規則がない国と規則がある国(鬆作) 此処が本当に地球なのかと疑う程の一面の砂、砂、砂漠。 時々転がっているゴツゴツした石はさらに土地の色気をなくしていた。 とめどなく吹く熱気を帯びた風はまるで砂を巻き上げ水分を奪いそこにいるわずかな生命さえ絶えさせようとしているようだ。 そんな死後の世界の様な砂漠の向こうからバイクのエンジン音が鳴り響く。 その音は段々近づき、一つの大きな石にぶつかりそうになって急停車した。 「ふう・・危なかった。」 あまり感情が篭ってない口調でバイクの運転手が言った。 風で舞い上がる砂を防ぐ為かゴーグルをしている。 ヘルメットの中から流れ続けている汗をかき運転手の水分を奪い続けた。 年の頃は16から17と言ったところで表情はやや幼さを残しているが精悍な顔立ちをしておりその瞳は全てを見透かしていた。 「まったく・・暑くて真っ黒になっちまいそうだよ、ココ。」 少年の胸元から真っ黒な黒猫が顔が出して驚いたことに口を聞いた。 「クロ、お前は既に真っ黒だろ、それに暑いならそんな所に居なきゃいいだろ?」 ココと呼ばれた少年が疲労と呆れが混じった口調で言う。 クロとはどうやら黒猫の名前らしい。 「それより目的の国はまだなの?」 「あと120キロといった所かな・・。」 ココが俯いて言った。 「ええ!またそんなに・・はぁぁ〜・・。」 黒猫のクロは突かれきった様子でまたココの胸元の服の中へ 入った。 「着いたよ。」 ココがそういった頃には既に当たりは暗かった。 1秒置いてクロが眠そうに目を擦りながら国の入り口を見た。 「もう夜中だよ?入れてくれるかな。」 「さぁ、でも僕は何が何でも入るね。」 ココが入り口の10数メートル以上になる入り口と壁を見て言った。 「どうして?」 クロが上を向いてココに尋ねた。 「僕は今、猛烈に冷たいジュースと涼しい部屋が恋しいから。」 「同感、冷えたミルクも頼むよ。」 クロがクスリともせずに言う。 「まかせといて。」 ココがそう言ってバイクから降り、バイクを押し歩いておそらく旅人受け入れ口であろう窓のブサーを慣らした。 「は〜い、ヒック・・うぃー・。」 窓が開いた瞬間強烈なお酒の臭いと顔を真っ赤にして寄っている男が出てきた。 ココは一瞬たじろいだがすぐに姿勢を整えて礼儀正しく言った。 「旅人ですけど僕と黒猫とバイクの受け入れをお願いしたいんですけど・・」 ココが言い終わる前に酔っ払った男が簡単に入り口の門をボタンで開けてしまった。 「はい、ど〜ぞ。」 男がそう言ってまた酒を瓶のまま飲んだ。 「あ・・あの所有物の調査とかは?あとウィルスに感染していなだとか僕の身分の確認だとか・・色々あるのでは?」 ココは開いた門の前で戸惑っていると男が面倒くさいと言わんばかりに舌打ちしてこう言う。 「アンタねぇ〜、この国はそんな面倒くさい規則なんてありゃしないよ。」 「はい?」 「盗みもOK!殺しもかつあげも子供の夜遊びも薬もな〜んでもOKなのさ。わかる?」 馬鹿にしたように男が言った。 「そ・・・そんな、それじゃぁ国の治安は悪くなる一方ではないですか?」 ココが目を見開いて言った。 「この国の王族は代々楽観的なのさ、「人間は自由気ままに生きるのが一番の幸福」良い事言うね!此処の王様は。まぁ収入が良いし毎日酒飲んでるだけで良いから俺はこの仕事やめないけど。」 「・・・・。」 「ココ、どうする?」 クロが言った。 「とりあえず、入ろうか。」 「うん。」 バイクでココ達はとりあえず泊まれるホテルはないかと街を徘徊した。 「これは酷いな。」 ココは眉間にシワを寄せて言った。 街中では普通に道路で寝ている酔っ払いや堂々と麻薬を売買している若者、中年の男性をカモに援交をしている明らかに十代前半の女の子。 「此処なら【ファミリー】とか言う若者の集団も居そうだね。」 クロがまるで別世界を見ているような目で街中を見つめながら言った。 「・・・・・・・・・。」 「ココ?」 「・・・・・・。」 「ホテルどうする?」 「・・・・・安全なホテルがあればね。」 ココが短くそれだけ言った。 「えー!じゃぁ見つからなかったらせっかく国に入ったのに野宿!?」 クロがはぁあとため息をついて下を向いた。 「それよりも僕等はもっと心配するべきことができたみたいだね。」 ココが顔をしかめてまっすぐ前を見た。 前には見るからに柄の悪そうな集団が道路の真ん中に立って通せんぼしていた。 人を馬鹿にしているような嫌な笑みを浮かべている。 クロがすぐ事態に気付き慌ててバイクの後ろのバックの中へもぐりこんだ。 ココがバイクを止めバイクから降りずに言った。 「よぅ、にいちゃん。アンタ旅人だろ?なら結構持ち合わせあるんじゃね?」 若者の集団のボスらしき男が言った。 