キョウザクラ(作:lnan) ぼくの住む街には地元の人たちにキョウザクラと呼ばれる大きな桜の木がある。樹齢にしてゆうに百年は下るまいという古い大木で、山の上にある公園の一角に鎮座している。住宅地だとか商店街だとか、街中の思いも寄らない場所と方角からその姿を確認できるなどして、この街のちょっとした名物にもなっている。 けれども、毎年春先に薄い期待を伴いながら噂されるも、少なくともぼくが生まれて以来、キョウザクラは一度も花を咲かせたことがない。ぼくの祖父は生前に一度だけキョウザクラが満開の花を咲かせたところを見たことがあったらしく、まだぼくが小さかった時分に、キョウザクラの近くを二人だけで通りかかったときに、いささかの自慢も含みながら、その光景の素晴らしさを語ってくれた。晩年、もう治る見込みがなさそうな病気で入院したころ、やはりそのときもぼくと祖父が部屋で二人きりになったときに、最後にもう一度だけキョウザクラが花を咲かせたところを見たかったと漏らしたが、その口調はほとんど諦観に近いもののようにも感じられた。それから一週間ほど過ぎて、祖父は皆が見守る中で静かに息を引き取った。 キョウザクラという名について、世間話だとかで時折その名を口に、耳にすることがあっても、役場が出すようなきちんとした印刷物なんかでその名がはっきりと記されたところをお目にしたことはないため、一体、キョウザクラがどのような字であるのかはよくわからない。「ザクラ」はおそらく桜のことだろうけど、前半分の「キョウ」とは、今日、京、驚、強、恐、狂、凶、果たしてどんな字を書くのだろうか。小学生のころ、社会化の授業の一環で地域の歴史を調べようというものがあり、そのときにぼくらのグループはキョウザクラについて地元のお年寄りたちにあれやこれやと訪ねる機会があった。曰く、ほんの一瞬しか咲くことがなく今日を逃せば明日はあるまいという意味である、京の都にあやかってつけたものである、何か恐ろしい逸話があるのではないか、開花は凶兆を伝えるものである、といった具合に、結局のところ正確なことは誰にもよくわからないといった具合で、調査は肩透かしに終わった。 三月の終わりの週のある日、夕食前になんとなく冷蔵庫の中身を覗いていると、流しで洗い物をしていた母が、背中越しに「あそこのキョウザクラ、今年はつぼみをつけてるみたいよ」と話しかけてきた。 「じゃあ、今年は咲いてるとこを見られるかもしれないんだ」 「そうなったら、みんなでお弁当持って見に行こうか」 その後、一二輪の花を見かけた、二分咲き、三分咲きといった話を経て、ほどなくしてキョウザクラは満開の花を咲き誇らせたという話が伝えられた。 おおよそ五十年ぶりの開花だとかで、地元の人たちは皆浮き足立った様子で見物に出かけた。わざわざ遠くから訪れてくる人たちも少なくなく、短い時間ではあるけど夕方の地方のニュースで取り上げられたりもした。当然ぼくたちもこの機を逃すまいと、重箱に母の手作り弁当を詰めて足を運んだ。 平日の夕暮れどきにもかかわらず公園内は黒山の人だかりで、段ボールに新聞紙、ブルーシートを地面に所狭しと敷き詰めて饗宴を繰り広げていた。空間にはひっきりなしに聞こえるかん高い嬌声、ハンディカラオケから出るエコーのかかり過ぎただみ声、耳をつんざくハウリング音、ばらばらな手拍子、不規則な喚声などが充満しており、更にその隙間を埋めるかのような子供の泣き叫ぶ声が聞こえてきた。 ある程度の覚悟はしていたものの、予想を遥かに上回る痴態にぼくたちはすっかりまいってしまった。しかし、せっかくここまで来たのだからと、桜を眺めるには少しばかり不都合だけども、騒ぎを遠巻きにしてゆるい斜面となっている場所に陣取った。 「いや、それにしてもすごいな。実はお父さんも見るのは初めてなんだよ」 「これで、もうちょっと静かだったらよかったのにねえ」 父も母もキョウザクラが咲いているところを見るのは初めてだったらしく、二人とも感激しきりといった様子でいた。