その日、雪白家に仕えるコックの城田が呼び出された。
雪白家に仕え始めて大分年月が経過しており、現当主の雪白晴継も幼い頃から見守ってきた存在である。その成長ぶりについ眦が緩んでしまうが、そんなことはおくびにも出さない。
あくまで内密に、と付け加えられていたので何か嫌な予感がした。長年仕えてきた中で培った勘がそう囁いていた。
晴継はまだ若いが先代の時よりも勢力を拡大させている。それでも本人はまだまだ上を目指すことを望んでおり、そのためのステップも自分で考えているようであった。
人々が寝静まる夜更けに、晴継の部屋を訪れた。そこには雪白家を取り仕切っている牧村の存在もあった。
先代から仕えているという点でも城田との付き合いは長い。その髪の毛は真っ白に染まっているが、それは城田も同じことであった。互いに歳を取ったことを感じざるを得ない。
普段は専ら雪白家の執事として家のことを任されているけれど、時には晴継の懐刀として側にいることもある。ずっと雪白家にいる城田とは少しその点が違っている。
「おやおや、牧村も呼ばれましたか」
「そういう城田もですか」
二人が呼ばれるということは、これは本格的に良い話ではないようだ。顔を見合わせるだけで益々その思いが強くなった。
いつも毎日のように顔を合わせている二人ではあったが、内密に済ませたい話で二人が揃うということは事の重大さを物語っている。
生憎晴継は不在のようで、二人だけの時間が静かに流れていく。
「冬子お嬢様はお眠りになられましたかな」
「えぇ、先程確認してきました」
この話題になると知らず知らずの内に頬が緩んでしまう。晴継の妹、冬子の話題だ。
凛々しくも華があり気品溢れるお嬢様に成長され、晴継も悪い虫がつかないかと心配している。幼い頃から面倒を見てきた二人もその感慨は人一倍深く、冬子を見つめるその眼差しは好々爺のようであった。
二つ三つ話をしていたら晴継が部屋に入ってくる。
入ってきて第一声が「冬子は寝たのか」と妹を気遣う言葉だった。晴継が誰よりも妹の冬子のことを愛しているということは雪白家の中では常識となっている。
人生の先輩である二人から見ればその愛情は少し行き過ぎている感がしないでもないが、口に出せば間違いなくこちら側への反論材料が揃っているだろうから言い出せない。
すやすやと安定した寝息を確認しましたと言えば主人が嫉妬の炎を燃やすだろうから遠まわしな表現に留めておく。寝ているとは言え無断で妹の部屋を覗いたと知れたらタダでは済まされないはずだ。
牧村の答えを耳にして椅子にどっかと深く座り、大きく息を吐き出した。妹に聞かれたくない話題だからこそ、安堵の溜息なのだと推測される。
だが一度緩んだはずの緊張の糸はあっという間に戻された。
「マズいことになった」
部下の前で弱音ともとれる発言をするのは非常に稀なことだ。いくら相手が気心の知れた忠臣の牧村や城田の前でも、だ。
常に自分を戒め、部下を叱咤激励すると共に自らが先頭に立って行動を起こし、自分の道を切り開いてきた。元々カリスマ性が備わっていることや抜群の勝負勘などを加味しても、今の晴継はとても立派な人だと評価している。
いつも発言には気を配っていた。マイナスに捉えられるような言葉を避け、部下のやる気を起こし、協力者が損をした気分にならないよう最大限配慮していた。それがプライベートであっても、だ。
晴継が小さい頃から先代に仕えてきた譜代の臣である牧村と城田に対しても同じであった。砕けた発言をして場を和ませたり労わりの言葉をかけてくれていた。
だからこそ今の発言は重大なことだった。
「……何かあったのですか?」
牧村が冷静を装って晴継に発言を促した。
もしかしたら本当に冷静なのかも知れない。この男は微笑みこそすれその他の感情は表に出てこない。
一方城田はどうか。こちらも殆ど表情に変化がない。分厚い瞼のせいで眼で感情を読むことが出来ないこともあるが。
「大事な資料が入ったディスクを何者かによって持ち出された」
晴継は手を組み、じっと二人を見据える。晴継の言葉に対して特に反応はない。
その一見鈍いとも取れない反応を見て逆に晴継は手応えを感じていた。
(……やはり頼むべきはこの二人か)
オフィスでは上に下にの大騒ぎであった。若い連中の集まりだけに不測の事態が発生した時にアタフタしてしまうのが痛いところだ。
重要な情報が入った資料が持ち出されたとわかったはいいが、どう行動すれば良いかまだ把握できないのだろう。これを無能と言えばそれまでだが、今回の一件を機に一回りも二回りも成長してくれればそれでいいと考えている。
失敗があってこそ成長がある。晴継はあくまで前向きに捉えていた。
致命的な失点だったが取り返せない失敗ではない。だからこそ落ち着いていられる。部下の成長と組織の引き締めのためと思えば安いイタズラである。
しかし、落とし前はつけなければならない。
「二人には、流出したディスクを回収してもらいたい」
目星はある程度ついている。けれど牧村ならばこちらから言わなくても犯人を探し出すだろう。
あとは網を張って獲物を追い詰めていけばいい。まだ盗まれてからそう日数は経過していない。こちらはじっくり待てばいい。急がせたところで隙を突かれて行方がわからなくなっても逆に困る。
「どうします」
これもまた牧村の発言だ。先程から城田は立ったまま眠っているのかと勘違いされかねない程じっと動いていない。
主語が抜けている。「どうします」の前に来るはずの言葉が。漠然とした問いだが主従の間に余計な言葉はいらない。
晴継は暫く考え込む様子だったが、それも長くはなかった。
「揺さぶりをかけてきたならばある程度譲歩してもいい」
一旦言葉を切った後晴継は改めて語気を強めた。
「始末しろ」
言葉を区切ったのは強調の証。二人は黙って頭を下げる。了解の意。
命令を出した。後は会社で座っているだけで結果を持ってきてくれる。晴継は大船に乗った気分だった。
[ 全ては一枚のディスクから ]
やはり何人かのメンバーが密かに抜け出していた。裏の社会で生きる会社にとって裏切りは背信行為である。
晴継から命令を受けたその日の内にメンバーの居所を掴み、牧村と城田は手分けしてディスクの回収に乗り出すことで合意した。
城田が向かったのは遠前町にあるレストラン“ブランネージュ”。表向き雪白家のグループ会社が経営しているレストランで味もこの辺では一番美味いと評判の店だが、実は裏のことについての情報を集めていた。
昔忍者が一般町民を装って敵方の町に住み込んで、密かに大名の様子や城のことについて調べる“草”と呼ばれることと同じである。格好よく言えばスパイなのだが厳密に言えば違う……というのが歴史好きの作者の考えだ。
その店の店長は一流の料理人でもある岩田だが、実際は城田の部下で情報収集が本業だ。だが本人はどっちが本業なのかよくわからないらしいが。
(かく言う上司の城田もまた普段は雪白家の料理人として生きているだけに同じではあるが)
急な訪問にも関わらず店員は多少驚いただけで奥に通してくれた。レストランの従業員には城田が系列店の偉い人という認識で一致している。
部屋に通されて暫くすると岩田が入ってきた。今の今までキッチンに立っていたはずなのに着衣には微塵の乱れもない。
お客様の前に立つ時はきちんとした格好になる、このプロの料理人としての岩田を城田は気に入っていた。少し言葉数が少なく無愛想に見られるのが悲しいところだが。
そのため城田が一方的に話して岩田がその話に頷くというのがいつものパターンである。経営のことに話が及ぶと岩田は二つ三つ現状を端的に報告しただけで余計なことは一切喋らない。
かれこれ15分程話をしたが、特別な話をした訳でもなく城田は席を立った。
その帰り際、岩田の顔を見ずにまるで独り言のように言葉を発した。
「そうそう、この町に考古学者はいますかな?」
この奇妙な問いかけに岩田は暫く無言で考え込む仕草を見せた。
「さて、この町の全ての人を知っている訳ではありませんので」
それも当然である。城田は何も言わず岩田に微笑みだけ返した。
レストランがある遠前町には古くからある商店街もあれば近年出店してきた大型スーパーもある。昔から住んでいる人もいれば最近引っ越してきた人もいて、それら全ての人が何をしている人かなんてわかるはずがない。
この奇妙な問いかけこそ今日城田が岩田に伝えたかったものであった。
若い女性のウェイターに案内されて、店の外に出た。5月の太陽の光が城田の眼には少し刺激が強かったみたいで、思わず手でその光を遮ってしまう程であった。
レストラン“ブランネージュ”に勤務するウェイター、霧生夏菜はその日の勤務を終えると手際よく帰り支度を整えて店を後にした。
商店街のアーケードを抜けてオシャレでモダンな喫茶店の前を通り過ぎ、もう少し歩いていった先には河原が目の前に広がっていた。
今日は非常に天気が良い。店の窓から差し込んでくる太陽の光は眩しくもあり暖かくもあった。
太陽のエネルギーをたっぷり受けて河原に生える草は映えるような緑色をしていて、その上に寝転べばふかふかとしていて気持ち良さそうだ。眩しさなんか関係なくスヤスヤと眠れることだろう。
しかし彼女のお目当てはそんなことではない。河の近くにポツンと立っている黄色いテントの方向に歩いていく。
広い河川敷の中にテントが張ってある光景は周囲の景色とは全く相容れないものであり、一際目立つ。その周りには洗った洗濯物が干されていたり釣糸を垂らした釣竿が川に放置してあったり、憩いの場所とは思えないくらい異様な生活感が漂っている。
「風来坊さ〜ん、いるかい?」
テントの外から声をかけると、中からモゾモゾと人が動く気配がする。
夏菜の声に反応してテントから出てきたのは、顎に若干の髭が生えている青年だった。
名前は聞いていないが本人は風来坊と名乗っていたので、夏菜は“風来坊さん”と親しみを込めてそう呼んでいた。
この風来坊さんとの最初の出会いは普通ではない出会い方だった。
いつものように休憩のために裏口のドアを開けたところ、ゴミ箱を漁っている謎の人と遭遇した。
最初は浮浪者だと思った。身なりは汚らしいし、顎には青海苔が振りかけられているように無精髭が満遍なく生えている。気のせいか辺りに酸えた臭いまでしていたように思える。
勤め先がレストランなので食材の下拵えで出てくる生ゴミやお客さんの食べ残しなど食べ物がないとは言えないが、そんなカラスや野良猫みたいなことを人間がするなんて考えもしなかった。
私の姿を見てその人は一目散に逃げていったが、私はその行為が許せなかった。無性に腹が立った。今度会ったらとっちめてやろうと決めた。
それから目撃する度に取り押さえようとするが空振りに終わり、そして「お客様がいるのに何を騒いでいるのだ」と店長からお叱りの言葉を受けた。
何回か失敗を繰り返してようやく謎の人物を捕まえることに成功した。またしても休憩のために裏口のドアを開けたところにゴミ箱の蓋を手にした所を目撃したのだ。
もう現場も押さえている。云わば『まな板の上の鯉』という訳だ。どのようにしてこの人を調理しようかと画策していたら「グゥー」と大きな腹の音が聞こえた。
あまりの大きさに目を丸くしていると、目の前にいる人物が少し恥ずかしそうに俯いていた。
相も変わらずみすぼらしい格好をしたいい年のおっさん(みたいに見えた)が、あまりの空腹に堪えかねてゴミ箱漁りをしるなんて……と思うと、今までの怒りはどこかへ消えてしまい、憐れみ半分悲しみ半分の微妙な気持ちになってしまった。
しょうがないのでゴミ箱の中にあるものに手を出さないように釘を刺して、調理場に置いてあった賄い物の残りを渡した。多分あれは同僚のウェイターである安藤の食べ残しだろうがこの際気にしないことにした。
すると子どもがおもちゃを貰った時のような、無邪気な笑顔で賄い物を口にした。瞳には涙すら浮かんでいた。あっという間に完食してしまい、お皿にはソース一滴すら残っていなかった。
半分呆れる気持ちであったが、そんな無邪気さに心惹かれるものがあった。
賄い物を食べて腹が満たされた時に見せたあの笑顔が、何故か父の優しい笑顔と重なって映った。似ても似つかぬ顔なのに。
