村上諒平物語(りょうた作) 審判「ストライク!バッターアウト!ゲームセット!」 実況「今、山口直人選手が100勝を達成しました!」 「ワーワー」 今、東京マックスフェニックスのエース左腕山口直人が100勝を達成した。 読者の皆様はこの山口直人がこの話の主人公になると推測するだろう。残念ながらこの話の主人公はこの日のスタメンキャッチャー村上諒平その人である。 読者の皆様は村上という名に見覚えがある方がいると思う。 そう彼は村上俊平の弟なのだ。 諒平は兄貴や直人と同じ桜田学園高校にいた。甲子園ではその肩の強さや巧みなリード長打力の良さが春夏連覇を達成した要因なのだ。当然プロ入りが期待された。 がしかし・・・・・ 「嘘だ!こんなの嘘だ。」 俺はショックを受けた。そうだ、ドラフトで指名されなかったのだ。 どん詰まりの最下位でも良い。とにかくプロに入りたかった。 「仕方ない、社会人でも行くか・・・・・・。」 幸いこんなことがあろうかと、社会人に内定をもらっていた。 まあ、それでも指名されないと言うことはやはりショックなのだ。 入った会社は、「はるか商業」といい、チームは「はるかファルコンズ」と言う。元々「はるか商業」のチームで強豪だったが、最近10年は低迷し、クラブチームになってしまったのだ。 はるか商業の社長の橘さんは、 「ファルコンズを立て直してくれ。君ならできる。」と言うのだ。まあ、俺は甲子園で優勝経験があるけど。 後にその社会人チームであることを達成し、プロ野球を騒がすことはまだ知らなかった。 はるか商業では、営業をやり、仕事が終わってから、ファルコンズの練習だ。 きょうは仕事が長引いてしまった。 「やべー、集合に遅れた。」 ドンッ 「いてっ、あ、ごめんなさい。」 「こちらこそすみません。あなたは?」 「あ、俺、村上諒平です。スピヤーズの村上俊平の弟です。」 「私は橘美樹と言います。あなたがスピヤーズの村上俊平の弟さんなんですか?どうしてあなたがこの会社に?」 「橘って言うことは社長の娘さん?あ、すみません。俺がここにいる理由ですか?それは、ドラフト指名されなかったからです。三年後又指名されないならばずっとここにいるつもりですけど。」 「ふーんそうなんですか?」 そして、一人の男がやってきた。 「おーい、美樹。こっちこっち。」 「あ、お兄さん。紹介するね。この人はスピヤーズの村上俊平の弟さんの村上諒平さん。諒平さん。この人は私の兄の翔太です。」 「初めましてよろしく。俺のことは翔太と呼んでください。」 「あ、私も美樹って呼んでください。」 「二人とも俺のことも諒平って呼んでください。あ、もうすぐ時間だ。行こうショウ。」 「ああ、そうだな。行こう。」 「二人ともすっかり仲良くなってる。」 意外と俺は好印象を受けた。 そして、練習が始まった。 まずはキャッチボールから。 俺は翔太とやることにした。 「いくよー!」 「いいよー!」 シュッパシッ 「あれ、ショウってサウスポーなの?」 「ああ、そうだけど。」 「じゃあ、技巧派?それとも速球派?」 「まあ、速球派のほうだけど。」 「じゃあ、ピッチング練習に移ろう。どれぐらい球が速いかみたいしね。」 と言うわけでピッチング練習となった。 シュッパシッシュッパシッ 「ウッはやーっ。凄く速いよ。」 「そうかなー?ま、こんなやつ他にもいるさ。」 実に謙虚だ。 次は打撃練習。 マシン、ティーをこなし、次は実戦打撃練習だ。こいつも又翔太とやる。 シュッカキンッシュッカキンッ 「どうかな?ちょっと詰まってるかな?」 「良いんじゃなぁーい?」 「それは波田陽区だろ(笑)。」 そんなもんで練習も終了。 会社の寮に着き、自分の部屋に戻る。 「美樹ちゃんってかわいいな。俺の好みかもしれない。」 まあ、片思いではあるが。それに翔太の妹な訳だが。 でも、好みは好みだ。そう思いながら俺は寝ることにした。 「え、マジ!?もう試合ややるんですか?」 いきなり俺はコーチに聞いた。 「ああ、そうだが。」 「でも何の試合なんですか?練習試合ですか?」 翔太も聞く。 「いや、今度の都市対抗のの予選さ。」 因みに、ファルコンズは東京都の所属だ。 そんなもんで試合が始まる。 「予選が東京ドームかぁ。