あの日あの時あの場所で(清衡様作) 今日は、1945年、8月6日 俺の名前は橘 勝幸 今、道や川には人間とは思えない姿の生き物がたくさん倒れている。 俺はそれまでまではこんな事態になるとは思いもよらなかった・・・。  「勝幸〜?起きなさーい。」 夜が過ぎるのは早く、もう母の寝起きコールが遠くから聴こえてくる。 時計を見ればもう6時30分になっていた。 勝幸は朧朧とする視界に戸惑いながらも、目を掻きながら一歩一歩確実に食卓へ向かう。 今日の朝食は昨日の残り物を利用したものだった。 しかし待ちに待ったと言わんばかりの顔で、勝幸は食事を食べていた 「どうしたの、お兄ちゃん。なんか嬉しそうだけど・・・?」 同じ食卓にいる妹の美幸が、勝幸の顔をみて疑問を感じたらしい。 噛んでいる途中なのか、勝幸は美幸の疑問気な顔を見て、自分の顎でカレンダーを指した。 勝幸は自分の一口を食べきったのか。美幸に笑いながらこう言った。 「今日の夕飯はご馳走だってなぁ」 美幸もそれを思い出したのか、笑顔で食事を口に頬張った。  食事を終え、歯を磨き終わったころにはもう午前7時30分になっていた。 「いってきまーす」 飛び出すようにして勝幸は走って外へでた。 「はーい、いってらっしゃーい、気を付けてね〜。」 後ろから聞こえてきた母の声は、勝幸の気を引き締める。  学校とはいっても、今は戦時中。 竹槍を突く訓練などをせねばならない。 {あーあ、今日も学校つまんねーな竹槍の練習がなんになるってんだそんなんでB-29をおとせるのかってんだ} そう思っても、口には出せない。 それがこの時代を表すものでもある。 ・・・そして1945年(昭和20年)8月6日午前8時15分、それは投下された・・・ 「ドオォォォォォーーーーーーーーン」 ものすごい爆風とともに、頭上には雲が舞いあがっている。 勝幸は間一髪、校舎に戻っていたので助かったものの、母と妹はどうなってるか心配だった。  ・・・!? 外に出た俺はとても悲惨な光景を目の当たりにする。 ほとんどの家は燃え、道には皮膚が爛れた、人間とは思えないような姿の人たち。 それらは水を求めるため、川や井戸に飛び込んでいく・・・ しかし、皮膚の爛れた水の亡者たちは川を泳げないのか、溺れて死んでゆくだけであった。 勝幸の周りには死の匂いが立ち込め・・・・その勝幸は何が起きたのか判らず、ただ立ち尽くしているだけだった・・・。 そんな中、美幸ぐらいだろうか?女の子がふらふらしながら歩いてくる・・・・。 それをぼうっと見つめることしかできず、足が動いたのはその女の子がドサッと倒れてからだった。 駆け寄り抱き上げる。 「おい!大丈夫か!?」 女の子は「なんでこんな事になったん・・・・?・・・あんちゃんだれ・・・?」 手の中の女の子がどんどん冷たくなってくる。 「あ、おかあちゃん・・・おにいちゃんもいる・・・・ウチここやで・・・・ここや・・・」 そういったきり女の子は動かない 目からは自然と涙が出ているのが自分でもわかる。 しかしなにもできず、涙を流しながらしばらく突っ立っていた。 ギリッっと奥歯をかみ締める。 早くしないと!という衝動に駆られ、やっとの想いで一歩を踏み出し、そして走る。 途中何かに何度も躓いて転んだ・・・その「なにか」を見ている余裕はない。 多分見たらもう自分は動けないだろう、そう思い一心に家だけを目指し紅い住宅地を駆け抜ける  学校を出てから1時間が経っただろうか。家に着いた。家はもう家ではなく、燃える木の捨て場としか思えないような有様であった。 後ろから誰かが寄ってくる。美幸だった。 美幸は泣きながら、俺にすがり付いて、家の、いや、燃える木屑の山の一角を指さした。 そこには無残にも、木の破片が2、3本、腹に突き刺さって倒れている母の姿があった。 幸か不幸か、母はまだ生きていた。 「お母さんのことは放っておいて・・・貴方達で早く非難しなさい・・・。」 もう死にそうな母は怨念の如く喋りだす。 「そ、そんな、お母さんを置いて逃げれる訳ないよ!」 「馬鹿なこと言わないで!お母さんはもう死ぬのよ!」 「さぁ、早く!燃えてる木が崩れてきたら、貴方達まで死ぬかもしれないのよ!」 妹は泣いているが、母の言葉を理解した勝幸は妹を担いで離れた。 少し走って勝幸は後ろを振り返った。 その刹那だった 燃え盛る木の山が母を襲う。 「グラグラグラ、ドサドサドサーーー」 崩れ落ちる瓦礫のなか、母の顔が見えた気がした その顔は戦争に旅立った父のような顔をし、 その父が事あるごとに言っていた、 「強く逞しく生きろ」 その言葉を勝幸に思い出させた。 そして母は木の下敷きになり、その体に火が付き始めた。 見たくない。そう思ったが、腰が抜けて勝幸は動けなかった。 {戦争なんて・・・戦争なんて・・・} 震える拳を握り締め、涙を流し、勝幸はあることを決心した。 それは戦争の悲惨さ、この思いを後世に伝えること。 次の日、勝幸は大急ぎで母が亡くなった跡地、家「だった」場所へ向かった。 勝幸はあるものに目をとめ、それを拾い上げた。 懐中時計・・・8時15分で止まっている。 勝幸はそれを握り、帰った。  あれから二十年・・・ 勝幸は机の上でなにやら字を書いている。 本の原稿だ。 題名の部分にはそのときの雰囲気を醸し出すような力強い筆跡でこう記されている。 『あの日あの時あの場所で』 そしてそれを書いている机の隅には針の動いてない8時15分で止まっている懐中時計がある。  1945年(昭和20年)8月6日午前8時15分− これは広島の、いや世界の永遠の刻だろう―