そして風来坊さんは私の顔を見た途端に、また大きな腹の音を鳴らした。テントの側にある即席の竈が最近使われた痕跡がないので、もしかしたら最近ご飯を食べていないのかも知れない。
「おなか空いてるのか?」
私が少しからかうような口調で訊ねてみたら本人は真顔で「空いている」と答えてきた。
相変わらずだが仕方がないなぁ。私は風来坊さんを自宅に招こうと思った。
何回か接しているがそんなに悪い人でもないみたいだし、なんだか放っておけないのだ。
そして家は父と私の二人暮らしで、父は考古学者で全国を渡り歩いているので家にいることも殆どない。前触れもなく帰って来ることもあるが、ほとんど一人暮らし同然の生活である。
私が家に来ないかと提案すると風来坊さんは若干の抵抗(自分よりも年下の娘の世話になるということへのプライドと本心から来る私への配慮)はあったが、結局は風来坊さんが折れることになった。食べることに困っているのだから選択肢などあってないようなものなのだが。
今日はたっぷり食材を買い込んだ。『料理は火力が命』という心情から、自宅のキッチンの火力は一般家庭のそれとは違い本格的なものになっている。
風来坊さんのお腹が満杯になるまで思う存分腕を振るってやる。そんな気概が私の中に満たされていた。
城田は足繁く遠前町に通った。
元々あちこちを歩いてまわることが好き(これを他人は放浪癖と呼ぶが城田本人は否定している)なのだが、どうもこの遠前町の雰囲気が城田の性格に合っているようであった。
勿論本来の目的を疎かにしている訳でもないが、事態が急転直下で動くような話でもない。これまで以上にレストラン“ブランネージュ”を訪問して情報を集めることに力を置いていた。
そんなある日、ふらふらと山の方へと歩いていったら野球場に辿り着いた。どうやらどこかのチームが練習をしているようであった。
初めはただ遠くから野球場で練習しているチームの様子を眺めているだけであったが、そのメンバーの中で一人の男に目が留まった。
その男は確かレストラン“ブランネージュ”を訪れた際に何度か目撃している男で、その顔はやややつれているようにも見えた。
しかし顔はやや痩せこけていたが、その瞳に星を宿しているかの如く爛々と輝いていた。今は理由あって今日明日の食い扶持にも困る身なのだろうが大いなる可能性を秘めている男と判断した。
城田は男を呼び止めて幾つかの食べ物を渡した。その男が餓死していくのがとても惜しく感じたからだ。
そして今、その男は野球をやっている。
偶然にも冬子お嬢様が最近野球を観戦し始めたので、野球というスポーツにも少し興味を持ち始めていた。昔から冬子が興味を持つと城田もまたそれに倣って興味を持つ。
そして遠くから傍観しているだけでは物足りない気分になってきた。練習している姿を見ていて自分もその輪の中に入りたいという気持ちが強くなってきた。
思い立ったら即行動。さりげなく男の元に近付いていく。皆練習に夢中になっているのかコック姿の城田を見咎める者はいない。
「風来坊さん」
城田はやや控えめに声をかけてみた。
何度か会っている内に自らを“風来坊”と呼んでいたので今日もそう呼ばせていただく。何故か自己紹介する前に名前を知っていたのは驚いたが。
風来坊さんは予期せぬ訪問者に少し驚いているようであったが、快く迎えてくれた。練習の邪魔にならないよう離れた場所へと移動する。
城田は風来坊さんが抜けた後も続いている練習を傍観しながら呟いた。
「野球……楽しそうですな」
風来坊さんは屈託のない笑顔で「楽しいですよ」と答えた。好きでなければやっているはずがないし、野球をやっているその姿は実に活き活きしていた。
素人目に見ても風来坊の動きは他のメンバーと比べても抜きん出ているのがわかる。無駄な動きが少ない上に体のキレも普通の人とは思えないくらい冴えていた。
城田は風来坊さんの返事を聞いていたのか聞いていなかったのかわからないが、再び「野球、楽しそうですな」と呟いた。これは彼なりに野球をやりたいという意思表示なのだが、あまりにも遠回りすぎて理解できない。
だが風来坊さんは城田が何を言いたいのか漠然と掴んだみたいで、やや戸惑いながら「野球してみますか?」と訊ねてみた。
すると城田はその答えを待っていたとばかりに風来坊さんの提案に食いついてきた。直接やりたいと口にしていないが、やりたいという熱意が伝わったのだろう。
風来坊さんは城田の仕事が忙しいのではないかと聞いてきた。今やっている仕事は当分動きがないと見ていたので問題ないが、あるとすれば……
と、そこに城田の携帯電話が震えて電子音が鳴る。電話の向こうから聞こえてきたのは雪白家に仕える者の声だった。
「城田だ……何!?お嬢様がお友達を連れてくるから何か栄養のある物を作ってくれと?……わかった、すぐ戻る」
何よりも最優先すべきは冬子お嬢様。いつ如何なる時も冬子お嬢様からお呼びがかかれば大急ぎで戻って料理を作る。
今回も急なお呼び出しではあったが、今から急いで邸に戻れば問題はない。いつでも対応できるように万事準備は整えてある。
折角のご好意を断るのも残念なことだが、緊急の時だけに迷ってはいられない。丁重に風来坊さんに詫びて一目散に球場を後にした。
冬子お嬢様が待っている。今城田の頭の中はその一点だけで埋め尽くされていた。
暫くして牧村から詳細な経緯が伝わってきた。報告書として提出されたその書類は晴継に直接手渡しで渡された。
自室に入ってキャンドルに火を灯す。照明灯の明かりよりもキャンドルの明かりの方が温もりを感じられるし、キャンドルの炎を見ているだけでリラックスできた。
明かりを灯してから椅子に腰掛けて牧村から受け取った表紙を静かに捲る。右上をホッチキスで止めただけの薄い書類には事実が端的に記されている。
情報を盗み出したのは複数人。現在の雪白グループに反感を抱くというよりも外部から誘われたため、だと言う。
この報告には晴継も内心胸を下ろした。反旗を翻しての行動ならば同調する者がいてもおかしくないためだ。外部から誘われてそれに乗るのも問題だが、組織を引き締めればその手の誘いは立ち消えていく。
残念ながら牧村の報告には誰が情報の入ったディスクを所持しているのか把握できていないが、外部と接触を試みている人の目星はついているようだった。
報告書の中には詳細な氏名も記載されていたが晴継にとっては特に関心などなかった。組織を裏切った人間に興味など湧かなかった。
あとは一人一人虱潰しに当たっていけばディスクに辿り着く。牧村が提出した報告書をキャンドルの火に炙りながら、晴継は不敵な笑みを浮かべていた。
いつものように勤務を終えて自宅に帰ると、家の鍵が開いていた。
鍵が開いているということは一つしか考えられない。
玄関を開けてすぐの部屋の扉が開いていた。いつもその部屋は入らないようにしていたので自分が開けて外出したなんてことは有り得ない。
その部屋をひょっこり覗いてみると、そこには久しぶりに見た後ろ姿だった。
作業に集中しているみたいで夏菜が帰って来たことに気付いていない。その背中が妙に懐かしく感じる。
「お帰り、お父さん」
声をかけるとお父さんは振り返って夏菜の顔を見た。やはり帰って来たことに気付いていなかったみたいだった。
恐らく帰ってきてからそのままなのだろう。その衣服は砂や汗で汚れており髪の毛にまで埃が積もっている。だが柔らかい笑みを湛えているお父さんはやはりお父さんだった。
考古学者として全国を飛び回る日々を送るお父さんはひょっこり帰ってきては夏菜を驚かせた。けれど、長く家を空けているお父さんと過ごせる喜びがすぐに湧いてくる。
今回の調査はいつもよりも長めで、本当に久しぶりにお父さんに会ったという感じだった。
「今回は調べる事が多くてね、準備を整えるために一度戻ってきたんだ」
調べるものが多い時は資料の整理や下準備のために一度自宅に戻ってくることがある。そういう時はすぐに現地へ出掛けてしまうので家にいる時間が短い。
折角帰って来たのに、とションボリする私の顔を見てお父さんはさらに言葉を付け足した。
「今すぐにでも再調査に行きたいところなんだけどね。まずは今回の調査の資料を整理しないとな」
調査に必要な資料が多いと、必要な資料の精査やまとめることに時間がかかるのですぐには現地へ飛び立てない。当然のことながらそれだけ家にいる時間が増えるということだ。
現金なものでお父さんの言葉を耳にした途端それまで暗かった表情が一変した。わかっていてもつい頬が緩んでしまう。
それを茶化しているのかお父さんは私に「嬉しいだろう」と問いかけてきたが、ここは「どうかな」と曖昧な言葉で済ませておく。お父さんの掌の上で転がされるのも何だか癪だし。
「あぁ、そうだ。お土産があるんだ」
お父さんは傍らに置いてあったリュックサックの中に手を入れる。色々な物が詰め込まれたそのリュックサックを、幼い頃はその中に夢も入っているのではないかと半分信じていた。
そして旅先から帰ってきて真っ先に担いでいたリュックサックを下ろして私にお土産を渡してくれた。玄関先でお父さんから手渡される品物はどんな物でも嬉しかった。
何が出てくるか楽しみに待っている私に手渡されたのは、クマのぬいぐるみだった。
「……えー!なんでクマのぬいぐるみ?」
露骨に嫌な顔をしてみせた。小さい頃は何を貰っても純粋に喜んでいたが、今の年齢でぬいぐるみを貰っても正直嬉しくはない。
お父さんはお父さんなりに考えて買ってきてくれたのだろうけれど、どうせなら食べ物とかの方が良かったかな。
「ははは、そう言うなよ。いいお土産が思いつかなくてな」
私の思わぬ抵抗にお父さんは笑って誤魔化した。私も本心から嫌なわけでもないので、ささやかな抵抗を示しただけでありがたく頂戴する。
今日はお父さんがいるから腕によりをかけた料理を作らないとな。父から貰ったぬいぐるみを腕に抱えながら自分の部屋へと戻った。
その日の夜。夏菜が力を入れて作ってくれた夕食を終えた父・霧生啓助は書斎に戻ってから書類の整理に没頭した。
考古学者として忙しく各地を飛び回る表の顔の反面、ユキシログループに属して様々な情報を仕入れてきた。
一応個人として活動しているが治安の悪い場所へ赴いたり史跡に関する資料が少ないなど動きにくいこともあるので、ユキシログループが出資している会社にも籍を入れている。ユキシロは裏の世界にも手を伸ばしているのでそちらの協力も暗に求められた。
だが本来ならば一介の考古学者である自分は単に利用されているだけ、としか最近は思えなくなってきた。仲間から密かにユキシロからの脱却を薦められた時、心が揺らいだ。
そのために念入りな準備を行ってきたつもりだ。そして今回の調査が長くなることも夏菜には伝えたので、あとは暫く身を隠してユキシロの目から逃れることにする。
「お父さん、まだ起きているの?」
声をかけてきたのは夏菜だった。書斎の扉から漏れる明かりに気付いて声をかけてくれたみたいだ。
どうやら今から床に入るらしく寝巻きに着替えている。お父さんももう寝ないとダメだよと言い残して自分の部屋に戻っていった。
そんな娘の後ろ姿を眺め、娘の言い残した気遣いに父親として嬉しい気持ちになった。
考古学者として日々各地を飛び回っている自分は娘に対して充分な時間を取ったとは言えないが、それでも自分の時間がある時は出来る限り娘に愛情を注いだ。恐らく苦労をかけたに違いないがそんなことは全く表に出さない。
一人前の女性として成長した今、もう娘を遠くから見守ることしかないのかと思うとちょっぴり寂しい気持ちになった。
娘にも言われたことだしそろそろ寝ようかな、と思ったその時だった。
微かな気配を察知してそちらに目を向けるとそこには娘とは似ても似つかぬ人物が立っていた。
「牧村さんか……何をしに来た?」
恐らく初老を超えて頭も髭も眉も白く染められているその男は牧村さん。啓助とは面識があり、裏の仕事では上司の関係に当たる。
啓助よりも一回り以上年齢が上だと思われるはずなのに、その身のこなしや頭の回転の早さは内心舌を巻くものがあった。実際牧村さんが裏の仕事をする姿を目撃したことはないが、相当な手練れだと推察できた。
