舞いした一人)。 しかし矢部選手、野球に関してだけは自身過剰どころか謙虚な姿勢を崩さない。 初めて参加したプロのキャンプで彼はプロのレベルに驚愕した。 高校時代は俊足巧打の外野手でならし猪狩守率いるあかつき大附属高校を破った。 そして下位ながらドラフトで指名されたこともあって、彼は一流のプロ野球選手も 自分が思っているより身近なところにいたのだと信じこんでいた。 それがどうだ。体つきからして違う。自分が誤って紛れこんだ子供のようだった。 プロ野球マニアの彼ですらピンと来ないような選手が凄まじい打球を放っている。 猪狩守レベルの速球を、変化球を投げる投手が何人もいる。 「プロ入りは巨大なドッキリなんじゃないかと、本気で疑ったでやんす」(矢部本人) 福家花男の素振りから生じる風切り音に恐怖を覚え、古葉良己の打撃練習に魔術を 見たように錯覚した。足は通用するレベルであったが、走塁がアマチュアだと言われた。 初日はショックの連続で過ぎた。 練習が終えるころには盲人のような眼で周りを眺めていた。 彼はすっかり気を落とした。 プロの世界は厳しいことぐらい理解していたが、実力の差を間のあたりにした衝撃は 大きかった。しかしその夜、同様にショックを受けた親友の小波は彼にこう語った。 「矢部君。オレはわくわくしてきたなー。簡単に行っちゃ面白くないじゃないか。 あかつきに勝ったとき、オレは最高の瞬間にいると思った。けど世の中には凄い人が いくらでもいるってことが今日わかったよ。あっはっは!これから楽しみだ!」 矢部には小波の笑顔が異常なものに感じた。自棄にならぬよう強がっていると思った。 が、それはたしかに心の底から湧き出して来た感情であると親友の眼にも認められた。 小波の愉悦に感化され、矢部も同じように笑いはじめた。そうして彼らは眠りについた。 次の日、彼は合同のランニングの最中に先輩から尋ねられた。 「おいメガネ。いったいお前、誰にスカウトされたんだ?」 「影山とか言う人でやんす」 「そうか。お前素質があるぞ。影山さんのおメガネに適ったなんてな」 「メガネなんかかけてなかったでやんすよ」 「いや、比喩だよ比喩。影山さんってのは凄腕のスカウトなんだ」 「へー。何か胡散臭い人だったでやんすけど……」 矢部は訝ったが、自分を見る先輩たちの眼が完全な蔑みから、微小ではあるが関心の 色を帯びてきたことを感じて、その話を信用することにした。すると同時に、僅かでは あるがプロでやっていける自信が彼の中に生まれた。 また、こんなこともあった。彼が素振りをしているとき、背後に視線を感じた。 振りかえると柱にもたれて腕を組んでいる古葉の姿があった。矢部はどきっとした。 古葉良己選手といえばパワフルズ黄金時代の3番打者で遊撃手を務めていた人である。 全盛期は常に3割をキープ。右へ左へ苦もなく打ち返し、ここぞという場面で一発を 狙って打てる超一流の打撃技術。強肩を生かした堅実な、ときに華麗な守備でならした。 そんな古葉も今年で不惑。今は往年のおもかげもなくチームの三振王になっているが、 矢部にとって憧れの選手であることに変わりはない。 古葉に見られていると知った矢部は張りきった。 納得のいくスイングを見せようと一時間二時間、我を忘れて振りつづけた。 ときどき古葉を観察すると、こくこくと頷いていた。矢部は狂喜した。 「嬉しかったでやんすねぇ。古葉さんがオイラの素振りを無言で誉めてくれたでやんす。 今考えたら、実は古葉さん、立ったまま眠ってただけかも知れないでやんすけど(笑)」 簡単にファーム暮しは脱け出せなかった。とくに線の細さや体力不足は顕著だった。 それでも矢部は影山にスカウトされたこと、古葉に誉められたことを思い出しては 日夜辛い練習を重ねた。親友の小波とともに常軌を逸したメニューに取り組んだ。 苦節4年間を経て矢部は念願の、一軍試合の先発出場を果たした。 葉桜の緑がきらめくゴールデンウィークの最中である5月3日。 センターのレギュラー上田が前の試合、手の甲に死球を受け亀裂骨折で全治一ヶ月の ケガを負い、前年よりファームで活躍していた矢部にお鉢が回ってきたのだ。 その試合で2盗塁した矢部はそのまま一軍に定着し、規定打席には達しなかったが 2割8分を打ち13盗塁を記録したことは、パワフルズファンには知られた事実である。 私が書きたかったのはじつは、この試合の午前中の出来事のことなのであった。 試合で2盗塁を決めた矢部だが、彼は5月1日の2軍戦でひざを故障していたという。 5月1日の試合、7回1アウトで一塁に四球で出塁した矢部はすかさず盗塁を試みた。 キャッチャーの送球は高く遊撃手のグラブの先をかすめてセンター前に落ちた。 それを見てヘッドスライディングから立ちあがり、左足を軸に方向転換をしたときに イヤな感覚がひざの中で起こった。捻れる痛み。矢部はそのまま2塁にとどまった。 「我慢できないほどの痛みじゃなかったでやんすが、試合後に念のため病院の先生に 診てもらったでやんす。そしたら前十字靭帯の損傷、つまりはひざ爆弾でやんす」 矢部は球団にそれを伝えようと思った。