極東亜細亜恒久平和高校−外藤さんの夏 魁斗作 甲子園大会予選決勝。ここの球場ではパワフル高校と極東亜細亜恒久平和高校(通称、極亜久高校)とが甲子園への座をかけて死闘を繰り広げていた。 両チーム全く引けを取らず押しては押し返され、押されれば押し返しの一進一退の攻防を続けていた。 その中極亜久高校唯一の3年、外藤はこの試合が最後になるか、という思いで1イニング1イニングを闘っていた。 そんな中パワフル高校が一歩リードしてここまで来ていた。 ヒュッ バシィッ ストライクバッターアウト!チェンジ! 「ふぅ・・・。」 マウンドの秋井がため息をつく。マスクをはずしながら外藤はその姿を見た。 (こいつがいなければ今の野球部は・・・。) 空を見上げる。青空が妙に高く見えた。太陽はギンギンに輝いている。 秋井というこの男が入部してから野球部は変わった。 それまでは不良のたまり場となっていた野球部は秋井が入ってから一気に活気を戻した。 想えば幸運もついていたのかもしれない。 ビルが崩れるという大事故で野球部を占拠していた先輩の不良達は大けがを負い、入院した。 その間に秋井は必死の説得で他の部から野球部へと何人も引き抜いていった。 ベンチに戻ってくる仲間達を見る。 亀田、ボブ、水原、荒井三兄弟、村上、平山・・・。控えの投手としてベンチに入っている、三鷹、武田。 それにマネージャーのユキや顧問を引き受けてくれた先生。 何でこんな野球部に入ったのだろう。やっぱり秋井のおかげなんじゃないだろうか。 その秋井はここまでの5試合を一人で投げてきて疲労はピークに達している。おそらく意地で投げてきたのだろう。 (でも―) 外藤は思う。 (この試合ぐらいは投げきってもらおか。アイツの意地を通させてやっても良いやないか。) それを外藤は自分なりの恩返しだ、と思っている。 この最後の回。一点を取れなければ負ける。 秋井の顔をちらりと見る。 (お前の好投、無駄にはさせへんで。) この回、一人でもでれば自分に回る。 (回れば打つ。秋井、見てろや。) 決意を新たにバットを取る。 そんな中、外藤は自分があこがれたシーンを思い出していた。野球が好きになった、シーン。 あの日も、熱かった。 昔の外藤を言えば、外を駆け回っている悪ガキだった (高校3年になって変わったか、と聞かれれば、悪ガキである事に変わりは無いかもしれないが…。) 野球も時たましていたが、テレビで甲子園やらナイターやらを見るのは別段好き、という訳ではなかった。 しかし、その夏休みのある日、風邪をこじらせ一日家に閉じこもってなければいけなくなった。 当時の外藤には耐えがたい苦痛だった。 「つまらねえ…。」 何度布団の中で言っただろうか。どうせ風邪を引くなら学校がある日に…、そうすりゃ休めるのに…、なんて考えながら昼過ぎまで布団から出る事すら出来なかった。 そしてようやく体調も良くなり居間へ行くとTVがつけられていた。TV画面には甲子園大会の一回戦が映し出されていた。 ボーっと見ていた外藤だったが、ふと目をやれば見覚えのある学校名だった。 「極亜恒(極亜久の昔の呼び名。当時の思い出の間こちらの名称を使用)やないか。」 極亜恒高校の今となっては遠い昔かもしれないが(というのもこれを最後に甲子園には出ていない)極亜恒ナインはこの試合健闘を続けていた。 「へえ…。」 内心外藤は感動していたのかもしれない。自分でも知らぬ間にその画面に惹きつけられていたのだから。 「すごい…。すごい…!」 始めて野球というものがどういう物なのか知った。そしてそのカッコ良さを始めて知った。 そんな少年が試合に惹きつけられているとは知らぬ間に試合は進んでいく。ついに9回までやってきた。 ”ついに、ついにツーアウト!さあ、あと一人!” TVからは実況の興奮した声がした。この試合は本当に白熱した試合だったのだ。 「打て!ランナーになれ!」 外藤は自分が病人である事を忘れテレビの極亜恒高校に大きな声で応援をしていた。 というのも外藤が一番カッコいいと思っていた選手は次の打者なのだ。その打者を最後に見ず終わってほしくは無かったのだ。 ヒュッ バシィッ ストラーイク! 初球のストレートを呆然と見送る3番。 (クッ…!この回に来てまだこの速さか…!) 打席の中で打者は背筋に寒い物が走った事に気付く。 そしてTVの向こうからは外藤が声を限りに応援していた。 ヒュッ 2球目も渾身の1球だ。むしろ初球より速いかもしれない。 「クッそオオオオおお!!」 キッ 差し出したバットは運良くボールを捕らえた! (な、何…!?) しかし打席で一瞬、さっきよりも冷たい物を背筋に感じた。 「ぐうっ…!」 ボールの球威に押されてしまった。しかしむしろそれが幸いしたのかボールはフラフラッとファーストとセカンド、そしてライトの間当たりへと上がっている。 「いけ…!落ちろ…!」 TVの向こうから外藤が声を張り上げる。 