正直音もなく現れるのはやめてもらいたいものだ。それが骨の髄にまで染み込んでいる習慣だとしても、こちらは非戦闘員なのだ。これが原因で心不全になったらどうするんだ。
だが牧村さんがここに現れたことに一抹の不安を感じた。牧村さんから頼まれる仕事が暫くないことは把握していたし、このように牧村さんが自宅にまで押しかけてくることも普段はない。
心の底に広がる不安を表に出さないように努めながら牧村さんに仕事がないことを伝えた。思わぬ出現にドキリとした心臓は今なお鼓動を早めたままだ。
「いえ、今日はそのような用件ではありません」
一方の牧村さんも努めて平静を装っていた。元々執事を務めているだけに感情のコントロールはお手の物であり、その表情を読み解くことも不可能に近い。
正直なところ、仕事の話をしてくれた方が良かった。自分に嫌疑の眼差しが向けられていないことがわかるから。
こちらのことなどお構いなしに牧村さんは淡々と喋る。
「外部組織と接触を持っている人間がいるとの情報が入っているのでご報告に伺いました」
ユキシロは裏社会にて今勢いのある勢力。当然ながらその勢いを削ごうと考える勢力も少なくはない。
現在は一代で巨大勢力にまで成長したオオガミグループと世界的に強大な力を誇っているジャッジメントグループの二大勢力がぶつかり合う構造になっているが、ユキシロそのどちらにも属さず独自路線で勢力を拡大しようとしていた。
幸か不幸かその地盤は固まりきっていない。大崩れこそ起こせないが、足元を揺さぶる程度の地震を起こすことは可能だ。
実際悪魔の囁きに乗せられた者がいた。何人か同志を集い、ユキシロの貴重な情報を密かに一枚のディスクに入れて持ち出すことに成功した。後は頃合を見計らい相手側へ駆け込むだけなのだが……
「それが……俺だと?」
「いえいえ、そういう訳ではありません」
口では否定しているがニコリともしていない。相変わらず石のように硬い表情は解れる気配すらない。
疑われているのか。否が応でも伝わってくる事実に変わりはない。
「霧生さんも気をつけた方がよろしいですよ、では」
言うことだけ言い残して牧村さんは再び音を残すことなく去っていった。
(すぐに連絡をよこすという話だったのに……いつまで待たせるんだ)
ユキシロの情報を手に入れた後、まとまって行動するよりも機が熟すまで個人で行動した方が安全だとして各地に散開した。相手は誰が持っているのか知らないので全容を把握するまで時間がかかる。
だが未だに連絡は来ない。牧村さんがここに来たということは、既にディスクのことも把握しているのだろう。
警告しか伝えていないことを考えると、誰がディスクを所持しているのかまでは掴めていないみたいだ。若干の時間の余裕は残されているが、その時間も決して長いものではない。
すぐにでも出れるよう万全の準備を整えつつ、その報せが届くのを待つしかなかった。
夜更けにただ一人書斎にポツンと取り残されたその背中は、いつもより少し丸みを帯びているようにも見えた。
ディスク探しはまるで幽霊を探し出すように難航を極めた。ある程度目星をつけていたが、誰が肝心のディスクを持っているのか掴めないのだ。
牧村は独自ルートで直接疑わしい人物の元に足を運んでいるようだが、城田もまた自分のペースでディスク回収に務めていた。
足繁く遠前町に通って風来坊が所属するビクトリーズの練習に参加する一方、レストランに顔を出して考古学者の行方を確認していた。
しかし見ているよりも実際にやってみると野球というスポーツは難しいものだ。元々重い調理器具を自由自在に操るために腕っ節には自信があり、バットにボールを当てれば簡単に飛んでいくものだと思っていたが実際には違っていた。
思いっきりバットを振っても当たったところが悪ければボテボテのゴロになってしまう。風来坊さんなんかは軽く振っただけでも痛烈な打球を外野にまで飛ばしている。
だが、面白い。やればやる程深みに嵌っていくのが自分でもわかるくらいだった。
最近では風来坊さんや他のチームメイトの指導のお陰もあって、打撃練習でボールが外野フェンスの上を軽々と越えていくまで成長した。
城田は遅遅として進まないディスク探しのモヤモヤを新しく目覚めた野球によって発散しようとしていた。
元々どこにいるかわからないまま始まった幽霊探しだ。どうせ待つならば楽しく吉報を待つに限る。そう城田は割り切っていた。
そして今日もまたグラウンドに足を運んだ。いつもと変わらずコック姿のままで。
もっと早く見つかると思ったが、数ヶ月もかかるとは思ってもいなかった。牧村の率直な感想である。
発覚して暫くして疑わしい人物をリストアップすることが出来て、仕上げに入るという意味合いで晴継様に報告書を上げた。
だが、それから先は想像した以上に難航した。誰がディスクを持っているのか脅しても揺さぶりをかけてもビクとも応じない。
後々禍根を残さないように始末しているが、その身辺を洗い出すことにも時間がかかってしまい、無駄に時間が過ぎていった。
牧村が直接怪しい人物を一人一人訪ね歩いて調べた末に、最後に残ったのは霧生という考古学者だけが残った。なんとも長い遠回りをさせられた気分だが、残り一人しかいないということでディスクがここにあるという確証を持てるだけマシだった。
普段は雪白家を司る執事として身を置いているが、元々は暗殺者として腕を鳴らした身。まだまだ衰えていないという気概も持っていた。
同年代の城田同様歳を重ねるに従って若い頃から比べると大分丸くなったが、心の内にはまだ血に飢えた狼が住み着いていた。張り詰めた緊張すら好々爺の仮面で隠してしまう点、裏の社会を生き抜いてきた猛者と言うべきだろうか。
そして猟犬は役に立たなければ殺されてしまう運命。飼い主に対して忠誠心を見せ、必要以上に野心を持ってはいけない。出しゃばれば身を滅ぼすことになりかねない。
難なく霧生邸に潜入することに成功した牧村は、灯りのついている書斎へ足を向けた。恐らくそこに霧生がいる。
部屋に入ると霧生は気配を殺して入ってきた牧村の姿を見ても驚きの表情を浮かべていなかった。
「そろそろ来る頃だと思っていたよ」
霧生氏からこの言葉が出てきたということはある程度覚悟しているということか。自分が置かれた立場も、牧村が来た理由も。
ならば話が早い。回りくどい説明をする手間が省ける。
「あの件に関わった者は貴方を除いて全て処理させていただきました」
そう、この一件に関わった者はもうこの世にいない。目の前にいる霧生氏を除いては。
徹底的に身辺を洗い出してもディスクが出てこなかった。フェイクと思われるディスクが何枚か出てきたが、それもほんの少しの時間稼ぎにしか過ぎない。ほんの少しが積み重なって時間がかかってしまったのだが。
「私が最後というわけか……」
霧生氏が呟くように発した一言に牧村は首を振った。
「最後?勘違いしてもらっては困ります」
「何……?」
先程は音もなく現れた牧村に対して眉一つ動かさなかった霧生氏が明らかに動揺した表情を見せた。予想していなかった言葉に戸惑いを感じたのだろう。
そして牧村は何事もなかったかのように言葉を続ける。
「晴継様は例のディスクさえ返却していただけるのでしたら今回の件を無かったことにしても良いそうです」
ディスクさえ返してくれれば今回の一件は不問にしてやる。こちら側が出来る最大限の譲歩である。
実際晴継様もそれ程大きな問題として扱っていない。確実にディスクを取り返せるのならば人の命の一つや二つくらい見逃しても構わないという考えだ。
尤も、一度組織に裏切りを持った者が大手を振って組織に戻れるかは保障できないが。
霧生氏はこの提案に対して返答はない。ずっと沈黙したままだ。
「晴継様は貴方の力を大変評価されております。晴継様のためにもう一度やり直す気はありませんか?」
次の瞬間、牧村の視界に何かが横切っていくのを捉えた。チラリとそちらに目をやると、壁に一本のナイフが突き刺さっていた。
再び霧生氏の方に視線を向けると牧村の様子を見てニコリと微笑みかけた。まるで子どもが親に対して仕掛けたイタズラが成功した時のような、温かい笑顔を。
そしてこのナイフが牧村が提示した条件への返答だということが、よくわかった。
「成る程……これが貴方の答えという訳ですか。残念です」
ならばその答えに対して全身全霊で応えなければならない。一人の男の意地と矜持に対して、全力を尽くすことこそ去る者への餞になるものだ。
牧村は動いた。そして一人の老紳士は血に飢えた殺戮者へと変貌した。
はっきり言えば思い当たることなんかない。
昨日まであんなに元気だったのに。
いつものようにバイトを終えて家に帰ってきたら、扉の鍵が開いていた。私が知るお父さんの癖の一つで、在宅時はどんなに夜遅くても鍵を開けたままにしていることだ。
最近はこの辺も物騒になったのだから鍵はしっかりかけて欲しいなと思いながら家に入った。もう夜10時を過ぎているので鍵は用心のためにかけておく。
そしていつものように書斎から一筋の光が伸びている。小まめに電気を消す割に少し抜けているところがあるのが、お父さんの魅力の一つだと私は思っている。
お父さん、また鍵開いていたよ。そんなことを言いながら扉を開けたと思う。
その先に待っていたのは、変わり果てたお父さんの姿だった。
床に倒れているお父さんに駆け寄るも、その肌は氷のように冷たかった。傍には血がべっとりとついたナイフが落ちてあり、床は真っ赤に染まっている。
色々な情報が一度に入ってきたために人間の思考容量を超えた。情報が混ぜこぜになって処理できず大パニックに陥った。
こんなこと有り得ない。目の前の現実を嘘だと自分に言い聞かせた。否定というよりも懇願に近い。
警察に連絡しなくちゃ。でも先に救急車を呼ばないと。何が優先順位なのかわからない。ただ頭の中でやらなければならないことがグルグルと巡っているが実際に行動には移せない。
そこから先のことはあまり覚えていない。私の記憶を探しても無駄だと思う。あの時の私は空っぽだったから。
警察の調べでお父さんは自殺と判断した。現場の状況や遺体の状態などから他殺の線は低い、とのことだ。
慌しく時間が過ぎ去っていっても私は抜け殻のままだった。ただ私は居間のソファでボーっと座ったまま動こうとしなかった。
食欲も睡魔も感じない。涙は涸れ果てて目尻がぷっくり腫れたまま。指を動かすことすら面倒だと思えて仕方がなかった。時間がどれだけ過ぎても平気だった。
突然最愛の人を失ったショックがあまりにも大きすぎた。このままこの体が朽ち果てても構わないと本気で思っていたくらいだから。
どれほどの時間が私の前を過ぎていったのかわからない、そんな時だった。
虚無の世界から現実の世界に揺り戻されたのは電話の音だった。なんだか電話が鳴っていると感じたけれど実際に取りにいこうという風には思わなかった。
誰も出てくれないのに電話はひたすら鳴り続ける。その音が日常の中の一コマだったのに、今はこんなに大きな音だったのかと思わざるを得ない。
そして……何故かその電話の呼び鈴が怖く感じた。
電話を取ったらまた悪い報せを知らせるのではないか。そんなことなら取らない方がいいのではないか。物事は悪い方へ悪い方へ傾いていく。
だが、一向に電話が切れる気配がないので覚悟を決めて電話に出ることにした。電話に出ることがそんなに覚悟のいることなのか、と人は思うかも知れない。だが今の私はそれ程何かをすることに対して怯えていたのだ。
立ち上がってみたが、足が自分の体重を支えきれずガクガクと震える。思えばこのソファから立ち上がるのはいつ以来だろうか。
フラフラと体を揺らしながらもどうにか電話まで辿り着き、受話器を恐る恐る外した。
「もしもし……?」
久しぶりに発した言葉。私って喋れたんだと再認識。
「霧生さん!?」
電話口の相手は私の声を耳にした途端切迫したような声をあげた。まるで電話口の相手が目の前にいるような、そんな感じだった。
この声は聞き覚えがあるような……と自分の頭の中でその声を整合させていく。確かバイト先にそんな声をした人がいたような……
