LAST GAME(としま作) 2017年9月30日 カイザース×パワフルズ 猪狩ドームでの最終戦 4−5とカイザース1点ビハインドの7回表、遂にあの男がコールされる・・・ ウグイス「ピッチャー梅川に代わりまして、猪狩守。ピッチャー猪狩守、背番号18。」 ライトスタンドからは割れんばかりの大声援が響き渡る。レフトスタンドからも、暖かい拍手が送られる。 そんな中でも、猪狩は何事も無いように投球練習を開始する。 しかしその瞳の裏には、何か熱いものを感じ取る事が出来た。 ウグイス「バッターは、3番 センター 小波」 再び、猪狩ドーム内は大きな歓声に包まれた。 今まで良きライバル同志であったこの2人の対決も、今日が見納めである。 ワインドアップモーションから、猪狩は第1球を放った・・・ 猪狩が引退を決意したのは、その年の8月の終わりだった。 15勝以上を10年、2度のノーヒットノーランなど近年稀に見る素晴らしいピッチングで、彼は「21世紀最高の左腕」とも謳われた。 しかし、ここ最近はかつての輝きは失われ、中継ぎに回る事も多かった。 それでもなお、多くの選手に慕われ、チームのまとめ役として一役買っていた。 しかし当の本人は、何か物寂しさのようなものも感じていた。 その日の試合は、札幌ドームでのスワローズとのデイゲームだった。 2点リードの9回裏、猪狩はマウンドに上がった。 この年の猪狩は、中継ぎや抑えとして大事な場面を任され、時には先発でも使われていた。 球速以上の伸びを感じさせるストレートと、得意のスライダーを中心に、簡単にアウト二つをとった。 だが・・・ 進「後アウト一つ、落ち着いて。」 守「ああ、百も承知だ。」 (進は再び日本球界に復帰したという設定です) 2番青木が左バッターボックスに入る。その初球・・・ カキィーーーーン 守「な・・・」 白球はライトスタンド最前列の辺りに飛び込んだ。 明らかにストレートが甘く入ってしまったのだ。 守(なーに、まだ一点差だ。今日のクリーンアップは当たっていないからな。勝算は十分にある。) 続く3番は右打ちの外国人スラッガー、スレイ。今日は2三振。 猪狩は内外角とボールを散らし、簡単に2ストライクまで追い込んだ。 しかしその後、スレイはファールを連発し、ボールがなかなか決まらない。 いつの間にか10球も投げていた。 そして、11球目・・・ カキィーーーーン 今度はレフトスタンドへの豪快な一発。遂に同点に追いつかれた。 呆然とする猪狩の元へ、内野手が駆け寄ってくる。 誰かが2、3言言い、選手は各ポジションに散らばった。 直後・・・ カキィーーーーン センターへのサヨナラHR。猪狩は打球を見届けたかと思うと、その場にしゃがみこんだ。 それを尻目に、1塁側ベンチ前では劇的な幕切れを演出した4番赤坂への手荒い祝福が行われていた。 猪狩は無言でマウンドを去り、そのままホテルへと直行した。 猪狩は、自室に進を呼び出していた。 進「兄さん、大事な話って・・・何?」 守「率直に言おう。ボクは・・・今シーズンで・・・・」 そう言いかけると、進は兄の心中を察した。 進「今までお疲れ様。でも、これから猪狩コンツェルンを継がなきゃいけないから、まだまだ大変だね。」 あまりに素っ気無い返事だったので、猪狩は思わず目を見開いてしまった。 守「お前なら反対すると思っていたが・・・」 進「一応、兄さんのことを一番理解している人間だと思っているから。」 守「フッ・・・そうだったな。」 進「正直、まだ行けると思う。でも兄さんが決めた以上、僕は反対しないから。」 守「そう言ってくれるとありがたいな。」 2人は暫く、思い出に浸っていた風に会話をしていた。 帰り際、ドアの所で進が振り返った。 進「そうだ、あの人には連絡するつもりなの?」 守「ああ、今日は向こうが雨だから試合は無い筈だ。ゆっくり話せる。」 