全く、キョウザクラの美しさは遠目からも圧巻だった。けれども、できればあの幹の近く、枝々を頂きながら、散る花びら一枚の機微にさえ心を遣いながら見入ることができれば、もっと素晴らしかったに違いないのにと思った。 両親とも軽くお酒が入ってとろんとした感じになった頃合、ぼくはもうちょっとよく見えるところを探してくると言ってその場を離れた。しかし、良さそうと思えるような場所は既にことごとく無遠慮に占拠されており、人ごみを避けながら桜に近づこうとしているうちに、いつのまにか公園を仕切った策を乗り越えて、草木がぼさぼさと生い茂る中に踏み込んでしまっていた。まあ、あの騒ぎと明かりを頼りにすれば迷うこともあるまいと、そのままじりじりとキョウザクラの方へ足を進めていると、夕闇と茶色と緑色ばかりの中に、ふと白いものが目に入ってきた。暗がりに目を凝らすと、かすかに色味がかった白いワンピースを着た少女が座り込んでいた。ぼくの気配に気づいて、すぐに少女もこちらを振り返ってきた。 平素であれば、そんな暗がりで見知らぬ人物に遭遇すれば恐怖と驚きで一目散に逃げていたのだろうけど、周囲の喧騒の熱にあてられたのか、なぜだかそのときぼくはちっともそんな気持ちが湧かず、むしろ、同じような考えを持った人に出会ったかと思って嬉々として彼女に話しかけてみた。 「なんだかすごい騒ぎだね」 「そうね。だから嫌なのよ、花が咲くのって」 少女は憂鬱げにため息をついて、それから苦笑いを浮かべながら続けた。 「でも、これだけ大勢の人が、ただ花を見るためだけに、もちろん花なんて全然興味ない人だっているんでしょうけど、でも、ともかくこれだけの人が何のてらいもたくらみもなくやってくるなんて、ちょっといいな、なんて思わない?」 あまりよく意味がわからず、ぼくが「うん、まあ」なんて愛想笑いを浮かべると、彼女もにっこりとした笑みを返してきた。 それからぼくたち二人は顔を合わせるでもなく、言葉を交わすでもなく、ただじっとして闇夜に浮かぶ桜の木を眺めていた。そうしていると、時々ふっと喧騒が薄れ遠のき、この瞬間に世界でキョウザクラを見ているのは唯一自分だけのように思えて、陶然とした気持ちになったりもした。 急に強い風が吹いて少女の長い髪がぼくの顔にかかり、思っていたよりも二人の距離が近かったことにどぎまぎすると、彼女は屈託のないふうに「ふふ」と微笑んだ。 「そ、そろそろ戻らないと」 なんだか気恥ずかしくなり、ぼくは取り繕うように立ち上がった。 「そう、残念ね……。また今度、ううん、きっとお別れね」 すると、不意に彼女はぼくの頬に唇を寄せた。今度こそぼくはたまらなく恥ずかしくなり、急ぎ足で彼女のもとを去っていった。 また一つ強い風が吹くと、キョウザクラは忙しなく枝を震わせて、惜しむことなく花びらを桜吹雪へと変化させた。その姿に美しさを感じつつも、同時に強い喪失感が胸の中でせめぎ合い、だけども、これは自分にはどうしようもないことだし、また、自分の無力さだとか不甲斐なさだとかを悔いることがなければ恥じることもないはずなのにと、その晩ぼくは悶々としてなかなか寝つくことができなかった。 花びらは明くる日にはすっかり散ってしまっていた。皆が競ってキョウザクラの体験の感激をしきりに口にしたが、その一方で不思議なことに、あれほどの人間が集まっていたにもかかわらず、満開の桜の姿を写真やビデオに納めていた人は誰もいなかったそうだ。しばらく後に、ぼくは突然ひょっとするとまたあの少女に会えないだろうかと思い立ち、居ても立ってもいられなくなると、一人であの晩の同じ場所へと出かけてみた。しかし、彼女の姿どころか公園内には人っ子一人見当たらず、既に葉桜となったキョウザクラが新緑を涼しげにささめかせるばかりであった。  * * * * * <投票におけるコメント> 『まー うまいやね。』