あぁ、そうか。安藤か。
バイト先の同僚。仕事熱心で気も利かすことの出来る好青年だが、裏では生意気な口を叩く男の子。私の中の安藤はそんなイメージである。
「一体どうしたんですか、何日も連絡ないから心配しましたよ」
私の声を聞いて一安心したのか、いつもの安藤の声に戻っている。
そういえばお父さんが亡くなって数日経つが、その間も本来ならばバイトのシフトに入っていたはずだ。バタバタしていて連絡する暇がなかったこともあったが、落ち着いた今では頭の中からすっぽりと抜け落ちていた。
「こっちは霧生さんがいない分大変でしたからね」「何回電話しても霧生さんは電話に出ないし」とやや恩着せがましく店の様子を口にする安藤の声が、ひどく懐かしく思えた。
どうやら店から電話をしているらしく、電話の向こう側からは厨房の騒々しい雰囲気が漏れ伝わってくる。
巧みな包丁捌きで素材を料理のキャストとして早変わりさせる音。
キャストを最大限引き立たせる舞台場となるフライパンから奏でられる音。
喧騒に負けないスタッフの声。
電話口から入ってくる音が、私を私に取り戻してくれた。
「安藤……」
声が、出ない。
出そうとしているが、出てこない。
「何ですか?こっちも仕事抜け出してるのでキツイっすよ」
多分本気で私のことを心配してくれているのだろう。今も忙しい中時間を見つけて私に電話をくれたのだ。キツイ口調も照れ隠しのつもりだろうが私にはバレバレだ。
「おと……お父さんが……」
その先は胸が詰まって言葉が出なかった。嗚咽が止まらない。
『亡くなった』と言えなかった。信じたくなかった。
涙がポロポロと零れて床を濡らす。堪えきれずに膝が折れてペタンと座り込んでしまった。
お父さんがいない現実を、他人に知らせることが凄く辛かった。一生懸命否定したいことを自分で認めてしまうことに。いっそのこと逃げていたかった。
こちらの様子を察して安藤は店長を呼んだ。電話の向こう側で短いやり取りをした後店長に変わった。
店長は泣きじゃくる私に何も言わなかった。安藤もそうだったが、この店の従業員は優しい人ばかりだ。
私は気持ちが落ち着いた後、ゆっくりと何があったのか説明した。途中何度か感情が胸にこみ上げてきて中断したが、店長は何も言わなかった。
全て話し終わった後、いつも店では出さないような優しい声が聞こえてきた。
「暫く休んでいなさい。気持ちが落ち着いたらウチに来なさい」
何日も無断欠勤したにも関わらず店長は何も言わなかった。そればかりかまた来ることを望んでいるように聞こえた。
最後に店長は「体を大事にな」と言い残して電話を切った。多分私が絶望の淵に立っているのがその目に見えたのだろう。
私は電話の前で一人思う存分泣いた。この家には、もう私を慰めてくれる人はいない。
コンクリートで固められた建物がまるでジャングルのように立ち並ぶ大都会のビルの一つに、ユキシログループの会社の本社がある。
周りの建物に負けず劣らずの超高層ビルで、その中には数百人もの従業員が一生懸命働いている。
もっともこの会社はユキシログループの表の顔であり、裏の顔を知っている人は数百人の中でも限られた人数でしかない。
雪白晴継は見渡しのいい社長室で、牧村の報告を受けていた。
「始末したのか」
デスクの前に立っている牧村の顔色は優れない。
歴戦の猛者である牧村が仕留め損なったとは考えられない。考えられるとすれば……
「ディスクが見つからなかったのか」
牧村は無言で頭を下げた。図星なのだろう。
「懸命に捜索したのですが、あまり露骨に捜すとなるとあらぬ疑いを呼ぶ恐れがありましたので……」
いち早く警察に手を回して『自殺』ということで処理してもらった。念には念を入れて検死を行う病院にも圧力を加えたので判定は覆らないだろう。
だが直接現場を見た者が疑いの目を向けてしまった場合には少しややこしいことになる。お願いするだけでは済まされない問題にまでなっては元も子もない。
牧村もその点心得ていた。物盗り目的の他殺と思われないように配慮しながら懸命にディスクを見つけようと努力したのだろう。
それ故に牧村としては『始末した』のだが目的は果たせず顔を合わせられない、といったところか。
だが、まだ焦るようなことではない。ディスクが他の組織の手に渡ったという情報はないし、他の協力者の元から見つかったという報告も上がっていない。
晴継はじっくり腰を据えて探索に乗り出す姿勢を変えていない。時間さえかければ出てくると自信を持って思っているからであろう。
「まぁいい。別の方法を考えよう」
手元にある資料を捲ると、一枚の写真がクリップに挟まっていた。髪の長い気の強そうな女性がカメラに向かって微笑んでいる。
「牧村、車を出してくれ」
そう言うと牧村は手早く準備を始めた。車の準備、会社のスケジュール、目的地までのルート。全て彼一人に任せれば晴継は何もしなくてもいい。
かけてある上着を羽織り、社長室を出て行く。デスクの上に置かれた資料でチェックを入れてある場所には『霧生夏菜』と記されていた。
風来坊さんが私のことを心配して家に来てくれた。店に行ったら安藤が私に起きた事情を説明してくれたらしい。
手ぶらで家に来ることを躊躇したらしく、その手には小さな花束が添えられていた。無論花屋で購入したのではなく、河川敷に生えている野花を摘んで新聞紙で包んだだけの、ささやかな花束だが。
これで風来坊さんが私の家の敷居を越えたのは何度目になるだろうか。数えるようなものなので覚えていない。
そういえば一回だけお父さんは風来坊さんの姿を見ていたな、と仏壇に手を合わせる風来坊さんの背中を見て思い出した。
いつものように風来坊さんがお腹一杯になるまで料理を振舞った後、私は玄関先で見送った。
満足そうな表情を浮かべながら帰路に着く風来坊さんの姿を電柱の陰からこっそりと見ていたのがお父さんだった。私はコソコソしているお父さんの姿がなんだかおかしく見えた。
風来坊さんが見えなくなった頃、私はお父さんにタオルを投げるつもりで声をかけてみることにした。
「お父さん、そんなところで何してるの?」
お父さんは見つかったという風に笑って出てきた。かくれんぼをしていて鬼に見つかった心境と似たようなものか。
「いやぁ、夏菜の友人を確認しようと思ってね。」
その表情から推察するに、風来坊さんを邪険に見ているようではなかった。
確かにテント生活で見た目はちょっとアレかも知れないが、お父さんもお父さんの仲間も格好だけならば似たり寄ったりだ。見た目だけで判断する人ではない。
多分私との関係を見て安心できる人物と見たのだろう。
「それで……彼とは付き合っているのか?」
私にからかわれたことへの痛烈なカウンターだった。なんともストレートすぎる。
本当にお父さんは人が悪い。コソコソ覗き見していたり、聞きにくいことをズバッと聞いてきたり。
「風来坊さん?えーと……秘密」
曖昧に返しておいたが、私の心は見透かされていただろう。それ以上お父さんは追及しなかった。
「霧生さん?」
風来坊さんの声で現実に戻されると、風来坊さんは何故か心配した表情で私を見つめていた。
何でだろう。その理由を考えていると「大丈夫?」と声をかけてきた。
ふと自分の手を顔にやると、雫となって伝っている涙に触れた。お父さんのことを思っていると知らない内に涙が出てきてしまったようだ。
手元に置いてあったハンカチで涙を拭って笑顔を作ろうとした。けれど、涙はなかなか止まってくれない。
「お父さんが自殺なんて……信じられないよ」
心を許せる人だからこそ明かせる本音。それと共に今まで溜め込んでいたものがポロポロと零れてきた。
風来坊さんはその日はずっと私の側に居てくれた。それだけで心が落ち着く、そう思えた。
それから数日後。突然の来訪者が訪れた。
お父さんの仕事関係の人は亡くなった直後から弔問に訪れたものの、少し時間が経っているから少なくなった。
扉を開けると、喪服に身を包んだ若い男性が立っていた。
「こちらは霧生啓助さんのご自宅でよろしかったでしょうか?」
この人は外国人とのハーフなのかしら。染めた色とは全く違う純粋な金髪で、瞳の色も心なしか碧い。しかも結構若い。もしかしたら私と似たような年齢かも。
しかしお父さんはこんな格好いい人とどういう関係なのだろう。毎日土いじりをしている人達と違って清潔感が漂っているし、身なりもキレイだ。
色々と考えていたけれど、そんなことを聞くのは失礼だ。推察は自分の心の内に留めておく。
「私雪白晴継と申します。霧生さんとはよく仕事をご一緒しておりました」
成る程、お父さんの仕事関係の人か。それで合点がいった。
話を聞いていると、どうやら今日は仕事の資料を取りに来たらしい。書斎に入ってもいいかと訊ねられたので「どうぞ」と答える。
書斎は事件があったあの時からずっと変わっていない。ちょっと資料の配置が違っていたりカーペットが変えられていたりするけれど、大体は生前お父さんが過ごしていたままにしておいた。
なので整理整頓が行き届いているかと聞かれれば答えに窮することになるような状態である。そんな状態だからこそ価値があると私は思っている。
雪白さんもそんな状況に四苦八苦しながらも一生懸命何かを探している様子だった。資料をパラパラと捲ったりファイルの中を覗いたりと真剣である。
そんな一生懸命探しているのに水を差すようだがお父さんの仕事のことについて聞いてみたくなった。なかなかお父さんの仕事について話を聞く機会がないので、折角なので聞いてみることにした。
「雪白さんはお父さんの知り合いなんですよね」
「ええ。よく仕事をご一緒させていただきました」
私の突然の問いかけに雪白さんは嫌な顔せず笑顔で対応してくれた。
幾つかお父さんとの思い出を聞いていたが、外でもお父さんはお父さんだった。
そして雪白さんは話しながらも懸命に何かを探している。と、ふとその動きが止まった。
「それで、資料は見つかりましたか?」
「いえ……霧生さんが持っていると思ったのですが、違ったのかもしれませんね」
ちょっと残念そうだったが、こればかりは仕方がない。もしかしたらお父さんが別の人に渡したのかも知れない。
お茶でも出そうと思ったが雪白さんは辞退した。もしかしたら仕事の合間を縫って訪ねてきたのかも知れない。私も敢えて強く勧めることをしない。
捜し物をしただけで雪白さんは帰る支度をし始めた。せめてもと思い玄関先まで見送る。
「今日は突然押しかけてすみませんでした」
あくまで雪白さんは低姿勢かつ丁寧だった。私みたいな若い人に対しても終始態度は変わらなかった。
そんな姿勢に好感を持った。
「いえ。自分のせいで仕事が滞ってしまう事は父の望むことではないと思いますから」
多分お父さんもこう言うだろう。私はお父さんに代わって伝えた。
そして雪白さんは深々と一礼して我が家を去っていった。その後ろ姿もモデルみたいで格好よかった。
だが、今はそんなことよりも他のことで頭が一杯だった。
大分前から心の奥に引っかかっている何かが、なんとなくわかりそうな気がした。
晴継が暫し歩くと住宅街には不釣合いな黒塗りの車が停められていた。その車に躊躇なく乗り込む。
そこで運転席に座っていたのは牧村だった。晴継が霧生邸を訪れている間ずっと待機していたらしい。
「成果はありましたか?」
牧村が訊ねたが晴継は首を振った。またしても空振りだったようだ。
だがその表情はそれ程暗くはない。ダメ元で行ったので成果が無くても大した問題ではないようだ。
その証拠に晴継は終わったことに対してコメントを出す訳でもなく、会社から持ってきた書類に目を落としていた。終わったことと割り切っている姿が頼もしかった。
「牧村、次のスケジュールは?」
もう晴継の頭の中にディスクのことは頭からないみたいで、表の顔に戻っている。
牧村はハンドルを握りながら次の目的地へと向かった。まだまだやらなければならないことは山程あるのだから。
雪白さんが帰ってから私はすぐに出掛ける支度を始めた。
今引っかかっていることを打ち明けるには信頼できる人しかいない。誰に話すべきか考えたが一人しか浮かんでこなかった。