本戦でも使うって言うのに。」 「良いなーここ、広いな。」 「みんな頑張ろう。」 はるかファルコンズVS鶴見工業 試合前、監督にこう言われた。 「今日は四番をやってくれ。」 これは試しなのか?期待なのか? そして最初の打席が来た。俺は左の打席に入る。 「諒平くーん頑張れー。」 美樹ちゃんの声もする。 無死満塁このチャンスの場面だ。 犠牲フライになれば先制できる。そう思った。 しかし予想が外れるとは思いもしなかった。 一球目:「キンッ」 打った入るか打球はライトヘ伸びる伸びる入った!ホームラン! 俺は思いっきりガッツポーズをした。 良い意味で予想が外れた。それは満塁ホームランという形になった。 「スゲーあいつスゲー。俺も頑張らなくちゃな。」 翔太はそう言った。 その後は五番、六番、七番打者共に三振を取られ、一回目が終了した。 チャンスをホームランで飾ったのだから、守備にもやはりやる気があがるだろう。 やはりリードは良く、五回まで無失点で切り抜けた。 しかし、東京ドームにも悪魔は潜んでいた。 ツーアウトランナーなしその球は普通のカーブだった。 「カキンッ」 大きい当たりがでたとおもったら、スタンドに吸い込まれていた。 4−1となった。 まだまだ大丈夫だろう、そう思っていた。 ツーストライクノーボール得意の速球を投げ、三振となる。 そう思っていた。しかしその考えは間違っていた。 「キンッ」 ホームランではないが三塁打。 マウンドにみんながやってくる。 「どうした?大丈夫か?」 「いや、大丈夫だけど。」 「まあ、ここはアウトを取ろう。リラックスしろよ。」 翔太はピンチになればなるほど強くなるやつだ。 それなのに・・・・・ 「ボールフォアボール。」 これは偶々なのだろうか? 違った。妙に焦っていた。 「ボールフォアボール。」 相手は四番打者。チャンスは妙に強い。 「どうしよ〜う?又タイム取ろうかな〜?」 少し考えた。 「いや、ピンチに強いあいつだ。パワプロで言えば、ピンチ5のあいつだ。」 フォークを投げさせた。 「カキンッ」 「ラインドアップで切れるはず。頼む切れてくれ。」 しかし、必死の願いも、 「ガシャンッ」 レフトポールに直撃。 逆転になってしまった。 「ごめんリョウ。俺のせいだよ。」 「俺のせいだ。俺がしっかりリードしなかったからだ。」 その後は三振に抑えた。 これはドラフト指名されなかったときより苦痛だ。 やはり打線は沈黙。 相手は連打連打の山で4−8となってしまった。 9回裏ツーアウトランナーなし バッターは翔太。 「頼む、名誉挽回させてくれ。」 その瞬間、 「カキンッ」 その打球はバックスクリーンに大直撃! 5−8となった。 その後は活気づいてか連打連打の山で、満塁となった。 でもってバッターは俺。 第一球:「ボール!」 第二球:「ストライク!」 第三球:「ストライク!」 次の球がストライクになれば、負けと言うこととなる。 第四球:「ボール!」 第五球:「ファール!」 第六球:「ボール!」 三振すれば負け、四球が出れば押し出しとなる。 第七球:「ファール!」 第八球:「カキーンッ」 その当たりは長打コース。 ランナーはみんな生還。 しかし、まだ相手の外野陣はボールを取っていない! 「走れ走れ!」 と言う三塁コーチャーの声!その時すでに俺は三塁にいた! その瞬間強肩のセンターがボールを取った。 投げる投げる! 必死の大ピンチ!? 「突っこめー!」 ザザーッ ホームに到着とともにボールがやってきた。 「アウトなの!?セーフなの!?」 審判の判定は・・・・・・ 「セーフ!セーフ!」 「やったー!」 その瞬間みんながうれしがった。 「かっこいよ、諒平くん!」 「ありがとう。美樹ちゃん。あ、ちょっと良いかな?」 「え、良いけど・・・・・。」 告白するなら今だ・・・・・・・ 「あの、大変申しにくいことなんだけど。」 「?」 「俺こと村上諒平は橘美樹様のことが大好きであります。」 「ぇ、諒平くんが好きな人って私?」 「そうだけど。」 「え、本当に?嘘じゃない?」 「嘘じゃない。」 「でも私、彼氏がいるの。」 「ぇ、いるの!?」 ガーンそうだったのか。彼氏がいるのですか。 「ごめん、彼氏がいるのにコクったりして。」 