無名の人 作:カリート 私(カリート)は悩んでいた。 パワプロ小説を書くにあたり、一般にパワプロ君と呼ばれているサクセスの主人公にもやはり名前が必要不可欠なのであるが、テキトーに名づけてしまうと本来無色な彼のキャラクターが損なわれる危険がある。 だからといって『パワプロ君』でいくわけにもいくまい。 なぜなら、 第一に、『パワプロ君』というのは便宜上用いられている呼称なのであって、オリジナルに設定されているものではないからである。サクセスの醍醐味は自分で思いどおりの選手を作り出すことであり、そのために、かの主人公は名前を所有する権利が剥奪されている。これは当然のことといえば当然なのであるが、よく考えればおっそろしく非人道的な扱いを彼は受けている。しかし法が保護するのは名前のある人間に限られるので、彼は世界の果てにでも逃げない限り安寧を得られないだろう。可哀相に。 第二に、現実味がない。説明不要。 第三に、もしかすると世界のどこかで「パワプロ」と言う名前がごく普通に使われていて、その由来が「冷静」とか「聡明な」とか、更には「麗しく美しい女の子」みたいなものであったら、ちょっとショック。 こうなると小波または小浪というのが妥当であろうと思う。 じじつ多くのパワプロ小説家はこれを用いている。 しかし最も普及しているイコール最も正しいとは限らない。 水道水よりファンタの方が美味いことがそれを証明している。 そこでパワプロにおいて常連となっている諸氏に意見を聞いてみた。 以降、対話形式。敬称略。 【矢部明雄の意見】 わたし「あなたの親友の彼ですが、名前が決まっていないですよね」 矢部「そうでやんすね」 「矢部さんとしてはどのような名前が良いと思いますか?」 「ガンダーロボ!」 「親友でも犬と同じ考えなんですね」 「ムハーッ。ガンダーロボと親友になれるなんて夢のようでやんす」 「私が許しません。『パワプロ』より不憫じゃないですか、彼」 「じゃあ譲歩して『ガンダー』でお願いするでやんす」 「そんな歩みよりは要りません。っていうか完全に犬ですね」 「こんな話してたらガンダーロボが見たくなったでやんす。帰るでやんす」 「ありがとうございました」 【猪狩守の意見】 猪狩守「フッ。キミのような一般ポーピーがボクに何の用だい?」 わたし「(つっこむべきなのか……)主人公の名前についてなんですが」 「ああ、『センス皆無単細胞無個性男』のことか」 「そんな名前イヤですよ」 「生意気だな」 「お互いさまです」 「なぜボクがそんなどうでもいいことに煩わされなくちゃならないんだ」 「必死に良い名前考えているくせに」 「ギクッ」 「そんなだから主人公×猪狩守の同人系小説とか書かれるんですよ」 「……連れていけ」 「(黒服さん2名にひきづられて)ありがとうございました」 【阿畑やすしの意見】 わたし「彼の名前で何か良いのありますか。正直期待していませんが」 阿畑「『いとし』でええやん。ついでに矢部は『こいし』に改名」 「いとこい好きとは知りませんでした」 「いとし師匠が亡くなりはったときは本気でヘコんだわ。いまでも腹の真ん中あたりに名残が」 「引っこみデベソだったんですね」 「野球と漫才の折衷で『阪神』にしよか」 「めちゃ早口で甲高い声出さなくちゃダメですか」 「むろんや。じゃあ普通に『篠原』とかどうや?ええ名前やろ」 「ホントに普通ですね」 「お、うちのアホマネージャーが呼んどるわ。 悪いけどワイは練習に戻るで。さいなら」 「ありがとうございました。 ……あ、いとしこいしって本名、『篠原』姓だったよなぁ」 【猪狩進の意見】 わたし「こんにちは。彼の名前で良いのある?秀才の進君」 猪狩進「特に思いつきません(即答)。すいません。勉強があるので失礼」 「(考える気ゼロだなこの薄情者め)ありがとうございました」 【早川あおいの意見】 わたし「(ちょっと工夫して)彼氏にするならどんな名前の人がいい?」 あおい「『山田』とか」 「ドカベンですか」 「いえ、久志」 「昭和の大投手ですね」 「『渡辺』でもいいかも」 「下手投げなら誰でも良いわけだ」 「『輪島』も好み」 「下手投げ違い……。もういいです。ありがとうございました。 変な聞き方した私がバカでした。コンチクショー」 【ダイジョーブ博士の意見】 わたし「彼の適当な呼称ってありますかね?」 博士「『さんぷる1号』ガイイデース!」 ゲドー「ギョギョギョ」 「ソウデスカ!……っと、軽く感染してしまった」 「ダイジョーブデスカ、さんぷる2号」 「ギョギョギョ」 「あ、ありがとうございました。では急ぎの用がありますので(汗)」 「かむばーっく、さんぷる2号!珍シイ症例デース。確保スルデース」 「ギョギョギョ!」 「さよーなら!(と叫んで猛ダッシュ)」 【姫野カレンの意見】 わたし「愛しの彼のことですが、名前は何がいいでしょう?」 カレン「『マイハニー』にしなさい」 「これまたハーマイオニーみたいな」 「あんなガキンチョの女と混同されては困りますわ」 「けどあなた以外も彼のことを呼ぶわけですから (1) ついに決着をつけるときが来たな、マイハニー。 (2) おいこのタコ!マイハニー!ぐずぐずしてんじゃねー! みたいな、シュールな会話が出てきちゃいますよ」 「たしかにいけませんわね。……うーん」 「早くしてください。 正直、あなたと話しているのを誰かに見られたくないんです」 「(プチッ)ビゴーーーーーーーーーーーーン」 「うわーっ!!」 (以下記憶無し。おそらく人間の防衛本能で、恐ろしい体験は心の奥底に 閉ざされるのだろう。なぜかあばら骨が痛い) このように今回私が得たものといえば、主人公に対する尋常ならざる愛情、無関心、気狂いドクターの実態、各キャラのエゴイズム、そして肋骨打撲だけであった。主人公の名前も決定することなく、愕然として帰路についた。その途中、偶然にも私は忘れていた(おそらく最も誠実で頼りになる)パワプロ常連者に出会ったのだ。 ――わんわん! 「ん?」 【みかん又はガンダーと呼ばれる犬の意見】 みかん又はガンダー「ぐわんっ!」 わたし「やあ、主人公の名前についてだけど」 「ワン、ワンワン!」 「ワン……1。つまり最初に考えていた名前がいいんだな。 『小波』がいいと思うわけだ。じつはわたしもそう思っていた。 ちょっとネタ作りに色々やってみただけだ」 「ワンワンワン!」 「『小波』か。いい名前だ。ファンタは美味いが普通の水も悪くないね。 うん。がはは。悪かねぇ。水道水万歳、地球に乾杯。 あ、語呂がきれい。何かいい感じにまとまった気がする。 これで終わっておくことにしよ。何だったんだこの小説は