向かった先はいつもの河川敷。今日もポカポカ陽気で散歩をするには格好の日和だが、今はそんなことをしている暇はない。
そして風来坊さんはいつものようにテントの近くにいた。こちらも出掛ける用の服装に着替えていたので、ちょうど良かった。
「あれ?霧生さん?」
私のことに気付いて風来坊さんは声をかけてきた。奇遇にも私の元に遊びに行こうとしていたらしい。
「風来坊さん、ちょっと相談したいことがあるんだけどいいかな?」
なんだかいつもと違う雰囲気の私に若干戸惑い気味だったが、相談には快く応じてくれた。
けれど場所が悪い。誰か聞き耳を立てている訳でもないがこの場所はあまりにもオープンすぎる。
私は相談の内容を一切告げないまま場所を変えることにした。誰かに聞かれる心配のない場所と言えばやはり自宅である。
結局風来坊さんに何も話さないまま家に上げて書斎に通した。念のため書斎のドアも閉めた。これは気分的な問題だが。
そして何の相談かさっぱりわからない風来坊さんに、私はなるべく簡潔に事情を説明した。勿論先程訪れた会社の関係者っぽい人のことも含めて。
わかりやすく説明したからか、風来坊さんの頭の回転が早いのか、大体の事情は呑み込めたようだ。
「あんなに仕事に一生懸命だったお父さんが、前日まで机に向かっていたお父さんが、突然自殺するなんて有り得ない」
初めて口にする、私の疑念。
今まではお父さんが亡くなったことから逃げていた。だから本質を見抜くことが出来なかった。
だが、雪白さんに語っていて初めて気付いた。あれだけ熱心に仕事に取り組んでいる人がいきなり自分の命を絶つことなんて考えられないと。
それ即ち……
「お父さんは自殺したんじゃない、殺されたんだ」
風来坊さんは息を呑んだ。確かにそうかも知れない。自殺したのではなく誰かによって殺されたとなれば、これは大きな問題だ。
これが間違っていないと断言できる。そう言い切れる自信があった。
そのためにも証拠を探さなければならない。お父さんが命を狙われるような何かを。
「風来坊さん、協力してくれるかい?」
「おいおい、ここまで話しておいて断れないだろ?」
風来坊さんはイタズラっぽく笑った。その笑い方がやっぱりお父さんの面影そっくりだ。
そして断る気はさらさら無いみたいだった。厄介事に巻き込まれてもなんとかなると思っているのだろう。
何が隠れているのかわからないが探してみるつもりだった。見つけた先に待っているものは何かわからないが。
数日後。牧村は突然晴継の元を訪ねてきた。会議など入っていないので社長室に通す。晴継は牧村が来た時点で何かあったのだと直感した。
盗聴器が仕掛けられていないか頻繁にチェックしている上に壁は全て防音加工済みで外部に音が漏れる心配もない。
そして牧村は晴継の前にICレコーダーを差し出した。
「晴継様、霧生家に仕掛けておいた盗聴器に面白い物が……」
牧村が『面白い物』と言うのであれば聞きたくないはずがない。期待している晴継の目の前でレコーダーの再生スイッチを入れる。
聞こえてきたのは先日会った霧生啓介の娘と、知らない男の声。感度が良いのか設置した場所が良かったのかはっきりと二人の声が聞こえるのは嬉しいことだ。
内容は晴継が来訪したことと父親が自殺ではなく誰かに殺されたのではないかという二点。
「ほう……必要ないと思っていたが仕掛けておいて正解だったな」
娘に何か託したという節は全く見られなかった。すると考えられるのは、娘にはユキシロでの仕事を一切口にしていないということ。
だからこそ娘には手を出さずにいた。血縁者ではあるが殺すに値しないと見ていたからだ。
しかし今は話が別だ。父親の死に対して疑問を抱いた以上、何らかの対策を講じなければならない。万が一にも父親の死亡の真実を突き止めた場合、厄介なことになりかねない。
「手を打たれますか?」
「そうだな……いや、待て」
一度牧村を制して晴継はじっと考え込んだ後、再び顔を上げた。
「もう少し様子を見ようじゃないか。ディスクを見つけてくれるのならその方が楽だ」
仮に上手くいけば労せず功を得ることが出来る。利用できる者はとことん使おうと考えた。
自分の父親の死に疑問を抱いて何か裏があると気付いたこのお嬢さんは案外頭のキレが良いと捉えた。もしかしたら本当に見つけてくれるかも知れない。
そして牧村には引き続きこのお嬢さんの監視と任務の続行を指示した。牧村は静かに晴継の元を辞した。
「いやいや、『灯台下暗し』とはこのことでした」
その日、城田がブランネージュに顔を出していつも通り奥に通されて待っていると、岩田がやや困った顔をして部屋に入ってきた。
手にしているファイルから取り出したのは一冊の書類。その書類を城田に渡す。
大分時間がかかったが、城田が指示した考古学者の件の報告書である。
城田は差し出された書類に目を落とすと見覚えのある顔が載っていた。確かこのレストランに勤務している女性スタッフ。
入ってきて早々に岩田が呟いた言葉の真意もここにあった。
霧生夏菜。父は考古学者で霧生啓介。
仲間内では人柄がよく仕事熱心だと評判。だが今月突然自ら命を絶っている。
「……先を越されましたね」
絞り出すような声で岩田が漏らした。
恐らく牧村の仕業だろう。痕跡を残すことなく自殺に見せかける技を持っている人など世の中に早々いない。
何処でどう手に入れたのか知らないが警察の内部資料が添付されており、その筋の人から見れば疑いたくなる部分も多々あるが、自殺として処理されている。
これも外部からの圧力がかかった証拠なのだろう。徹底的に疑いを消し去るための予防線として。
一通り目を通した城田は書類を岩田に返した。
「それで夏菜さんはどうしていますかな?」
やや俯き加減気味に「休んでおります」と答えた。父親の突然の死に相当ショックを受けていることは電話口からも推測できた。
彼女はレストランのスタッフでも優秀な中に入るスタッフだった。今は他のスタッフが彼女の穴を埋めるべく奮闘しているが、正直出て来れないことは痛手だ。
そして……まだディスクが回収されていないことから、彼女の身に危険が及ぶ可能性も残されている。
「頼みましたぞ」
何に対してなのか城田は言わないが、言われた側には充分伝わっていた。
彼女の周辺に危険が及ばないか監視することと、何か不測の事態が発生した場合にはすぐにでも連絡することの二点。
黙って頷く岩田の顔に満足して城田は店を後にした。
ブランネージュからの帰り道、城田が河川敷を歩いていると、偶然にも風来坊さんにお会いした。
以前風来坊さんがお嬢様のことについて訊ねたので、たっぷりとお嬢様の魅力をお伝えしようと毎回思うのだが、毎回話の途中に邪魔が入って遅遅として進まなかった。
そして今日もお嬢様の素晴らしさについて熱弁を振るっていると邪魔をするように電話が鳴った。
「おっと電話ですな」
雪白家ではお嬢様や晴継様に急遽用事が入ることがしばしばある。そんな時は外出時でも城田の携帯に連絡が入る。
今回もまた突然のお客様来訪の電話だと思った。少し失礼とだけ風来坊さんに伝えて電話に出る。
「城田だ」
『今どこにいる?』
声の主は牧村だった。
牧村の声の調子から突然の来訪者という訳ではなさそうだった。
「牧村か……今、遠前町にいる」
『例のディスクだが、近い内に動きがありそうだ。また働いてくれるか?』
「あぁ……晴継様にはそう伝えておいてくれ」
牧村は伝えることだけ伝えて電話を切った。万事抜かりなく準備を行う点、執事としては最適の人物であろう。
だが一つ目測を誤っているとすれば……
「私は今回風来坊さんの味方につく事に決めましたぞ」
風来坊さんに言ってもわからないかも知れないが、一応口に出して伝えておく。
確かに牧村とは仕事仲間であり、晴継様は私の主人である。組織にとって今血眼になって探しているディスクは回収しなければならない。
だが大切な野球友達を失いたくもない。人の命を奪ってまで遂行しなければならない仕事でもないと城田は思っている。
現に晴継様は「完全に始末しろ」と命令されていない。言葉のアヤを突くようだが、城田はディスクと大事な野球友達の双方を立てる方法を模索していた。
そして風来坊さんは何を言っているのか理解できていないようだった。城田は誤魔化すように再びお嬢様の話を再会した。
数日後、俺は霧生さんの家に向かった。その日はビクトリーズの練習も休みで霧生さんの都合も良い日だった。
あれから霧生さんは少し変わった。一人で外出することは控えてなるべく俺と一緒ということが多かった。お父さんが誰かに殺されたので自分にも危害が及ぶのではないかと警戒している。
霧生さんの家に到着してチャイムを鳴らして暫し待っていると、霧生さんが出迎えてくれた。俺が入ったらすぐに鍵を閉める。
「……それで心当たりはあるの?」
お父さんが殺される原因になる物に関して俺はさっぱりわからない。ここは霧生さんに任せるしかない。
案内されたのはお父さんが生前使っていた書斎である。以前この部屋に俺が入ろうとしただけでも止められた程、霧生さんが思い入れのある場所だ。
「この書斎にはお父さんが殺される原因になったものがあるはずなんだ」
霧生さんは事件が起こった後も書斎に関しては一切手を入れていないと話した。前見た時もそうだが、お世辞にも片付いているとは言えない。
部屋をぐるりと囲むように本棚が立てられているが、それでも書類や本・雑誌の類が収まりきらず床に置かれている。デスクの上もメモだったり雑貨などで雑然とした状態である。
一番危惧しなければならないことは、既にその代物が何者かによって持ち出されていることだ。誰かが持っていってしまえばこの場を捜索しても見つかるはずがない。
そのことを霧生さんに問い質したところ、多分ないと弱々しい返事が返ってきた。
実際この書斎に雪白と名乗る人物を通していて、その時も何かを探していたという。もしかしたらその時持ち出された可能性もなくはないが、帰る時にそれらしき仕草はしていなかったらしい。
果たして蛇が出てくるか鬼が出てくるか。この蔵書と紙の山の中を探すのは骨が折れるが、やってみることにした。
この模様は包み隠さず敵に漏れているとは露知らず何かを探している様子が手に取るように伝わってくる。
もし発見した場合には速やかに牧村が霧生邸に乗り込んで、ディスクを回収する手筈となっている。牧村は霧生邸から程近い隠れ家に待機している。
そして牧村とは別の場所で城田は盗聴電波に聞き耳を立てていた。
雪白が扱う盗聴電波の周波数は熟知していて、それらしきチャンネルを合わせることは容易だった。念のため岩田から霧生邸の位置も確認してある。
城田としても今回の件に関して万全の用意を施した。あとは事の成り行きを息を潜めて待つのみだ。
出てくるのは仕事の資料ばかりで、それらしき物は出てこない。
ファイリングされた資料を大まかに目を通しても、本の中身をざっと見ていても、何も変わったものはない。何か暗号化されているのであれば素人の二人には手が出せない。
探すのを一旦やめて休憩することにした。集中して探していたので思った以上に体が疲れている。
一息ついていたら霧生さんがお茶を淹れてきてくれた。お茶菓子もついている。ありがたくお相伴に預かる。これで今日のご飯の心配をしなくても済みそうだ。
ブレイクタイムなのでここで少し別の視点から考えてみた。
外部の人間が入っても見つからなかったということは、この書斎にはないのかも知れない。死後奪われることも想定していれば別の場所に隠すことも考えるはずだ。
だが、隠すにしても相手の目から逃れなければ意味が無い。例えば身内の人間に渡すとか。
身内は霧生さん一人。もしかしたら霧生さんが意識していなくて渡している可能性があるかも。
「霧生さんは何かお父さんから預かったりとかしていないよね?」
それとなく聞いてみるが霧生さんは首を振った。
「それはないね……お父さんから貰ったのは現地のお土産とかが多いけれど」
「最近何か貰った物とかある?」
「この前貰ったのはくまのぬいぐるみかな。もう大人なんだからぬいぐるみなんかで喜ばないけれど」
それだ!