後ろで部下らしき数人の男女がニヤニヤしてこっちを見ている。 【胸糞悪い・・・】 クロが誰にも気付かれないようにボソッと言った。 「だから、何でしょうか?」 ココが表情を変えずに言った。 「持ち合わせを全部私達にくれないかしら?そしたら怪我しなくて済むわよ。」 後ろのほうに居た女が偉そうに前にでて言った。 ココが呆れた様子でわざとらしく大きくタメ息をこぼした。 その途端、今までニヤニヤしていた奴達が忽ち険悪の表情になった。 「なんだてめぇ!馬鹿にしてるのか?」 一番体格の良い男が言った。 ドーーー・・・ン!!・・・・・・・・−− 鼓膜が割れそうな程の大きな爆発音が聞こえたかと思ったら一番体格の良い男が倒れた。 「ギャァアア!!あ・・足が・・足が!い、痛てぇよ・・いてぇよぉ!」 右足を抱え込んで転んだ幼児のような声を出した。 ココは無表情でまだ煙が昇っている銃の狙いを今度は別の男に変えた。 「てめぇ!」 男の叫び声を合図に全員一斉にココに襲い掛かる。 「ふぅ・・・。」 ココがバイクからのんびり降りて何故か銃をクロに預けた。 クロは黙って受けとってバックの奥深くに頭をかかえて潜り込んだ。 「うう・・・いってぇ・・・。」 集団7,8人のほとんど倒れて気絶しているかうめき声を上げて居た。 ココは「ふぅ」とため息を漏らして肩を回した。 集団の中で一人だけ女だったが目を見開いて倒れている男達を見つめた。 「僕・・・・・・」 ココがバイクに乗りながら涼しい表情で女に言った。 女が震えた声を出してココのほうを向いた。 「僕、暴力嫌いなんです。」 ココがエンジンをつけて走り始めた頃、女は膝を地面につけてココが行ってしまった方向をただ、ただ見つめた。 雑草が伸び放題、水がない噴水、使い物にならないほど破損している滑り台やジャングルジム。 そんな公園の隅のベンチにクロとココが居た。 「想像以上だったね、ココ。」 クロがおいしそうに皿にはいったミルクを飲みながら言った。 「そうかい?僕の想像はこれ以上だったよ。」 ココが冷えたオレンジジュースの蓋を開けながら言った。 「へぇ、どんな?」 「そうだね・・あちらこちらに死体が転がってて、ドクロでサッカーをしている子供達とか。」 ココがそう言ってジュースの淵に口をつけた。 「・・・僕は時々ココが怖い。」 「有難う。」 ココが初めて笑って言った。 「あ、あのぅ。」 後ろのほうから小さな声がした。 ココとクロが少し警戒してゆっくり振り向いた。 そこにはこの街にしてはマシな服を着た8歳ぐらいの女の子が少し顔を赤くして立っていた。 「なんだい?お嬢さん。」 ココが笑顔で優しく返した。 後ろのほうでクロが「キャラが違う」とボソッと言う。 「旅人さんですよね?」 「そうですよ。」 「お泊りするところに困ってはいませんか?良かったらうちにき、来ませんか?」 「おやおや、願ってもない嬉しいことだね。」 クロが口のまわりのミルクを舐めながら言った。 女の子が不思議そうにクロを見つめた。 ココがボソッとクロに聞こえないように「ロボットだよ」と言った。 「でもどうして見ず知らずの僕たちを泊めてくれるんだい?僕は君の家を襲って財産を持っていくかもしれないんだよ。」 クロが心の中で「ココならやりかねない」と言った。 「見てのとうり、この国はこのザマです・・・。私の両親も強盗に殺されました。今は祖母のやっている酒屋を手伝いながら暮らしています。」 「ふぅん、大変だね。同情するよ。」 クロが「嘘だ絶対してない」と心で言った。 「私はまだ8歳・・とても一人で国を出ることなんてできません。祖母はもう歳で外は一面砂漠だし・・。食べ物だけは裕福な此処が一番安全だけどやっぱり出たい・・・だから少しでもいいです、今夜この国の外の話を聞かせてくれませんか?」 「ふぅん・・なるほど。それならお安い誤用さ、君んちへ案内してくれ。」 その言葉を聞くと女の子の表情はパァと明るくなった。 ココの袖をつかんでこっちこっちとせかした。 「ハハ・・、クロが・・猫がミルクを飲み終わったらね。」 「ふぅ、生き返るよ。」 ココが濡れた髪をタオルで拭いながら出てきた。 「お湯加減はいかがでしたか?」 女の子の祖母が聞いた。 「ええ、最高でした、汗も流れたしね。」 「それは良かった。」 女の子が言った。 「では、さっそくですが聞かせてもらえませんかの? この国の外の話。」 「そうですね・・・・僕の体験ではないのですが昔の友人から聞いたこの国とは対照的な国のお話でも・・・・・。」 ある肌寒い秋の午後。 一人の少年がある国の門を叩いた。 「すみません、入国希望の旅人ですけど。」 窓のシャッターが上がると30センチはあろう分厚いガラスの向こうに人が居た。 