しかし次の日、上田の骨折が矢部に知らされた。 それと同時、矢部に一軍昇格の話が、2軍コーチの笑顔とともに通知されたのだ。 「ツイてない、と思ったでやんす。足に爆弾抱えたオイラなんて歌を忘れたカナリヤ、 首の短いキリンさんみたいなものでやんす。だけどせっかくのチャンスでやんすよ。 これを逃がしたら一生2軍生活かもしれない、今までの辛い練習がすべて無駄になる。 小波君は一軍で頑張ってるのに……。 オイラそう考えるとやりきれなくて、1年はこのケガを我慢しようと思ったでやんす」 もしかしたらケガが好転するかも知れない、そんな甘い期待を抱いた矢部だったが、 靭帯の損傷は下手をすれば選手に一生ついて回るものである。寝るときですら足に 注意を払っていなければ痛みが走る。脂汗をかきながら、矢部は一軍の試合で盗塁を 決める自分を夢想した。使いものにならない左ひざを両手で固く包みながら。 矢部は午前7時に起床した。眠りからさめたときの爽やかさはなかった。レム睡眠と うめきを繰り返して夜を越したのだから当然のことではあった。黒い油の表面にやっと 顔を出した魚の不快感を味わっていた。立ちあがった瞬間、やはりひざが痛んだ。 寮から頑張市民球場までは歩いて15分。 車どころか免許すら持っていない矢部は自転車で球場に向かった。華々しいデビューを 飾る自分を空想しようするが、そのあいだにもひざに鈍痛が走って矢部は不安になった。 巨人のように立ち並ぶ団地を過ぎ、地元の女子大を過ぎた。 そして途中に公園があった。そこを通るのが一番の近道であることは地図を 見て知っていたが、実際自分の目で公園を見たのは初めてだった。 私も行ったことがある。きれいな所だ。 まず赤褐色のレンガで舗装された通路が美しい。 ソメイヨシノ、ケヤキ、イチョウの木々。 うららかな春の日差しの中、少年たちが公園の芝生でキャッチボールをして遊んでいた。 矢部は何とはなしに自転車を降り、自然な木の色をした公園のベンチに腰かけた。 試合はデーゲームだが、時間はたっぷりある。 矢部は頭をからっぽにして植物のように日光浴をした。 おだやかな日光を浴びていると、ひざの調子も快復していくように思われた。  …… 一瞬の空白があった。次に矢部はわれに帰った。 少し寝てしまったらしく、携帯電話のディスプレイを見やった彼は驚愕した。 12時半を回っている。 夜眠れなかったせいだろうか、一瞬だと思いきや4時間もたっていたのだ。 急ごうとしてベンチの隣に止めていた自転車を探す。が、消えていた。 焦燥が燃え上がった。いきなり遅刻なんてヤバすぎる。監督の機嫌が悪ければ 『矢部ー!てめぇプロをなめてんのか!あー!?一生2軍でくすぶってろ!』 と怒って即2軍落ちかも知れない。想像すると、目の前が真っ暗になった。 弾けるように立ちあがり、とにかく走った。公園を抜け歩道をダッシュした。 真横を走る車と遜色ないほどの高速度で矢部は頑張市民球場に向かった。 球場に入ったときには体中汗だくになっていた。しかしどうやら間に合った。 ロッカールームで忙しなく着替えている最中、矢部はふと自分の足のことを思い出した。 「ふしぎに思って足を曲げたりねじったりしてみたでやんすが、痛くないでやんす。 だけど完治するわけはない。公園での日光浴のおかげで、しばらく痛みが抑えられたと 思っていたでやんす。言ってしまえば奇跡でやんす。 だからあの試合は、野球を楽しんでやろうと思ったでやんす。悔いのないように――」 最初で最後の1軍試合になるかもしれない。そう矢部は覚悟していた。 矢部はいきなり先発7番レフトに入った。橋森重矢監督も思いきった采配である。 矢部は緊張していなかった。自己顕示欲や功名心など持ち合わせていなかった。 「観客の数も興奮も、グラウンドの熱気も、選手のオーラもけた違いでやんした。 でもオイラは、ただ純粋に野球のできる喜び、走れる喜びをかみしめてたでやんす」 「足のケガのことがなくて万事快調だったら、2盗塁なんか出来なかったでやんす。 大事にいこうと考えすぎて何のアピールも出来ずじまいだった、そう思うでやんす」 人間なんて不思議なものだ。現役生活を危うくさせるほどのケガのおかげで、 彼は逆に一軍定着のきっかけを掴んだのだと言う。 さらに不思議なのは、試合後の検診で、矢部の靭帯損傷は完治していたという話だ。 通常1ヶ月は安静にしておかなくてはならないケガが、たった2日で治ったわけだ。 話からして、ひざが治ったのは公園で気を失っていた4時間のあいだだろう。 私はその間のことを矢部選手に思い出してもらおうとした。 彼は困り顔でうなりながら考えた末、なにか思い出したらしく「ああ」と声を洩らした。 夢か現実か判然としないし、意味も不明なのだが、たしかにある声を聞いたという。 「なんか『ダイジョーブデスカ?』みたいなカタコトの日本語と、『ギョギョギョ』っていう 奇声でやんす。うろ覚えでやんすが。あれは何だったんでやんすかねぇ……?」 反対に聞き返された私も黙って首をかしげるしかなかった。推論が湧かなかった。 まったく不思議な、神秘的な、運命のいたずらのような、そんな矢部選手の話である。 おわり