俺は直感的にそう思った。
そのくまのぬいぐるみが何処にあるか聞いてみたら霧生さんの部屋にあると答えた。迷わず霧生さんの部屋へ直行する。
霧生さんは状況が理解できず俺の後ろをついてくるだけだが、今は説明している暇も惜しい。
ドアを開けてくまのぬいぐるみが飛び込んできた。迷わずぬいぐるみに手を伸ばす。
そしてぬいぐるみを外側から触る。自分の掌に全神経を集中させて中身を探る。
「風来坊さん、確かにお父さんから貰った物だけれど……」
霧生さんの目の前でぬいぐるみを破く。次の瞬間ぬいぐるみの中から綿が俺の手の中から零れ落ちていく。
説明もなしにいきなり破いたことに霧生さんは最初憤っていたが、それもすぐに収まった。
綿の中から出てきたのは、一枚のディスクだった。
確かに持った感じでは普通のぬいぐるみと遜色なかったが、強く触ってみると若干固い物の感触が指に伝わってきた。疑問は確証へと変わった。
当然のことながら普通ぬいぐるみの中にディスクなど入っていない。これがお父さんが残した物証に違いない。
しかし奇妙なディスクだ。一般に流通しているディスクとは大きさも規格も異なる。パソコンでは多分中身を見ることは出来ないと思われる。
霧生さんのお父さんならこのディスクが意味することがわかるのだが、既にこの世にはいない。
この手に詳しい知り合いがビクトリーズにはいるのだが、生憎今日は用事があるとかで不在だ。明日にでも持っていけば何かわかるかも知れない。
何もわからず仕舞だが、とりあえず一段落ついた。あとはこのディスクをどうするかだが……
ここでグーとお腹が鳴った。どうやら霧生さんにも聞こえたみたいだ。
ふと時計を見れば既に正午を回っていた。先程お茶を淹れてもらったが空腹の足しにはならなかったようだ。
緊張感溢れる雰囲気が腹の音で一気に緩み、霧生さんに笑みが零れた。
「そういえば何も食べていなかったな。材料は……あー、何もないんだった」
霧生さんは何か買ってくると言って外に出かける準備を始めた。
だが俺の中で何か引っかかるものがあった。自分の勘が、何か危ないと叫んでいる。
こんな時に出掛けるのは危険だと霧生さんに言ったが、霧生さんは「大丈夫」と笑って受け流した。そのまま財布だけ持って家から出て行った。
俺は黙って霧生さんの後ろ姿を見送ったが、心の底に広がる不安は治まることはなかった。
このまま家で待つべきだろうか。それとも今から霧生さんの後を追いかけるか。
一人自問自答している最中、書斎から何か音が聞こえた。何か落ちたのかなと思い書斎へと向かう。
そこにいたのはスーツ姿の見知らぬ老人。蓄えられた髭や毛髪は真っ白に染まっている。
こちらの姿に気付いた老人はさっと身構える。恐らく60を超えていると思われるがとても老人とは思えない身のこなし方だ。
「そのディスクをこちらに渡していただけないでしょうか」
ジリジリと距離を詰めてくる。渡さなければ痛い目に遭わせるぞと言わんばかりだ。
「……このディスクは一体なんなんだ。人を一人殺さなければならないような物なのか!」
実際一人が殺されている。愛している人のお父さんが、このディスクを巡って命を奪われている。
それ程このディスクが必要なのか。リスクを冒してでも奪わなければならない代物なのか。
この問いに老人は答えなかった。
「その必要はありません。貴方はここで死ぬのですから」
穏やかな口調とは裏腹に背筋が凍る思いがした。目の前の人物から醸しだされるオーラが不気味に感じた。
そして一瞬の隙を突いて老人は俺の懐に入ってくる。まるでコマ送りを見ているかのような錯覚に陥ったが悠長に構えている暇などない。
老人の眼差しは真剣そのものだった。一心不乱に向かってくるその瞳に躊躇いの色など一切ない。
幸いにも動体視力を鍛えているので老人の動きは何とか掴めている。なんとしても生き延びなければいけない。霧生さんを残して冥土に旅立つなど出来るはずがない。
繰り出される攻撃。その手に何を持っているのかまでは見えなかったがキラリと光る物を捉えた。
俺は身を翻して間一髪で避ける。衣服が少し裂けたが体のどこかが痛むといったことはない。
「ほほぅ……今のをかわしますか。なかなかやりますね」
その攻撃を避けられたことに老人は驚きの表情を見せた。むしろ俺が避けたことに関して敬意の眼差しすら浮かべている。
だが今のは偶然だ。相手が今以上の攻撃を仕掛けてくれば間違いなく避けることは出来ないだろう。
実際相手は想像以上に手強い相手だと認識して気を引き締めていた。人を殺すことに慣れているのか。
今度はその影すら捉える事が出来なかった。あっという間に組み倒されて老人が馬乗りになる。
必死にもがいて抵抗するが老人はビクともしない。股を締めて圧倒的優位を崩そうとしない。
宙を舞う書類。表情一つ変えずじっとこちらを見つめる老人。その手には鋭利なナイフが握られている。
ヤバイ。この態勢では身動きも取れない。確実に仕留められる。
「待って!」
聞き覚えのある声。明らかに女性とわかるその声の主。
その声に反応して老人は動きを止めた。
そして次にこの部屋に入ってきたのは、この場面には不釣合いな格好をした人物であった。
さて今日の昼飯は何にしようかな。風来坊さんの好きな物でも作ってあげようかな。
そんなことを思いながら道を歩いていると、思わぬ人に出くわした。
「霧生さん、よろしいですかな?」
あれ?この人はなんで私の名前を知っているのかな?
道端でばったり遭遇した人に対してそう思った。まぁ何度か会っている人だから私の名前を知っていておかしくはないけれど。
「どうしたんですか?城田さん」
バイト先のレストランの上役みたいな存在の、いつもコック姿の城田さんだった。
もしかしたらレストランからの帰り道なのかなと気軽に考えていたが、なんだかいつもと様子が違った。
普段はもっと温和な表情なのに今日はなんだか険しい表情をしている。心なしか目尻が釣りあがっている気がする。
私城田さんに何か怒るようなことしたっけ?とりあえず思い起こしてみるが、それらしきことをした覚えはない。
じゃあ私の見間違いかも。そう思っているところに城田さんから声をかけられた。
「ディスクを渡していただけますかな」
「……!!」
あまりの衝撃に声が出ない。
なんで城田さんがそれを知っているの。ついさっき見つけたばかりなのに。
大体何で城田さんはディスクを探しているのか理解がつかない。
聞きたいことは山程ある。私の名前を何故知っているのかなんて疑問はあっという間に私の頭の中から消えていった。
そして私が質問するのを封ずるかのように城田さんが迫ってくる。何故か切迫した表情をしている。追い詰められているのは私のはずなのに、何で城田さんが苦しい思いをしているのだろうか。
「さぁ、早くお渡し下さい。あなたの命が係っているのですぞ」
正直彼女の命は救いたい。その思いに嘘偽りはない。
確かに父親は我々から重要なディスクを持ち出したが、明らかに彼女は無関係だ。もし父親から伝えられていたら中身についても熟知しているはずだ。
だが盗聴器越しに聞こえてくる会話にはディスクの重要性に気付いていなかった。
それに岩田からも彼女を救ってくれと頼まれた。レストランでの彼女の働きぶりをこの目で確かめたが非常に優秀な子だった。
彼女を育てれば一流の料理人になることも夢ではない。城田にはそう映った。
しかし目の前の彼女は困惑しきった表情をしている。当然かも知れない。彼女は何も知らなかったのだから。
「……あのディスクは、今風来坊さんが持っている」
盗聴器から聞こえてくる男の声がどこかで聞いたことがあるような気がすると思っていたが、やはり風来坊さんだったのか。
この一件に風来坊さんが関わっていることは岩田からの報告で掴んでいた。想定していたことなので別に問題はない。だが問題は……
「今風来坊さんはどちらに?」
「家にいますが」
この答えを聞いた途端心臓がドキリと跳ねた。一番恐れている事態が起きてしまった。
恐らく別の場所に待機していた牧村が今頃彼女の家に押し込んでいるはず。そうなれば風来坊さんと鉢合わせしているに違いない。
牧村は長年暗殺者として働いてきただけに実力が備わっている。素人の風来坊さんでは太刀打ちできない。
今は説明している時間がない。急いで牧村を止めなければ。
城田は駆け出した。間に合うことを祈って。
だが恰幅の良い城田の横を彼女が颯爽とすり抜けていった。その顔に先程まで浮かんでいた迷いが一切消えていた。
突然間に割り込んできたのは、霧生さんだった。命のやり取りをしている真っ最中に、しかも丸腰で。
そして霧生さんに続いて部屋に入ってきたのはビクトリーズのチームメイトの城田さん。いつも通りコック姿だ。
何でこの人がこんなところにいるのだ……?状況がさっぱり掴めない。
「牧村。話がつきましたぞ」
城田に促され馬乗りになっていた老人が離れる。解放されたと同時に身の危険も去ったみたいだ。
さぁ霧生さんと今度は霧生さんが促される。霧生さんは鋭い目つきで老人を睨む。
一歩間違えれば俺の命がこの老人によって奪われていたかも知れないのだ。怒る気持ちはわからなくもない。
「ディスクはあなた達にお渡しします」
そう言うと俺からディスクを受け取り、そのまま老人の手に渡す。老人はディスクを神妙な面持ちで受け取る。
どうやらディスクを渡す代わりにこちらに危害を加えないことで城田さんと霧生さんの間で話し合いがあったみたいだ。
「ディスクを受け取ったなら帰って!」
ここまで激しい口調の霧生さんを見るのは久しぶりだ。
俺がレストランの裏口で残飯漁りをしていた時に勝るとも劣らない、強い口調だった。二人は黙って退散した。
そして居なくなった途端に霧生さんの瞳から大粒の涙がボロボロと零れ落ちた。敵の手前強がっていたのだろうが相当無理していたみたいだ。