「いや、でもその彼氏とはなんか自然消滅みたいだし、それにその彼よりもはるかに諒平くんのほうがイケメンだし、優しいし、あなたとなら、絶対やれると思うよ。私もなんか惚れちゃった。」 「美樹ちゃん・・・・・・・。」 これは人生最大の幸せと言っても過言ではないだろう。 その時交わしたキスは甘くとろけるようだった。 Two years after(二年後) どうも諒平です。 あれから二年。都市対抗は三年連続で出場しました。 皆さんにお知らせがあります。 このたび俺こと村上諒平は、プロ入りすることが決まりました!! その球団は・・・・・・・・ ジャジャン ズバリ、東京マックスフェニックスです!! その球団と言えば俺の兄貴ともいえる、山口直人選手がいます! アニキ〜待ってろよ〜 え、なんですって、美樹さんとはどうなった? 何言ってるんですか。付き合っておりますよ。 え、なになに、そろそろ結婚? いやまだまだ早いっすよ。 でも考えています。 ではこの辺で失礼します。 Final Answer? 十二支作 医者「残念ながら、向くん。君の肘はもう使えません」 向「えっ?」 頭の中が混乱する。 医者「これ以上肘を使ったら、君は変化球はおろか、 下手をすると・・・・・」 無理は無い。速球派とはいえ現代野球で 変化球を投げられないピッチャーなんて一体 どこが必要とするだろう。ましてやプロの世界で。 次の言葉は 聞きたくなかった。 キカズシテモ ワカッテイタカラ・・・・・・ 医者「ボールを握れなくなります。」 向「・・・・・・そうで すか・・・・。」 向はその場を無言で後にした。 待合室に戻ると、一人の男が座っていた。 彼の親友、横井である。 横井「・・・・どうだった?」 向「もう、変化球は投げられないって・・・・」 自分で言った言葉が、脳内でこだまする。 横井「そうか・・・・。」 数分の沈黙。 横井が明るく、努めて明るく切り出した。 横井「・・・・投手じゃなくても出来るさ!野球は。」 横浜ペイスターズに所属している 向の通算打撃成績は、4年間で.287 3本塁打 23打点。 打席数などを考えると、決して打者として やっていけない数字ではない。 オマケにバントをさせられることが多く、 彼自身、打撃は嫌いじゃないし、ある程度の自信は持っていた。 向「そうか。・・・・・そうだよな!」 こうして、単純な彼の性格のせいか、 打者転向はあっさり決まった。 ホントウニコレデイイノカ? Final Answer? 向(・・・ああ) 〜翌日〜 コーチ「向。どうだった?」 ペイスターズのコーチ。 あまりものを語らない人。 現役時代はバリバリ活躍した名選手。 社会人出身のため、11年間プレーし、通算152勝。 選手心理をよく理解し、口数が少ないが 温かく見守ってくれる。 向「最初はただの肘痛でしたが、どうも肘が使い物にならんようで。」 コーチ「そうか・・・。この時期にお前抜きはキツイな。」 向は中継ぎ投手。プロ生活の内、1年目は先発で新人王、 2年目からは先発型外国人の加入で、登板機会が減るならと、 中継ぎを希望した。中継ぎ3年目途中で61H。 向「コーチ。自分、打者に転向したいんですけど。」 コーチ「そうか。・・・そう決めたなら・・・・何もいわん。」 向「はい。」 コーチ「・・・・」 そしてその日の内に、 監督直々に、 二軍落ちを命ぜられた。 香川「よう!向!二軍は3年ぶりか!」 向「香川!相変わらず二軍か。」 香川「どうやら向こう(一軍)に居て野球より皮肉のほうが上手くなったみたいだな」 豪快に笑い飛ばす。つられて、向も笑う。 だが、急に神妙な顔になって、呟くように言った。 香川「投手、やめるって本当か?」 胸の奥で、チク、と変な感じがする。 向「ああ。」 香川「そうか・・・・。もう対戦できねぇんだな・・・。」 自分のことのように残念がった。 後ろを向いて、しばらくは静寂そのものだった。 こちらを向いた表情は心配そうで、 次の言葉を察した向は、「大丈夫だ。もう吹っ切れてるから。」 と言ってその後は、声の無い瞬間に身を置いた。 香川「まあいい。俺の打撃を伝授してやる。すぐに一軍に戻れるさ!」 向「お前の強烈な守備の下手さまで伝授するなよ。」 