僕がここにいて(ひゅん作) 「兄さん。、今日は何をするんですか?」 「そうだな、投げ込みでもするか」 「わかりました」 僕は、猪狩進。僕と話しているのは兄の猪狩守。 兄さんが天才と呼ばれていることは知っていると思う。 僕はそれが嬉しい。でも、でも…… ……ちなみに僕達は今、野球の練習をしている。 兄さんが球を投げる……いつも通りの、出来事。 そしていつも通り、その球を受ける僕。 「よし、もうここまでにしよう。あとは帰って――」 兄さんが言ったけど、僕は用事を思い出したように、 「あ、僕は後で帰るので、先に帰っててください」 と言った僕に、兄さんは、 「そうか……早く帰って来いよ」 そう言って、帰って行った。 特に用事はなかった。何故か帰る気がしなかったんだ。 帰るかどうか考えている僕。 だけど、僕の足は家の方向とは逆に向かって歩いていた……。 「…………」 「あ、進君じゃないでやんすか!」 「えっ?」 僕に話しかけてきた人は、矢部さんだった。 隣には、矢部さんのチームメイトと思われる人物もいた。 「こんな所で何してるんでやんすか?」 「あ、いや、ちょっと……」 そのとき、矢部さんの隣の人が言った。 「こいつが、あの『猪狩守の弟』?」 「……!!」 僕は――何度も言われ続けたあの言葉を言われてしまった。 いつも言われて来た言葉――慣れているつもりだけど、 言われると怖くなる。 僕は所詮兄さんの陰なんだと――そう思ってしまうから。 「…………僕、ここで失礼します」 「やんす、もう夜遅いだでやんすから、気をつけて帰るでやんす」 僕は、矢部さん達に別れを告げた後、考え事をしながら帰った。 「ふう……」 「どうした進、遅かったじゃないか」 門の前で待っていた兄さんが言った。 それを聞いた僕は腕時計を見た。針は十一時を指していた。 「お前がこんな遅くに帰ってくるなんて、何かあったのか?」 「!!何でもないですよ!」 「お、おい何を怒っているんだ!?」 僕は、走って逃げてった。 「どこに行くんだ、進!」 兄さんが追い掛けてきた。でも、僕は全速力で走ったので、 追いつけなかったようだ。 「はあ、はあ……」 僕がついた場所は、星がよく見える丘だった。 「きれいだな…」 僕はそこでしばらく考え事をした。 「…………」 そこで思い立ったことは――ここで死ぬ、と言うことだった。 それは――僕がここにいる意味がわからなかったから。 いつも、兄さんの陰にいて いつも、『猪狩守の弟』と言われてきて いつも、みんな僕を『猪狩進』としてみてくれなかった…… 僕は、『猪狩進』なんだよ? 僕は、もういやだったんだ…… 丘の端に近づいていく僕。 もう少しで楽になれる―― はずだった。 誰かが、僕の手をつかんだんだ。 僕が後ろを見るとそこには―― 「やっと見つけたぞ、進」 兄さんがいた。 「いきなり逃げて、しかも飛び降りようとするとは、何事だ」 そう言った兄さんに対して僕は、 「何で――」 「ん?」 「何で、兄さんは僕を死なせてくれなかったんですか!」 と、泣きながら、言った。 そのあと僕は、兄さんに吐くように、 「僕は、死にたかったんです!誰も、僕を一人の人間としてみてくれなくて……僕なんか、いてもいなくても、一緒なんです!」 と言った。意味がないと思いながら…… でも、それは違った。 「バカヤロッ!」 「うわ!」 兄さんが僕を殴った。今までにこんな事があっただろうか? 僕は兄さんの方を呆然と見ていた。 すると、兄さんが話しだした。 「いてもいなくても一緒、だと?そんな訳ないだろ!  お前を必要としているやつはいっぱいいる!僕も、その一人だからな……。」 兄さんは、怒りながら言った。でも、最後の方は優しそうな声で……。 僕は、兄さんの言葉を聞いて、楽になったような気がした……。 「兄さん、ごめんなさい……僕、なやみをわかってもらえる人がいないように考えていて……」 「でも、そうじゃなかった?」 僕が言い終わる前に兄さんが先に、少し笑いながら言った。 「あ、はい。でも、兄さんと比べられるのは仕方のないこと……」 「フッ……だが、現実を恐れていたら何もならないぞ、進」 「はい」 「さて、もう帰るか……」 「は、はい!」 僕の悩みは、意外なことで解決できた。 あ、でもまだ完全じゃないな……。 完全に解決するのは無理かもしれないけど……。 それでも僕は――ここにいて、精一杯努力する。 僕がここにいて 兄さんも、みんなもここにいる ここが僕の居場所なら ここで僕は頑張るんだ! だからここにいるんだ 僕、猪狩進と言う人間が…… =終わり=