俺は何も言わず霧生さんの肩を抱き寄せた。ほんのりと石鹸の香りが鼻の中いっぱいに広がる。
「大丈夫」と言葉に出さない代わりにギュッと抱き寄せた。暫く無言の時間が流れていった。
突然の城田に登場に最初は驚いていたが今ではすっかり元の牧村に戻っていた。
その手に握られているのは晴継様から言い付かったディスク。だが牧村は少し納得がいかない様子だった。
「やれやれ……生かしておいて晴継様に怒られんか?」
危惧しているのは二点。まずは被害者の遺族が生き残ること。
彼女の父親は牧村が殺した。そのことを今の彼女は理解している。となれば、復讐のために今度は牧村が狙われる可能性がないとは言い切れない。
それが行く行くは晴継様の行く手を遮るのではないかと心配しているのだ。
だが城田の目から見て、彼女が父親を殺された恨みからそのような犯行に至るとは思えなかった。
確かに彼女は肉親を殺されたが、その穴を風来坊さんがきっちりと埋めている。悲しみや怨恨などは彼によって打ち消してくれると踏んでいる。
失ったものは大きいが彼女はそれだけで人生を大きく変えることはないだろう。
そしてもう一点はこれが命令違反に当たるのではないかということ。
この点に関しては別の観点から手を打ってある。
「いつもならそうですな。しかし今日は冬子お嬢様が家に居ますからな」
予め城田が無理を言って今日一日家にいるように冬子お嬢様に頼んだのだ。
本来ならば主従の関係を結んでいるのにも関わらず、主の予定よりも従者のお願いを優先させて欲しいなど言語道断な話だ。
だが冬子お嬢様と城田との関係は主従の関係よりももっと深い位置にある。
幼い頃からお仕えしてきたため、冬子お嬢様は城田を従者とは見ておらず、一人の家族と捉えていた。
何かお祝い事があれば冬子お嬢様は心からお祝いの言葉を述べてくれたり、プレゼントを渡してくれたりと親切にしてくれた。まるで親しいおじい様に対しての態度そのものであった。
そんな冬子お嬢様のご好意につけこんで、と言えば傲慢かも知れないが、今回は利用させていただくことにした。
城田がお願いをしたところこういう風な答えが返ってきた。
「いつも城田には私のワガママを聞いてくれているもの。たまには城田のお願いも聞いてあげないとね」
ちょっぴりイタズラっぽく言われたところが、あどけなさと大人っぽさが混在する美しい冬子お嬢様の魅力だった。
その時の顔は今思い出しても頬が緩んでしまう。それくらいの破壊力がある笑顔だった。
「成る程……それなら大丈夫だ」
牧村は全てを悟った様子で安堵の表情を浮かべた。
晴継様は我々同様冬子お嬢様には弱い。冬子お嬢様がいる日はどんなミスでも大目に見てくれることを側で見てきた。
もしも我々が叱責されていたら冬子お嬢様は庇ってくれるだろう。そうなれば晴継様は矛を収めざるを得ない。
「現役引退した身で口封じのために殺しはしたくないからな」
その昔は暗殺者として生きていたが、今では雪白家の執事として生きる身。いくら仕事とは言え人を殺めることは避けたかったことがこの話でわかる。
だからこそ城田に感謝しているのかも知れない。これ以上無駄な血が流れないよう最善を尽くしてくれたことに。
納得したところで、二人の歩くスピードは自然と早くなった。家では大切なお嬢様がお待ちかねだ。あまり帰りが遅くなると機嫌を損ねてしまうから、大急ぎで帰らないと。
人が足りなくて大変だった。それも仕事の出来る人が抜けたのだから余計に痛い。
けれど、今日から復帰する。家庭の事情で何だか色々と大変そうだったけれど、もう平気らしい。
……っと、噂をしたら早速の登場だ。とりあえず声をかけておく。
「霧生さん、今日から仕事ですか」
バリバリ仕事が出来る頼れる先輩。俺の中のイメージはそんな感じだった。
けれど男勝りで突っ走る性格はもう少し直していただいた方がいいかも。敢えて霧生さんの名誉のために付け加えておくが決して悪い人ではない。
でも誰よりも仲間のことを想い、真剣に仕事に取り組む姿勢は見習うべきだと思う。それに向上心が強いところも。
自宅でも本格的な料理の勉強をしているらしく、時々厨房に入ってシェフや店長から指導を受けたりしているところを何回も目撃した。それも一日中働いてヘトヘトになっているにも関わらず、だ。
そんな霧生さんが復帰してくれて、本当に嬉しい。
「あぁ。安藤にも心配をかけたな。もう大丈夫だ」
霧生さんは普段通り、弾けるような笑顔を見せてくれた。
一時期は家族の不幸があって、電話口の霧生さんが霧生さんじゃない感じがして、本当に帰ってきてくれるか不安だった。
そして今、霧生さんは以前のまま戻ってきた。それだけでも嬉しい。
「別に心配はしていませんけどね。ただ仕事が忙しかったんで早く帰ってきて欲しいなとは思っていました」
……まぁ、本当のことを言ったら恥ずかしいから言えないのだが。本当に俺は素直じゃないなぁ。
そんな俺の反応を見て霧生さんは声を出して笑った。やっぱり霧生さんには笑顔が一番似合う。
「二人共。話していないで仕事しろ」
話している声が店長に聞こえたのかお叱りの言葉が飛んできた。これにはお互い揃って反省する。
しかし店長も素直じゃないなぁ。注意されたがその様子を見ていて俺はそう思った。
そして今度は店長に聞こえないように小声で耳打ちする。
(口ではあぁ言ってますけれど、帰ってきて一番喜んでいるのは店長だと思いますよ)
そして霧生さんもそのことに気付いているようだった。
(あぁ。髭がピクピク動いていたから嬉しいんだろうな)
長い間このレストランに勤めている中で従業員だけが知っている店長の癖がある。
それは口髭が小刻みに揺れている時は嬉しい時の癖。
普段は堅い表情が多く常に怒っているのではないかと誤解される程だが、この癖だけは従業員の中では周知の事実であった。お陰で何度救われたことかと思う従業員も少なくは無い。
霧生さんが帰ってきてから店長の口髭はちょこちょこと動きっぱなしだった。余程嬉しいのだろうが、そのことを指摘すれば何倍もの雷が落ちるかわからないので言わないのだが。
またいつものレストランに戻る。ちょこっと気を引き締めて、目の前の仕事に全力を傾けるために気持ちを切り替えた。
そして月日は過ぎていきクリスマスを迎えた。
去年まではお父さんと二人で慎ましくパーティをしていたが今年は違う。思い切ってレストランを予約して風来坊さんと一緒に豪勢に過ごすことにした。
なんて言っても今日行くお店は私が認めた美味しい店だ。料理だけでも大満足出来るはずだ。
今日はクリスマスという特別な日なので少しオシャレをしてみた。いつもは着ないような格好をして少々恥ずかしい。
待ち合わせの場所に行ってみると風来坊さんもクリスマスという特別な魔法がかかったのか普段と違う、さっぱりとしたオシャレな男性に変身していた。
無造作に生えていた髭は全てすっきり剃り落とされ、髪の毛もリンスを使ったのかツヤツヤ、なにより着ている服が何処で手に入れたのか知らないが結構センスが良いコーディネイトがなされている。
見違えるなんてレベルは超えていた。最初見た時には完全に別人だと思って素通りしてしまい、声をかけられてようやく気付いた程だった。
まぁ、そんなこんなでハプニングがありながらレストランに到着する。クリスマスなので混んでいることを覚悟したが、意外と空いていてホッとした。ウェイターに案内されて席に着く。
料理が来るまで風来坊さんと今年一年のことについて振り返ってみることにした。
「なぁ、風来坊さん。覚えているか?初めて会った時のこと」
「あぁ……あんまり思い出したくないね」
この質問は少しイジワルだったかも知れない。風来坊さんは思い出したくないみたいで苦笑いをするだけだ。
確かに思い出したくも無いだろう。食うことに困ってレストランから出される残飯を漁っていたのが出会いのキッカケだったなんて。多分二度と忘れることのない衝撃的な出会いだったことに違いない。
しかしもっと驚きなのは、残飯を漁っていた男性と聖なる夜を共に過ごしていることかも知れない。第一印象は確実に最悪だったはずなのに、一体どこがどうなったらこうなるのだろうかと他人は思うことだろう。
そして……もう一つ衝撃的だったのはお父さんのこと。
私の中のお父さんは考古学者で時々しか家に帰ってこない、だけど一緒にいて一番落ち着ける。そんな感じだった。
けれどそのイメージは今年一気に覆された。
謎の組織に関わって命を狙われ、結果命を奪われてしまった。今まで見てきたお父さんは仮の姿で、本当の姿を私に見せないよう騙し続けていたのかも知れない。
お父さんは一体何者だったのだろうか。本当に考古学者だったのか。疑問は尽きないし解決することもない。だって答えてくれる人はこの世にいないのだから。
でも、お父さんは私のお父さんであることに変わりはない。考古学者であろうと別の何かであろうと私の中では大きな問題ではない。
「……それよりも私、ずっと気になってる事があるんだ」
風来坊さんとの出会いより、お父さんのことより、ずっと気になっていること。
私が急にかしこまった言い方に風来坊さんも思わず身構えてしまう。
「なんで“霧生さん”なんだ」
「えーと……霧生さんは霧生さんじゃないか」
風来坊さんは私の問いかけの意味に気付いていないみたいだった。
確かに私は霧生という名前だ。名前なんだけれど……付き合っているのだから他の呼び方があるだろ。
これだけヒントを出してもまだわからないみたいだ。この人はどこまで鈍いのだ。どこまで恥をかかせるつもりなのだ。
「霧生って呼ばれるよりもさ、あるだろ?……ほら、可愛い名前が」
ここまで言ってようやく私の言っている意味が理解できたようだ。「そんなことだったのか」とサラリと流す。
そんなこと!?私が今どれだけ勇気を振り絞って言ったと思っているんだこの人は!
