〜とある生徒の日記〜(龍作) ――とある生徒の日記 四月 十一日 晴れ 僕は今日、この高校へと入学した。 桜舞い散る今日、僕はあの人に一目惚れをした。 さらさらの黒髪、切れ長の瞳が、僕を魅了する。 それでも僕は特に目立ったところのない普通の人間だ。 あの人の目にはとてもじゃないが留まらない。それでも、僕はあの人を愛している。今日からあの人に対する感情を日記に綴ることに決めた。 四月 二十日 曇り あの人が体育に出席した。僕は体調が悪かったので見学したけれど、 いつ、何度見てもあの人は綺麗だ。とても僕と同じ人間とは思えない。 面相なんてそこらの芸能人なんかよりも遥かに整っていると思う。 なんて、これはのろけかな。 それでも今日、綺麗に跳び箱を跳ぶあの人を見て、 僕は赤面したのを自覚した。 五月 八日 曇りのち晴れ 入学して一ヶ月近くが経った。ようやくクラスにも慣れて、友達も出来た。 どうやらあの人はとても人気があるようだ。 僕の友人も何人かあの人のことが好きらしい。 ライバルが多いのは少し辛いけれど、負けるわけにはいかない。 僕はあの人を絶対に振り向かせて見せると誓った。 五月 二十日 晴れ 五月から始まった選択授業で、なんとあの人が同じクラスだった。 僕はあの人から少し離れた場所に座ってアピールも出来ていない。 もしかして、あの人は僕の名前も言えないんじゃないだろうか。 今日は選択授業で一緒になった別のクラスの生徒からも話し掛けられていて、 いっそうライバルの増えた予感。はぁ。 六月 六日 雨 朝から降り続いた雨のせいか、あの人の機嫌は少し悪かったようだ。 友人に「雨って嫌だよね」と言っていた。僕も雨は嫌いだ。 位置も近かったし、話題に何とか入ろうかと思ったけれど あれこれ空想してるだけで休み時間が終わってしまった。 あの人になんとか憶えてもらいたいのに。僕は今日も何も出来ずだった。 六月 十九日 雨のち曇り 今日は体育館で生徒会の集会があった。 あの人は生徒会役員に入っていて、前に並んだパイプイスに座っていた。 そういえばこうしてはっきりと顔を見られたのは初めてかもしれないと 僕は張り切ってあの人の顔を見ていた。 当然、生徒会の話なんて耳に入っていない。 七月 一日 晴れ 中間考査であの人が学年でトップを取ったと聞いた。 やっぱり頭が良いんだ。あんなに綺麗でスタイルがよくって体育も出来て、 おまけに頭も良いなんて、完璧な人間っているんだなぁと思った。 ちなみに僕は下から数えた方が早いような番数だった。 七月 十九日 晴れ 今日から夏休み。僕はあの人から携帯の番号も聞けなかった。 夏休みの間、あの人と連絡が取れないなんてとても哀しい。 一ヶ月間あの人の顔が見られないと思うと胸が痛くなるようだった。 いっそ告白しようかなと思ったけれど、 僕にそんな度胸があるのならさっさと携帯番号を聞いているに決まっている。 七月 三十日 晴れ なんと、夏休みの間だけやろうと思ったスーパーのバイトであの人が入ってきた。 同じ学校の同じクラスだとあの人が言ったことが上司の耳に入り、 信じられないことに僕があの人を指導することとなった。 それに、あの人は僕のことを知っていてくれたんだと思うと、 僕は踊りたくなるような歓喜に襲われた。 あの時の喜びは、僕は生涯忘れないだろう。 八月 五日 晴れ あの人が連絡先を教えてくれた。 「実は、寝坊しやすくて。……がっかりした?」 あの人は僕に向かって照れながらそう言った。 僕は真っ赤になりながら手を振って、震える手で携帯番号を収めた。 「よかったら、これからバイト一緒に行かない?」 もちろん僕はOKした。断るはずがない。 八月 十一日 曇りのち晴れ すごく嫌だった夏休みは僕にとって天国かのような時間となっていた。 朝はあの人からのメールで目が覚めて、アルバイトでは一緒になって、 暗くなる頃には家の近くまで一緒にいる。 こんな幸せが続いていていいんだろうか。ちょっと心配だ。 八月 三十日 晴れ アルバイトも終わり、あの人と一緒に帰ることもなくなった。 それでも僕はたまにあの人を遊びに誘い、一緒に出かけたりしている。 デート、というと少し恥ずかしいけれど、 あの人はそんな風には思ってくれてないだろう。それでも幸せだから、いいか。 九月 六日 曇り 最初の頃の日記を読み返してみた。あの頃は本当にあの人が眩しく見えて、胸が痛くなるような感覚だった。 あの人を素敵に思っているのは今も同じだけれど、 胸が痛くなるようなことはなくなっている。 