球界の裏方〜救援に命をかけた男〜 作:太 お立ち台とは、プロ野球選手の一種の憧れなのではないか、と思う。 勝利投手や勝ち越しタイムリー、逆転アーチなど、「ヒーロー」が上がる場所。 それがお立ち台なのだから。 ただ、ここに「セーブをあげた投手」はあがらない。 救援投手というものは、お立ち台に上がることは少ない。 そんな「ヒーロー」になれない、いや、ならない一人の投手の物語。 『球界の裏方』〜救援に命をかけた男〜 某球団、某球場。 現在試合中。 物語は、この球場のブルペンから始まる。 「シューーーーッ・・・バンッ」 「よーし、いったん休憩」 この男の名は沖田諒一(おきたりょういち)。この物語の主人公。 入団当初から救援投手として大活躍してきた男。 まずはこの男の経緯から話しておこう。 20年前。 沖田諒一、18歳。 ドラフト2位指名を受ける。 このときから針の穴を通すコントロールとスライダー、キレるカーブを持ち味とし、上位指名。 1年目中盤を過ぎた頃頭角を現し、その年18セーブをあげる。 それからセーブ数を稼いでいき、12年目、30歳までに200セーブを達成する。 因みにそこが沖田のターニングポイントとなる。 221セーブとし、次の目標「250セーブ」に近づいた頃から体力が衰え始める。 それからセーブ数は減っていくも、2試合に1度、1イニングのみの登板でセーブポイントを重ねる。 そして現在、沖田諒一、41歳。現在299セーブ。 「300セーブ」に向け、現在に至る。 そして、話は冒頭に・・・戻らない。 その前に1つ、「通算成績」を見てみる。 0勝16敗299セーブ。 「0」勝なのである。 つまり、前置きで言った「救援投手というものは、お立ち台に上がることは少ない」というのはまさにこの男、沖田諒一が証明しているのである。 ここで本当に冒頭に戻る。 「さーて、試合のほう見てみますかね」 テレビのスイッチを入れる。 4-3、沖田の所属チームは勝ち越している。 「どうですか、試合のほう」 こういって話しかけてくるのは東信二(あずましんじ)。 3年前入団したキャッチャー。 去年から沖田のブルペンキャッチャーをしている。 「勝ってるよ、4-3。今8回入ったところだ。そろそろ再開しなきゃな」 「そうですね、やりましょうか」 「シューーーーッ・・・バンッ  シューーーーッ・・・バンッ  シューーーーッ・・・バンッ」 「東、今試合どんな感じだ」 「今ウチの攻撃です・・・あ、1アウトになりました」 「沖田ー!ラスト10球で切り上げてベンチに来い、とのことだ!」 「わかりましたー!東、10球実践風に」 「ハイ!」 「シューーーーッ・・・バンッ  シューーーーッ・・・バンッ」               ・       ・       ・ 「沖田、行ってこい」 「はい」 『3-4、逆転、そしてサヨナラの望みをかけて9回ウラ、2番高田からの打順!去年の本塁打王、橋本まで回ります!対するは代わった3番手、今年23年目の大ベテラン守護神、沖田!この試合、どちらに勝利の女神は微笑むのか!最後まで見逃せませんっ!』 テレビで見ていればレポーターの興奮した声が聞こえる、緊張した空気。観客、ベンチの人々、視聴者も息をのんで見守る。 そんな中、沖田だけは冷静だった。・・・そして。 「プレイッ!」 沖田はサインを確認し、うなずき、振りかぶる。 「ブオン!」 「ストライーク!」 いつもなら「ワアァァァァァ!」と歓声があがるのだが、今日はあがらない。 言い忘れたがこの試合、沖田が所属するチームは優勝がかかった大事な試合。 だからこの緊張感。 だからこの張り詰めた空気。 「ブンッ!」 「ストライーク!バッターアウッ!」 「・・・・・・ワアァァァァ!」 ここでやっと歓声があがる。 先頭打者を三振だ。普通なら気持ちは高揚するだろう。 だが大ベテラン沖田は違う。こんなときも冷静になれる。 続く3番をセカンドゴロとすると、4番橋本が立ち上がる。 「ブオォォオンッ!」 (すごい振りだな。だがコイツを抑えてこそ、優勝する価値がある!) 『沖田、300セーブと共に優勝をもぎ取ることは出来るのか!  9回ウラ、2死の場面で、4番橋本との対決ーッ!」 (確かにすごいスイングだが、クサいボール球は振ってくるらしい。  その証拠に去年、本塁打は48本放っているが打率は2割6部1厘だ。  ボール球で釣る!) (おそらくクサいところを狙ってくる。あの人はコントロールがいい、  釣り球があるだろう・・・) 「「だああああああぁっ!」」 ―――ガッ! 「「であああああああっ!」」 ―――カンッ! 「「らあああああああっ!」」 ―――カキッ! 『3球続けてファール!優勝決定戦にふさわしい戦いーッ!』 (クソッ!この老体にムチ打って力振り絞って投げてんのに粘られる   と・・・辛い!) (なんて力だ・・・。やはりあの人はすごい、あの年でこんな球を・・・。) ((ならば投げる(狙う)のはただ1つ!   変化球!それも決め球のカーブ!)) 「「おおおおおおおおおーっ!」」 沖田は縫い目に指をかけ、腕を振る! 橋本はボールの斜め下、沖田は右投手、右下を狙ってスイング! そしてボールとバットの軌道がぶつかり合う! そして聞こえた音は――― ―――ブオォンッ! ウワアアアアアアアアアアアア!――― 『空振りーーー!!!  勝利の女神はっ!!!  沖田に微笑んだぁーーー!!!』       ・       ・       ・ シャンパンファイトも終わり、沖田は帰宅につこうとしていた。 「沖田さーん、待っててくださいよー!」 「なぜだ?シャンパンファイトならやったじゃないか」 「ちょっと待っててくださいよー・・・あ、ちょっと来てください」 「何だ?」 沖田は扉を開けた、そして差し込んできた光の先にあったものは――― 『本日のMIP、最も印象に残るプレイをした選手は、  チームを優勝に導き、300セーブをあげた、23年間のなかで初めて  お立ち台に上がる沖田選手です!』 このとき沖田は、生まれて以来、涙を流したという。 まだ彼の話は終わってはいない。 あれから数日。 「沖田さーん!」  「ん、なんだ東。もううれしいことは無いぞ」 「ありますよ、聞いてなかったんですか?」 「何がだ」 「今年から名球界入りの基準に『250セーブ』が追加されたので、沖田 さんも今年から名球界入りなんですよ」 「・・・・・・・・・・・・本当か」 「もちろんです。あ、なんか○月△日□□で壮行会?みたいですよ」 「あ、ありがとう」 沖田はこれを期に引退を決意した。 『23年間の選手生活の間1度しかお立ち台に上がれなかった守護神』 と語り継がれ、沖田の付けていた背番号「25」は永久欠番になった。 「・・・・・・なんか嬉しくない語り継がれかたしてる気がする」 おわり