しかしその思いも虚しく懸命にファーストが伸ばしたグローブの中にボールが収まった…! 「あぁ…。」 ドシィッ 「グウェ!?」 「あ゛!」 ポトッ コロコロコロ… ライトもボールに飛びついていた。ファーストとぶつかり捕っていたボールを落としてしまう! セーフ! 審判の声がTVを通しても良く聞こえた。 ”4番、サード、番堂君” ワアッ 今となっては彼にとってこんな声援は小さい物にも聞こえるかもしれない。 極亜久やんきーすが要である番堂にとっては。 そしてTVの前の外藤にとっては何も聞こえない。ただ、画面に釘づけとなり、ただ、番堂の一挙手一投足を見逃すまいと目を見張るのみだった。 打席に入った番堂は高校生とは思えない威圧感を体中から発していた。相手投手もそれはビビっていたのではないだろうか。 そんな中で投げってしまったボールは、あらぬ方向へと飛んで行った! 「あ…!」 その投手が失投に声を漏らす。ボールはその前の打者への球と同じく9回とは思えぬ球威を持っている! ガシィッ 「グアッ!」 鈍い音と同時に番堂のみぞおちへボールが当たった。番堂も苦しそうな声を漏らす。 「このやろお・・・!」 「許さねえ!」 極亜恒ベンチから何人かが飛び出してきた!相手投手は威圧感からか逃げる事すら出来ない。 そして一人目がその投手に殴りかかろうとした時だった。 「やめえ!!!」 ビクッと体を震わし、手を上げた極亜恒の選手は振りかえる。 その先にはバットを杖代わりにしながらも立ちあがっている番堂の姿があった。 「落とし前はわしのバットで払わせたるわ。」 「番堂さん…。」 極亜恒ナインはベンチに戻り事は大事にはならずにすんだ。 プレイ! 審判の声がかかる。番堂は既に堂々と立ちあがり、その独特のフォームでバットを構えていた。 「くっ!」 相手投手が投げたその球がキャッチャーのミットに入る音を聞くことは無かった。 その代わりに、きれいな金属音と、サヨナラ勝利に沸く極亜恒ベンチ、応援団の歓声が彼の耳に入った。 「うおオオおおォォぉ!!!」 番堂が時の声を上げた。 キーンッ ツーアウトからランナーが出た! 「外堂さん!頼みますよ!」 ベンチから、スタンドから、今出た水原から。外藤は大きな期待をしょっている。 ”3番、キャッチャー、外藤君” 「おう!」 大きく一つ声を出し、打席へ向かった。 今外藤は憧れのシーンにいる。 あの時誓ったはずではなかったか。自分もこんな場面で打ってみせると。それがどうだ。 なぜ電工掲示板のSの横に2つのランプがついている? (は、速い…。) ここまで2球バットすら振っていない外藤に既に期待は無かった。 「負けたぜ、この試合…。」 ベンチで誰かが呟いたのが聞こえた。 所詮自分はここまでか。所詮あの人のようにはなれないのか。 打席を外した外藤には絶望が見えていた。 (終わり、か。) それを見越したかのように相手高校の応援団から大きなコールが響き出す。 「…と1球!」「あと1球!」「あと1球!!」 それは次第に合唱になっていく。 外藤の最後の意気を消してしまうには十分だった。 (なんか…つまらん青春やったな…。) そんな事を考えながら打席に入って最後のプレイを聞こうとしたその耳にはベンチからの声が聞こえた。 「打てー!外藤さん!みんな…、諦めてなんかいない!」 「秋井…?」 見ればベンチのチームメイトは総立ちになって試合を見ている。 「お前ら…。わいなんかに期待してどうなるか分からへんぞ!」 ベンチに聞こえるような声で言うと気合を入れて構えた。 ヒュッ 投手が投げる。そのモーションの一つ一つがくっきりと繊細に見えた。 (わいにはあの人みたいにカッコエエことはでけへん…。) ボールが次第にホームへと近づいてくる。視界には走り出した水原の姿が入った。 (でも、でもな…。勝ちたい気持ちは変わらへん!) バットが向かってくるボール目掛けて振り下ろされて行く。 カッ バットがボールに当たった衝撃が外藤の手のひらに伝わる。 (これがわいの・・・精一杯や!) ッキーンッ ボールは心地好い金属音を残し右中間へと抜けて行った! 既にスタートを切っていた水原はホームに悠々と返って来れそうだ。 問題は外藤だ。どこまで行ける?三塁打か…? ボールにセンターが追いついた時、外藤は二塁から三塁へと向かっている途中だった。 無論中継へと投げたセンター。しかし外藤は思いもよらぬ行動へ出る。 ダッ 静止する三塁コーチャーズボックスに入った亀田を無視しホームへ突入した!暴走だ…! ボールを受けたセカンドは全力でバックホーム! バシッ 外藤がホームに突っ込む一瞬前にボールがミットへと入る!しかし外藤は止まろうとしない! 「うおオオおおおォォぉぉっ!!!」 ドシィッ 体当たり! ボールは落ちたのだろうか…? 砂煙が晴れて行くにつれ審判が良く見えるようになる。そして大きく声を張り上げた。 「アウトー!」 まだまだ夏が終わる気配はない。