香川は打撃は三冠王は難しくとも、 打点,本塁打の二冠なら狙えるレベルだ。 しかし、エラー率.125(8分の1)という 数字が、彼がいかに守備苦手としているかを物語っている。 ファーストだった彼は、急遽、球が最も飛びにくい ライトになった。 香川「アッ!?この野郎!」 向「ハハハ」 こうして、2軍生活は始まった。 2軍生活。 一言で言い切れない厳しさがある。 前までは怪我から再起するためのこの場所は、 一からやり直す原点と、その意義を変えていた。 その夜は、 楽天家の彼でも 深い眠りへの扉を開くことが出来なかった。 翌朝 香川「よう。眠れたかい?」 向「まあな。」 とっさに嘘をつく。 自分の心の弱さを知られたくなかった。 他人に触れさせないこの性分をも、知られたくなかった。 香川「・・・・・そうかぃ。」 少し間を置いて、「メシ食いに行こうぜ!」と、 彼を食堂へといざなった。 香川は肉食中心、向は菜食中心のメニューを取った。 香川「おめぇ、肉くわねーの?うめーのに」 子供の疑問のように香川がたずねる。 向「肉ばっかだと血行の流れが悪くなる」 香川「うまけりゃいいんだよ。うまけりゃ。」 向「だから夏に体調崩すんだよ。 それにあまり腕に肉が付くとボールを投げる体として望ましく・・・」 ハッとした。自分は投手だ!と言い張る自分がそこにいた。 2日たって、振り切ったはずの、押し込んだはずの、 諦めたはずの投手だった頃の残影が顔を出した。 シカシ ソレヲ ダレニモイイタクナカッタ・・・。 向「そうだな。肉もたまにはいいかもな。」 席を立ち、微笑を見せ、ハムをバイキングに取りに言った。 香川「・・・」 それからの向は、 1軍に上がるまでの2ヶ月間、 投手に関する話題を出さなかった。 向が上がる時、香川も昇格した。(9往復目) 昇格理由が、外国人野手の故障だったので、 ベンチ入りは難しくなかった。 そして、向の打者としての初スタメンの日は、 あの宣告の日から2ヶ月と13日。 驚くほど早くやってきた。 「7番、レフト、向」 6月30日。 又、帰ってきた。 この場所に。 芝の感触を確かめ、内野の土をふみ、 マウンドの横を通り、向はレフトへと歩を進めた。 ショートの横井がこちらへ向かってくる。 横井「おい、大丈夫か?」 向「ああ、なんてことはない。 マウンドの上か、外野かの違いだ。なんてことはない」 横井「そうか。ならいいが。」 事実、向は緊張していなかった。 しかし、一緒に昇格したはずの香川の姿が見えない。 どこへいったのだろう? そんなことを頭がよぎる中、審判が 高々とプレイボールを宣言した。 1回の裏表は三者凡退に終わった。 ジャイヤンツの先発の斎藤、 ペイスターズの先発の島袋、 両投手ともに調子が良いようだ。 2回裏、二死1塁、向の打席。 右打席に向かう。バットを持つ。 その一つ一つの動作が、やけに長く感じられた。 相手投手がセットアップから カーブを投げた。 代打として、ペイスターズの9番として 幾度となく見てきた光景に、違和感を感じた。 まるで、自分のものじゃないような。 ハッと我に返り、向の感覚神経が回りの状況を脳に伝えた情報の中に、 「バッターアウト!」という音声が含まれていた。 ヘルメットを脱ぎ、ベンチに戻る。 チームメイトが「気にするな。」と声をかけた。 しかし、反応しない。 頭の中の葛藤の処理で精一杯なのだ。 野手転向までして野球がやりたかったのか? 自分に問う。 「・・・・・ああ。」 Final、 Answer? 「・・・・・ああ。」 試合は、7回表。 5回の裏に5連打で3点を先制するも、 その直後に2点を返され、そして――― カキーン! 実況「はいったぁーーー!原紀代、17号ソロ! 試合を振り出しにもどしたぁ!」 同点。その打球はレフト向の頭上を越えていった。 もどかしかった。 コーチ(まずいな・・・。島袋はスタミナのあるほうじゃない。 もってあと一回か・・・・・。) コーチの不安は的中した。 7回の裏を三者凡退で終えると、 ジャイヤンツは島袋をバントを挟む二連打で一死1・3塁。 ここで投手交代。なんとか併殺で切り抜けたものの、 9回の安全を保障できるピッチャーではなかった。 