確かにあの人と一緒に遊ぶと楽しいし、異性としてはすごく魅力的に見える。 でも、僕は本当にあの人を好きなんだろうか? もしかして友達として見てしまっているんじゃないだろうか? 僕は、自分の気持ちがわからなくなってきた……。 九月 二十日 雨のち曇り ……ケンカをした。始まりはどうでもいいことだった。 くだらないことであの人を怒らせた自分がとても憎らしい。 僕はあの人に嫌われてしまったのだろうか。……哀しい。 九月 三十日 晴れ 相変わらずあの人は口をきいてくれない。――それでも原因は僕にあるのだ。仕方が無い。 十月 二日 晴れ 僕は思った。今、僕はあの人を好きになっていない。 入学したとき、あの人に抱いた激しい感情。 それは今、僕の胸には、無い。でも、なんだろう。この哀しさは。 十月 五日 晴れのち曇り 泣いてしまった。あの人の前で。嫌われるのがいやだと叫んで、大きな声で泣いた。 あの人はびっくりしたように僕を見つめたけれど、何も言わなかった。 それから、僕の頭を撫でるとそれだけで去っていった。 僕は、あの人にどう思われているんだろう。 ……いや、なんでこんなことを考えなくちゃならない? 僕はあの人を好きじゃないんだろう? なのに、なんで。 十月 十一日 曇り あの人からメールが来た。 件名:無題 内容:ごめん これだけだった。たった三文字の言葉なのに、僕は安心してしまった。 返信しようと思ったけれど、出来なかった。 泣きたくなるような悲しみの世界から抜け出せて、僕は安堵していたから。 十月 三十日 晴れ あの人が普通に接してくれるようになった。 それと同時に、あの人に恋人が出来たことを知った。 だから、僕に謝ったんだろうか。あくまで友人として付き合いたいから。 僕は、頭を何かで殴られたような思いがした。 十一月 七日 曇り 掲示板にあの人の写真が張り出されていた。 隣には恋人らしき人が肩を並べていた。 まわりの生徒はざわめいていたけれど、僕は何もいえなかった。 当人はといえば、その写真をちらと見ただけで、弁解する様子もなく、怒りもしなかった。 一体、あの反応はなんなんだろう。 十一月 二十五日 晴れ 思い切ってあの人にメールをしてみた。あの隣にいた人が気になって。 メールはすぐに返ってきた。返事は、こんなものだった。 あれ、イトコだよ(-。 -; ) それにしても、まさかあんなので騒がれるなんて思わなかったな(・_・、) ――僕は、安心してしまった。 十二月 六日 晴れ 冬休みが近づいた。あの人が僕に 「またあそこでバイトするの?」 と聞いてきた。迷っている、と僕が答えたらあの人は笑っていた。 あの人は、一応、履歴書は用意してる、と言った。 僕はやらないかもしれないよ、と言うと、あの人は それじゃあ履歴書は捨てるよと答えてくれた。それは、どういうことなんだろう。 十二月 二十日 曇り 冬休みが始まった。今日本屋に行って、あの人と偶然会った。 近くの喫茶店に入って話をしていたんだけれど、 どうやらあの人に恋人はいないらしい。 僕が聞いたのはデマだったんだ。僕は何故か嬉しかった。 十二月 二十四日 雪 今日の午前零時。あの人からメールが入った。 件名:起きてる? 内容:今すぐ駅前に来てくれる?(* ^-^)  渡したいものがあるのだぁー(((((*^o^*)♪ 僕は、走った。 十二月 二十四日 雪(午前0時32分) 駅前の広場であの人を見つけた。 僕は寝起きでほとんど髪の毛もセットしていなくて少し恥ずかしかったのを鮮明に覚えている。 あの人は僕を見つけると、携帯を取り出した。 僕は不思議に思って立ち止まると、その瞬間に僕の携帯電話が鳴った。 件名:メリークリスマス!☆。、:*:。.:*:・'゜ 内容:ずっと、好きだったよ。愛してる。 携帯を閉まったとき、「彼」は僕に近づいて、四角形の箱を見せた。 中を開くとそこには、指輪が収まっていた。 「前、言ってたよね。8号だって。オモチャだけどさ、受け取って欲しくて」  街のイルミネーションが彼の顔を綺麗に照らし、 暗かったけれどなんとか彼が微笑んでくれているということがわかった。 僕は指輪を薬指にはめると、携帯電話を取り出す。 彼がなんだろうという表情で見ていたけれど、それはすぐにわかることになる。  彼は携帯を取り出した。そこには―― 件名:メリークリスマス 内容:サンタのくれた贈り物。受け取りました。そして、これからよろしくおねがいします fin.