その日の頑張市には、台風の影響で大粒の雨が降りしきっていた。 とある一軒の家で、電話が鳴り響く。 緑色の髪の女性が、その電話をとった。 女性「もしもし、小波です。」 守「その声は・・・あおいさんですね。」 (勝手に主人公とあおいをくっつけてしまいました(汗) あおい「あ、守君?どうしたの?」 守「小波はいるか?」 あおい「ゴメンね、今チームメイトの人と出かけてるの。」 守「そうか・・・だったら、こう伝えておいてくれませんか?」 猪狩が電話越しに発した言葉に、あおいは驚きのあまり、固まってしまった。 守「もしもし、あおいさん?もしもし。」 あおい「あ・・・ゴメンゴメン、ちょっとびっくりしちゃった。帰ったら電話させる?」 守「いや、アイツの事だ。『猪狩、どういう事だ!』ってすぐに電話してくるだろう。」 あおい「そうね・・・今までお疲れ様でした。」 守「ありがとう。」 電話を切った猪狩は、「アイツ」のことを思い起こしていた。 高校時代、2人はチームメイトで、共に甲子園で全国制覇を成し遂げた。 プロ入り後、不思議と、2人の対決は劇的なドラマを生むことが多かった。 例えば、小波はパワフルズ優勝を決定する逆転サヨナラ満塁HRを打ったことがあるのだが、その時のピッチャーは猪狩だった。 また、猪狩が初のノーヒットノーランを達成した時も、最後のバッターが小波だった。 この2人の対決に、観客は何度となく魅了されたのであった。 一時間後、猪狩の携帯電話が鳴り始めた。 守「フッ・・・来たか。」 猪狩は携帯電話に手を伸ばす。 守「はい、もしも・・・」 小波「猪狩、引退ってどういう事だよ!」 予想通りのリアクションであった。 守「大体想像つくだろ。」 小波「いや、オレは納得いかない。まだもう少しやれるんじゃないのか?」 守「もう少しやったところで、何になる?もう200勝も達成した。未練はない。」 小波「何言ってるんだ!!まだ燃え尽きてないだろ?最後までとことんやってみろよ!」 守「五月蝿い!!人の気持ちも考えてみろ!!」 二人の間には、一瞬の沈黙があった。 小波の顔は、反省するような顔色へと変化した。 小波「・・・すまなかった。引退する人の気持ちは、引退する時じゃないとわからないからな。」 守「わかったなら、それでいいだろう。ボクは引退する。」 小波「なあ、最後に、ちゃんとした引退の理由を教えてくれないか?」 守「ああ、このまま続けても、ボクがボクらしくなくなってしまうような気がしてね。」 小波「・・・やっぱ最後まで猪狩守は猪狩守なんだな。」 守「フッ・・・」 小波「だったら、オレもお前とは最後まで全力で勝負してやる。」 守「そうしたら、抑えてやるだけさ。」 カキィーーーーン 打球はあっという間にフェンスに直撃した。小波は悠々と二塁に到達する。 だが、猪狩は笑顔を見せていた。全力で勝負をしてくれたのだから・・・ ウグイス「4番 レフト 岩西」 猪狩はロジンバッグに手をやった。と同時に、何か落ち着きを取り戻していた風に見えた。 渾身のストレートが投げ込まれる。岩西はボールを振るものの、タイミングがまるで合わない。 「ライジングキャノン」の異名をとった猪狩のストレートは、伸びが物凄い。 全盛期の球速はないものの、十分に速く見えた。 主審「ストライク!バッターアウト!チェンジ!」 猪狩は後続をピシャリと切って取り、7回を終えた。 猪狩がベンチに帰るまで、拍手が鳴り終ることは無かった。 江良監督「どうだ猪狩、まだまだ行けるよな。」 (パワプロ10の江良コーチです、念のため。) 猪狩「はい、最終回まで・・・投げさせて下さい。」 主審「ストライク!バッターアウト!」 矢部「とても引退するような選手とは思えないでやんす・・・」 8回の表も、猪狩のピッチングが冴え渡り、下位打線を簡単に3者凡退で抑えた。 ベンチに戻る猪狩を、進がねぎらう。 