さらに8回の裏、バントで走者を3塁まで進めるものの、 ここまでノーヒットの向が三振。 目の先の1点がどうしても取れない。 9回、 ジャイヤンツの先頭打者がレフト、向の前にポテンヒットを落とす。 次の打者はライトフライ。が、四球、死球で一死満塁。 ・・・・・・このままでいいのか? 向はマウンドに向かって走り出していた。 頭の中で答えを出すより 本能がそうさせた。 その投手を押しのけ、マウンドに立ち、コーチを見た。 無言で頷き、ダグアウトを出た。 コーチによる投手交代の申請が行われた。 「ペイスターズ、選手の交代をお知らせします。 ピッチャー河東に代わりまして、向。背番号17。」 球場にいた誰もが度肝を抜かれた。 彼らを除いて。 必ず抑えると思っている向、 必ず抑えてくれると思っているコーチ、 そして―――― 8番バッターがボックスに立つ。 不思議と高揚しなかった。 緊張もしなかった。 波の無い湖のごとく。 ただ、あるがままの姿で。 投手であること。それが向の「ありままの姿」だった。 レフト、ショートにそれぞれ野手が入り、 キャッチャーに横井が入った。 横井「そんな感じがしたよ。必ず戻ってくる。そんな感じ。」 向「ああ。」 横井「肘は大丈夫か?」 向「変化球が使えないだけだろ? 迷いの無い直球だけで充分。 そのことに気付いた。」 横井「オーライ。構えたところに投げろ。157km/h、 俺のミットが欲しがってる。」 黙って、頷く。 8番が打席に立つ。 8番は、 戦慄を覚えた。 セットアップから投げる。 ボールが人間を威圧する。 そんな感じだったと後に彼は語る。 二死になった。 〜ジャイヤンツベンチ〜 内堀監督「・・・・いけるか?」 ・・「・・・・・はい。」 9番の斎藤が出てこない。 アナウンスが流れた。 「ジャイヤンツ、選手の交代です。バッター、 斎藤に代わりまして、香川。背番号99。」 トレード期限の直前、香川は怪我のジーニ外野手の代わりとして ジャイヤンツにトレードされていた。 なんという運命のめぐり合わせであろう。 この日、この場面、このタイミングで 打撃の天才、香川に回った。 鳥肌が立った。 香川が構える。 投げる。 3秒後、ボールは左翼ポールの左を通過した。 あわやホームラン、あわや負け試合になってしまうところだった。 向(プライドは捨ててもココは打たれちゃいけない・・・・・!) アウトロー、明らかなボール球を投げた。 香川は反応しない。ただ、ボールではなく、 向の方を見ていた。 香川がバットに何かをしている。 バットを代えるのだろうか? 次の球は、先刻と同じと頃に投げた。 意外にも、香川は手を出した。 ボールは先っぽに当たり、バットが折れた。ボールは後ろに飛ぶ。 折れたバットの破片が、飛び散り、頬をかすめる。 紅い血が流れる。 向は、香川のバットの破片の意味を理解した。 向(勝負にこだわる場面じゃないんだ! 勝ちに行く場面なんだ!) 心の中で葛藤する。 それでいいのか? もう一人の自分が答える。 ・・・・・ああ Final Answer? ああ。 最後だ。FINAL ANSWER? ・・・・・・・・。 結論は出た。 向に迷いは無かった。 勝負に勝ち、試合にも勝つ。 これが結論。 これが、「迷いの無い直球」を投げるための最低条件。 やっと、わかった。 向は振りかぶった。 しかし、ランナーは走らなかった。 走れなかった。 球場が、息を呑んだ。 向「うおおおおおおおお!!」 インハイめがけて、横井めがけて投げた。 バッテリーに迷いは無かった。 香川「ハアァッ!!」 バットが動いた。 ボールは進む。 バットはボールの進む予定の軌道と一致した。 距離が縮まる。 ボールは、 浮いた。 キインッ! キャッチャー、横井の遥か頭上にボールがあった。 横井は動かなかった。 頭上に落ちてくる物と確信していたから・・・・・・。 ボールは、ミットに収まった。 大歓声。 向は、頬に流れる、血ではない、熱いものを感じた。 香川と握手を交わし、 ベンチに戻った。 その後、横井のサヨナラホームランで、決着がついた。 この後、向は直球だけのピッチャーとして活躍する。 いろんな苦難が待っていた。 しかし、彼はもう迷わない。 Final Answerはもう必要ない。