私の猛反撃に風来坊さんも降参のようで、今度からは必ず下の“夏菜”さんと呼ぶことで合意した。
落としドコロも決まり、私のテンションは最高潮に達する。
「折角のクリスマスだし……今日は楽しみますか!」
「いや、霧生さん。楽しむならヨソに行って下さいよ。なんでウチの店来てるんすか……」
聞き慣れた声。見慣れた風貌。客に馴れ馴れしく声をかける店員。ここはレストラン“ブランネージュ”。そう、私のバイト先である。
まさかバイト休んでバイト先に客として来るとは思ってもいなかったのだろう。その顔は迷惑だと言わんばかりである。
だが可愛い後輩の抗議の声に反論する。
「いいだろ?ここがこの辺りで一番美味いんだから」
その答えにすかさず店長からフォローが入る。自分の店・味を褒められて口髭がピクピクと動いている。
店長が私の味方となっては安藤も反論できない。渋々ながら接客に戻る。
その後ろ姿に内心面白がりつつ、風来坊さんと美味しい料理に舌鼓を打った。今年は最高のクリスマスになりそうだ……
年が明けて街中も大分正月気分が抜けてきた頃、城田はブランネージュの元を訪れた。
最近熱中している野球は年末に一度強いチームと対戦してからずっと遠ざかっている。後で顔を見せに行くついでに練習もしていく予定だ。
裏口から入ると若い男性スタッフと目が合う。確かこの男性は以前から働いている人だと城田は記憶している。
そして相手もまた城田のことを覚えていた。顔を見ただけで丁寧に奥の部屋へと通される。
今日は霧生さんは休みなのかな。そんなことを考えていると岩田が部屋に入ってきた。
「繁盛していますな」
城田の言葉に岩田は黙って頭を下げる。
威勢のいい声が部屋の中にまで聞こえてくる。外から見た感じでも大半の席が埋まっているように映った。
そして店から出てくる人の表情が皆明るい。店の前で待っている人や今からレストランに入っていく人の顔には期待の色が滲んでいる。
これだけの判断材料があれば岩田に直接店の様子を聞かなくてもいい。順調そうで安心した。
「ところで今日は霧生さんはおいでますかな?」
ふと彼女の顔が思い浮かんだ。あの一件以来会っていないので元気にやっているか気になった。
「えぇ。今も元気に働いています」
うむ、うむ、と力強く頷いた。彼女のことを気にかけているのは、あの時の彼女の眼が今でも忘れられなかったからだ。
これまで何度か顔を合わせたことがあり幾つか言葉をかけたと記憶している。ただ単にレストランの一従業員としか見てなかった。
しかしディスクの一件で初めて正対した際に、彼女の眼力に何か特別な魅力を感じた。真っ直ぐ相手を見つめるその視線がとても力強く、そして淀みが無かった。
風来坊さんの命が危険に晒されているとわかると迷うことなくこちら側の取引に応じてくれた。その英断には今でも感謝している。大切な野球友達の命を救ってくれたことを。
彼女が店に復帰して、今では事件の後遺症もなく元気に働いていることは城田にとっても安心する材料となった。
その後はいつものように城田の世間話を岩田が黙って聞く展開になり、お開きとなった。
さて今から久しぶりにビクトリーズの練習に参加するかな。そう思っている矢先突然声をかけられた。
「城田さん、少しお時間よろしいですか」
声のする方に向いてみると、そこに立っていたのは先程話題に上がった人物であった。
今日は確か冬子お嬢様は外出しているので急な呼び出しはないはず。ビクトリーズの練習もまた今度行けばいい。城田はその願いを快諾した。
しかし相手はまだ勤務中らしく慌しくフロアへと戻っていった。また部屋に戻ってお茶でも飲みながら待つことにした。
運よく城田さんを捕まえることが出来た。
用事があるかも知れないけれど一応聞いてみたら少し間を置いて「いいでしょう」との答えがあった。
だが引き留めたはいいがこちらはまだ勤務中。呼び止めたはいいが店長に見つかり早々にフロアへと戻される。やはり忙しい時間帯に抜けるのは無理な話か。
暫くすると客足も鈍ってきた。店内にいるお客さんの数も私一人抜けるくらいの余裕がある。
「休憩行ってきまーす」
一方的に宣言して裏口へ向かう。安藤には声をかける暇すらなかった。
幸い城田さんはお茶を飲んで待っていてくれた。私は一礼して外へ出た。
今から城田さんにする話は他人に聞かれたくない話だ。なるべく人目につかないような場所で話がしたかった。
悩んだ末にレストラン近くの喫茶店に入ることにした。
この店は渋いマスターとメイドチックな店員さんの二人で切り盛りする喫茶店で、外観同様落ち着いた雰囲気のある店で時々利用していた。
ちなみにこのメイドチックな店員さんは結構気が利くみたいで客の様子で接客を変えているみたいだった。なので大事な話をしていても聞き耳を立てられる心配はない。
席は自由に選べるので店の奥の方に座る。私はアメリカンコーヒーを、城田さんはエスプレッソコーヒーを注文する。
「私に用事とは何ですかな?」
コーヒーを啜りながら城田は訊ねた。どうやらこの店のコーヒーが美味しいらしくご満悦のようだ。
私も喉を湿らせる程度飲んだだけで話を切り出した。
「今更かも知れませんが……」
私が話し始めると風味を楽しむために持っていたカップを一度テーブルに置いた。
「ディスクの件、ありがとうございました。お蔭様で私も風来坊さんも命を救われました」
ここは一度本題に入る前に感謝の意を述べておくことにした。
もしもあの時城田さんに会わなければ間違いなく私も風来坊さんも今この世にいなかっただろう。あの執事風の老人の手にかかって。
少しでも遅れていたら確実に風来坊さんは傷つけられていた。私が部屋に入った時には馬乗りになっていたので思わずドキリとしたが無事で良かった。
城田さんは私からの感謝の言葉に対して何も言わなかった。多分あの時は城田さんも相当追い詰められていたのだろう。
どんな関係かは知らないけれど風来坊さんと城田さんは知り合いみたいらしく、風来坊さんが助かっていたことに安堵の表情を見せていた。
けれど、私はここで終わらない。
「……ですが、私から城田さんに一つ教えていただきたいことがあります」
この提案に対して城田さんの眉がピクッと反応した。
あの時城田さんの提示した条件は『命の保障と引き換えにディスクを渡す』というものだった。だが、あの時私はイエスともノーとも言っていない。
交渉事では相手も自分も納得のいかなければ話は成立しない。城田さんはディスクを受け取ったことで満足しているだろうが、私はまだ納得がいかない。
単なる言いがかりかも知れない。私の屁理屈だと一蹴されるかも知れない。
それでも城田さんは何も言葉を発しなかった。私の発言を促している様子だった。
その態度に甘えさせていただき、話を続ける。
「私は何も知りません。お父さんが本当は何をしていたのか、あのディスクに何が入っているのか、そして何故お父さんが殺されなければならなかったのか。私はただ単に知りたいだけなのです」
半分本当の話だが半分は嘘だ。私のお父さんは考古学者であることしか知らないから、どんなことをしていたのかは全く聞いていない。
何も知らなかったからこそ今ここに座っていられるのかも知れないが、もし知っていれば別の対処方法があったかもわからない。私はこの一件に巻き込まれた以上当事者として発言する権利がある。
私は知りたかった。私の知らないところで何が起こっていたのかを。
知ったところで何か変わる訳でもない。意味がないことと思うだろう。でも、これは私の中で決着をつけなければならない。
「二つの内どちらか選んで下さい。一つはディスクの中身を教えること、そしてもう一つは……」
もう一方を提示した時、城田さんは思いもしなかった内容に驚きの表情を浮かべた。
多分どちらも無理難題に違いなかった。断ることだって出来たはずだ。
しかし城田さんは娘か孫ほど歳の離れている私と正面から向き合って、片方の条件を呑んでくれた。
数日後。城田は再び遠前町にあるレストラン“ブランネージュ”を訪れていた。
この日はいつものように岩田と会うために来た訳ではない。先日霧生さんとの約束を果たすためにやってきたのだ。
普段どおり裏口から店に入って厨房を覗くと、そこには霧生さんの姿があった。今日はいつもの服とは違い真っ白な衣服に身を包んでいた。
霧生さんと目が合った瞬間深々とお辞儀をしてきた。こちらも挨拶を返しておく。
既に岩田には了解を取ってあり、材料も揃えておいてもらった。岩田は何も言わず頭を下げる。
今日は流石に手ぶらという訳にはいかなかった。手にしている鞄には長年愛用している調理器具が揃っている。
物の配置や厨房設備を確認したりしたために少し時間がかかったが、ようやく準備は整った。
「さて始めますかな。手加減はしませんぞ」
敢えて厳しい口調で言ってみたが、彼女の眼に迷いなどなかった。
外で実際に自分が調理を行うのはいつ以来だろうか。特にこの店では。
この“ブランネージュ”は自分の店であるにも関わらずキッチンに立つことは殆どなかった。全て岩田に任せて自分は冬子お嬢様の住む雪白家の食卓に心血を注いでいた。
それもこれも冬子お嬢様のためだが、自分の店を疎かにしていた感は否めない。岩田には苦労をかけただろう。
あの時、霧生さんからあのような提案があるとは自分では考えもしなかった。
「秘伝のレシピを教えていただくか」
正直驚いた。何故この交渉のテーブルにその話が上がるのか。
「あの後店長に聞いてみたんです。城田さんのこと」
どうやら岩田が彼女に私のことを色々と教えたようだ。口の堅い岩田のことだから決して明かすことの出来ない暗部には触れないで話してくれただろうが。
その話の中で岩田が私から教えを受けたこと、また料理人として素晴らしい人だと言っていたことを明かしてくれた。
「でも店長にも伝えてない秘伝のレシピがあると聞きました。それを伝授していただけないでしょうか?」
真っ直ぐ私の瞳を見つめている。真剣さがこちらにもひしひしと伝わってくる。
「弱りましたなぁ」
究極の選択を迫られて困惑した。
確かに秘伝のレシピというものは存在する。それもノートという紙媒体で。
しかしそのレシピはそう簡単に人に教えられるような物ではない。これまで試行錯誤を重ねて辿り着いた味の極致なのだ。世界中を探しても誰も持っていない、特別な存在だ。
その味を知っているのは仕える雪白家の人間のみ。易々と他人に明かせるような代物ではない。
だが、ディスクの中身を明かせば事は組織の根幹に関わる問題になる。興味本位で教えられるような内容ではない。
知った上で彼女が得する情報など全くない。むしろディスクの中身を知った彼女は今度こそ間違いなく抹殺される。
自分の中で二つを天秤にかけたが、答えは決まっていた。
「……このことはナイショですぞ?」
ちょっとイタズラっぽく笑みを浮かべて答えた。まるで小さな子どもをあやす時に出しそうな、優しい顔で。
そういえばこんな笑みを他人に見せるのはいつ以来だろうか。冬子お嬢様が小さかった頃なので十年程か。
この答えに彼女の表情がパッと一気に明るくなった。
「ホント!?ホント!?」と念を押してくれるので「ナイショですぞ」と改めて答えた。
私のレシピ一つで済むならば安い買い物だ。この素直に喜んでいる光景を見ていると昔を思い出すようだ。
あの頃の冬子お嬢様もこんな無邪気な笑顔をしていたな。目の前の彼女が幼い頃のお嬢様と重なって見えた。
まだ遠くない過去を振り返っていたが急に現実に戻された。
先程まで無邪気な笑顔を浮かべて喜んでいた彼女は一人の料理人として腕を振るっていた。
その手つきには余計な動きが殆どない。全神経を調理に集中させ、目つきも非常に鋭い。
一度手本として私が料理を作っていたが、彼女は私の一挙手一投足をじっと観察していた。他のことなど眼中に入っていなかった。
補足事項も調理しながら言ったつもりだが彼女の耳に届いていたか疑問がある。見ることだけに集中して何も聞こえていなかったということはよくあることだ。
だが、彼女にそんな心配は必要なかった。全ての手順を覚えていながら注意された点を見事にクリアしている。
このまま順調に行けばこの料理を完璧にマスターするだろう。これは恐らく彼女のレシピの一つに加わることだろう。
その華麗な手捌きを眺めながら、城田はまた別のことを考え始めた。
(……これはお嬢様と合うかも知れませんなぁ)
他人から見れば冬子お嬢様に仕えることが難しいと聞いている。
だが歳も近いし、芯もしっかりしているのでお嬢様も気に入ると城田は見た。料理人としての才能も申し分ない。
あとは料理人としてどこまで伸ばせるか、という点だ。まだまだ冬子お嬢様の舌を満足させることは出来ないので、鍛錬が必要だ。
また新しい楽しみが出来ましたな。城田は一人喜びを噛み締めていた。
風来坊さんは年が明けてすぐ旅立っていった。私ももう少ししたら後を追うつもりだ。
今は修行の時だと思っている。城田さんが何を考えているのかわからないけれど、私は一生懸命頑張るつもりだ。
いつか風来坊さんと一緒にやりたいことがある。
一つは父の足跡を追いかけること。
お父さんが何者なのか最後までわからなかった。ならば、私が知っている考古学者としてのお父さんの足跡を追いかけてみることにした。
世界中の遺跡を飛び回っていたお父さんの歩いた道を辿ることは決して楽なことではない。その点各地を回っている風来坊さんがいれば心強い。
それに風来坊さんは少しだけど考古学の知識があったことも非常に頼りになった。
もう一つは……やっぱり教えない。
だって楽しみがなくなるじゃないか。楽しみは最後まで取っておくべきだ。
今は料理人として城田さんの元で猛特訓を受けている。決して甘くはないけれど充実した日々を送っている。
どこをウロウロしているか知らないけれど、待っていてよ風来坊さん。また会った時に驚かせてあげるのだから。
END
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