進「もう一回小波さんと対戦が出来ますね。」 守「フッ・・・あいつが最後のバッターになりそうだな。腐れ縁もいい所だ。」 猪狩はベンチに腰を下ろした。 と、進の元へチームメイトの友沢が駆け寄ってきた。 友沢「進さん、最後くらい猪狩さんに花持たせてやりましょう。」 進「そうだね。次の攻撃は僕達から始まる。そこで何とか・・・」 ウグイス「8回の表カイザースの攻撃は、3番 キャッチャー 猪狩進」 素振りを終えて、進がバッターボックスに立つ。 ベンチに居る猪狩にも、打ってやるぞという気迫が伝わってきた。 2−2からピッチャーが投じた第5球目・・・ カキィーーーーン 打球は、猪狩の最後の舞台を一目見ようとしたファンでごった返すライトスタンドにライナーで突き刺さった。 進は大歓声の中、ゆっくりとダイヤモンドを一周する。 ベンチに戻ると、猪狩兄弟はハイタッチを交わした。 ウグイス「4番 ショート 友沢」 興奮が冷めやらぬ中、友沢がバッターボックスに入る。 友沢は、甘く入った初球をフルスイング。 カキィーーーーン 打った瞬間、センター小波は動くのを止めるほどの特大の一発。 遂にカイザースが勝ち越しに成功した。 ライトスタンドから湧き上がる耳を劈くような友沢コールの中、友沢はダイヤモンドを一周。 ベンチに戻ると、真っ先に猪狩の所へ歩み寄った。 友沢「これで最後の1勝を上げられるんだから、感謝してくださいよ。」 守「あんな球、ホームランにするのは当たり前だ。それに、勝ち負けなんて今は関係ないんだ。ボクはブルペンに行くから、じゃ。」 友沢は猪狩の後姿を見て、含み笑いを浮かべた。 友沢「全くもって素直じゃないな。」 進「ああ見えて、実際は喜んでるんだよ。」 9回、猪狩は最後のマウンドに上がった。 その顔は、最後まで凛々しかった。 一球一球に歓声が湧き起こる。 先頭バッターをセンターフライ、2番バッターをピッチャーゴロに仕留め、2アウト。 再び、この瞬間が訪れた。 ウグイス「3番 センター 小波」 球場内のボルテージは一気にヒートアップした。 小波は打席に立ち、じっと猪狩を見つめる。猪狩もまた、同じ様に小波を見つめる。 もはや、言葉は無用だった。 1球目 主審「ストライク!」 ボールからストライクに入る低めのスライダー、猪狩の得意球。 2球目 主審「ボール!」 外角の微妙なストレート、小波はよく見た。 3球目 主審「ストライク!」 またもやストレート、内角の球にバットが空を切る。 4球目 カキィーーーーン 打球はレフトへぐんぐん伸びる、しかし僅かに切れてファール。 もう少しタイミングがずれていたら、確実にスタンドインだったであろう。 5球目 主審「ボール!」 低め、ワンバウンドする変化球。 6球目 真ん中高めのストレート 小波は狙い済ましたようにバットを出す そして・・・ ズバーーーン!! 主審「ストライク!!バッターアウト!!ゲームセット!!!」 小波のバットは空を切った。 全盛期のライジングキャノンを髣髴とさせる、威力のあるボールだった。 猪狩は、両手を高く上げ、雄たけびを上げた。 普段クールな猪狩が、この時ばかりは喜びを爆発させた。 マウンドに駆けてきた進と抱き合った。 小波も猪狩の元へ歩み寄り、ガッシリと堅い握手を交わした。 観客席からは、守コールが絶えることは無かった。 あおい「ああ・・・もう泣いちゃいそう。」 内野指定席の最前列に、あおいと、息子の大輔が座っていた。 大輔「ねぇ、お母さん。」 あおい「何?」 大輔「ボク、大きくなったら猪狩選手みたいなピッチャーになりたい。」 あおい「わかった。頑張って、応援してるから。」 守「猪狩守は、皆の心の中で投げ続けます!!」 ここに、一つの野球人の物語が終わった。 猪狩守 あかつき大付属 2000年D1位 巨人→カイザース 通算成績 208勝182敗7セーブ 2231奪三振