「マイクのほうへ喋ってください。」 上を見ると監視カメラがありとあらゆる方向からこちらを見ていた。 少し戸惑いつつも上からぶら下がったマイクのほうへ喋った。 「入国を希望したいのですが。」 「パスポートは持っていますか?」 声はもう一つのマイクから出ていた。 「い・・いえ。」 「では貴方の身分を証明する物は?」 「い・・いぇ、ないです。」 ガラスの向こうの男が呆れたようすで少年を見た。 「では、パスポートを発行しますのでこちらの質問に正直に答えて下さい。」 男が書類らしき物をだして言った。 「はい。」 「歳と生年月日は?」 「18歳で1976年の8月23日です。」 「星座は?」 「獅子座です。」 「生まれた国は?」 「イギリスです。」 「特技は?」 「拳法と・・あと料理を少し。あとアウトドア生活です。」 「趣味は?」 「読書です。」 「恋愛対象は?」 「・・・もちろん女性です。」 「好きなタイプは?」 「えっと・・・・ 「えー、そんなに聞かれたの?その人。」 女の子が楽しげに言った。 「おもしろい国ですな。」 「そうでしょう?あと座右の銘も聞かれたらしいです。」 「ふぅ・・やっと入れたよ。銃器やナイフまでダメとか言って預けることになったし・・・。」 少年が国に入れたのは夕方のことだった。 トボトボとバイクを押して門を潜ると綺麗に整頓された建物が並んでいた。 「旅人さんですか?入るの苦労したでしょう。」 女の子が少年に話しかけた。 「ええ、なかなか真面目な国ですね。好きな色まで聞かれましたよ。」 少年が苦笑して女の子に答えた。 「ええ、この国は公園の木と木の間隔まで決められています。1センチでもズレていたらやり直し。建物も同じく。あと何人家族なら土地は何坪までとか毎日食べる食事のカロリーの量や学校や働く時間も秒単位。それから最近は生まれた瞬間からどの学校に入って卒業するとか何の職業につくとかまでも決められていて・・・」 「・・・頭が痛くなってきましたよ。ところでこの辺の近くに安いホテルはありませんか?」 「あぁ、旅人さんは年齢や身分に合わせて下宿先も決められるんです。貴方の下宿先は私の家になったのでこうして迎えに来たのです。」 「・・・・さいですか。」 「それでそれで?どうなったの?」 「とりあえずその男の人もその人の家に泊まることにしたらしいんだ。でね、その女の人も実はこの厳しすぎる国が嫌で嫌でしょうがなかったらしいんだ。それで国の外の話を聞きたくて男の人に聞いたらしいんだ。」 「その人は何の国の話をしたの。」 女の子が聞いた。 「此処だよ。」 「え?」 「この国。」 「僕がこうして君達の国と対照的な話をしているようにその男の人もその国と対照的なこの国を話したんだ。」 「そしたら・・女の人は何で?」 「【そんなに自由気ままな国があるなんて何て素敵なの】だってさ。」 「ふぅん・・・。私的にはその厳しい国に憧れるなぁ・・・。強盗も居ないんでしょ?親が殺されても・・・犯人を捕まえてくれるんでしょ?こんな・・こんな悲しい思いする人なんて居ないんでしょ・・?」 いつの間にか少女の瞳には涙がいっぱい溜まっていた。 ココはそんな女の子を見ても表情ひとつ変えずに続けた。 「まぁそんなわけで女の子は大人になって、この国に来たらしいんだ。」 「へぇ、その人は夢を叶えたんだ。いいなぁ。」 「君も大人になったら規則がある国へ行くかい?」 「・・・私、行く。安全な国が良いに決まってるもん。」 「今まで自由で当然だった物が奪われても?」 「平気で人同士が傷つけあっているところはもう見たくないもの。」 女の子が俯いて言った。 「そう。」 ココはあいかわらず無表情だった。 「まぁ、孫がこういうならワシもとめないよ。」 「おじいちゃん・・・有難う!私絶対その国に行って安全な生活をする。」 砂漠の中を一台のバイクが走っていた。 「ココ。」 クロがココの胸元から顔だけ出して言った。 「ん?」 「そういえばあの話の中の女の人さ、あの国行ってどうなったの?」 「・・・死んだよ。」 ココが少し間を置いて言った。 「ええ!?」 クロが驚いてココの胸元からさらに顔を出した。 「あの国についたとたんさ、ヤンキー軍団に金を取られてどんなに助けを求めても誰一人として食べ物一つわけてくれなかったんだって。」 「・・・・・盗めばいいのに。」 クロが口をとんがらせて言った。 「真面目な国に育てられたんだ、できなかったんだろうね。」 その数年後、少年があの規則がない国から規則がある国へと言った一人の女性が厳しさに耐えられずに自殺したという話を小耳にはさんだ。 「まぁ・・・どっちもどっちって所かな。」 「そうだね。」 ココはまたバイクで次の国へと向かった。