六等星






 『ぼくはプロ野球選手になる!』
 物心ついた頃から抱いていた夢。それは高校生になった今でもずっと変わらない。
 「○○になりたい」と語っていた友人が次々と夢を忘れていく中でも、一貫して『プロ野球選手になる』という思いは心の中で生き続けていた。
 だが、世の中というのは一生懸命やっていても引っくり返せないこともある。
 努力は誰よりもしている。だが、自分の才能に対して常に疑問符がつく。抜きん出て優秀ということはない。
 中学時代もそこそこの成績を残したが、そこそこの成績では甲子園に何度も出場している常連校からお呼びはかからない。そこそこの学力しか持って居ないので独力で入ることも不可能。
 結局、自分の通学圏内にある花丸高校へ進学。一年間、ガムシャラに練習した。赤点で補習を受けないよう懸命に勉強もした。
 その成果からか一年の秋には秋にはベンチ入りを果たすことが出来た。だが、お世辞にも強いとは言えない花丸高校。似たようなレベルの高校との練習試合でも泥仕合を繰り広げ、一点差を追いかける展開で最終回ツーアウト。
 ―――嗚呼、これはもうダメだ。
 諦めかけたその時だった。
 「広い銀河の星に、ピンチになったら現れる! 粋でクールなナイスガイ! レッド参上!」
 スコアボード上に人影。全身を赤い戦隊物ヒーローのスーツに身を包んだ謎の人物。
 一体誰なんだ……?
 颯爽とグラウンドに降り立ち、呆然と立ち尽くす敵陣営と審判を無視して空っぽのバッターボックスに立つ。
 そして、その初球。
 澄んだ金属音が球場内に響き渡り、白球はスコアボードの上を遥かに越えて青空の中へと消えていった。
 絶望の淵から奇跡の大逆転。思わぬ助っ人の登場によってもたらされた勝利に、花丸高校ナインは大いに沸き立った。

 翌日。
 “レッド”と名乗るヒーローは野球部に入ってきた。転入手続きとか色々面倒なことはあるのに。
 昨日の試合を勝利に導いた立役者として監督も部員も大いに入部を歓迎した。特にオタクっぽい性格の湯田君に至っては興奮して収まらない状況だった。
 レッドは「野球のことはあまり知らない」と語っていて、自分に色々と質問してきた。初めは基礎体力を作るべく走りこみをした方がいいとアドバイスをすると即座に聞き入れて走り始めた。ルールのこともあまり分かっていないにも関わらず、あの逆転サヨナラホームランを打てるというのは大した才能だ、と思う。
 こんな頼りになる部員が入ってくれることはオレにとっても大歓迎だ。色々と謎は多いけど、貴重な戦力に変わりはない。
 頼もしい助っ人の登場に、明るい未来を予感させた。

 レッドは姿恰好はヒーローだが、実際にもヒーローとして活動していた。
 最近頭に袋を被ったワルクロ団という集団が人々を困らせる事案が発生していたこともあり、ヒーローはその対応に追われていた。
 野球とヒーロー、二束の草鞋を見事にこなしていることには頭が下がる。
 ……オレも負けないで頑張らないと!

 練習試合で東キャプテンが怪我をした。東キャプテンは弱小のウチには勿体無いくらい野球が出来る人で、その上に性格も良くて頭も良いしルックスもいい。
 レッドが加入してくれたこともあって甲子園にグッと近づいたと思っていた矢先の出来事だけに、気持ちが一気に沈んだ。
 その翌日。
 今度は青いヒーローが野球部に現れた。
 「東キャプテンが戻るまで力を貸そう」
 確かにヒーローが加入してくれることで東キャプテンの穴は埋まるだろう。でも……なんだろう、この気持ち。
 頭の片隅に微かな違和感が引っかかったけど、口にすることは控えた。折角来てくれたヒーローに悪いから。



 ブルーは東キャプテンが復帰してからも居座り続け、さらに勝野先輩が失踪した穴埋めにイエローが加入した。これでヒーローは三人になった。
 赤・青・黄で信号みたいだな、とふと思うが、よくよく考えてみればヒーローが増えることは決して好ましいことではない。
 確かにヒーローの実力は本物だ。野球の経験が浅いとは言え、持ち前の身体能力で野球の経験が上のオレ達よりも実力がある。監督ならヒーローを試合で使うだろう。
 だが、それは九つしかないレギュラーの席が三つヒーローで埋まることを意味する。ヒーローが増えれば増えるほど、オレ達の出番が少なくなるのだ。
 確かにヒーローが来る前と比べると甲子園に行ける可能性がグッと近くなった。でも、果たして今の状況で本当にいいのだろうか?
 日一日と葛藤は増していくばかりであった。

 不安は徐々に膨らんでいく一方だった。
 練習は常にヒーローが中心。打撃マシンはイエローが占拠して離れないし、その後片付けは控えのオレ達に押し付けられる。
 まだオレはいい。今年入ってきた下級生はヒーローのサポートに廻るばかりで自分達の練習がまともに出来ていない。これだと最低限必要な基礎も身につかず、伸びしろが大幅に削られてしまう。
 そのことをレッドに進言すると「俺達がメインなんだから」と切って捨てた。確かに実力的にはヒーローがメインだろう。でも、これでいいのか。
 自分達の力で甲子園に行くこと。それのみに的を絞って練習していたら、後輩達はどうするんだ。控えのオレ達の立場は。
 今この状況は決して正しいとは思わない。いつか軋みが来て、破綻するのではないか。そう感じざるを得なかった。



 東キャプテンは大会前に大怪我したことが響いて、試合に出ることなく引退してしまった。
 次のキャプテンにはレッドを指名したが、内心は穏やかではない様子だった。本当ならヒーロー以外の誰かにバトンを渡したかったのではないか。
 こればかりは東さんの胸三寸なので分からない。でも、オレはそう思う。

 レッドがキャプテンに就任してからは完全にヒーロー中心で物事が動き始めた。
 恐らくこのまま何事も無ければオレ達は甲子園の土を踏むだろう。だが、それは本意ではない。
 オレ達が行きたいのだからオレ達の力で行けばいい。ヒーローはいらない。
 ではどうするか。まずはヒーローに比肩するだけの実力を養う必要がある。少なくともヒーローの倍、部活が終わってからも練習すれば二倍になる。
 ヒーローが我が物顔で野球部を取り仕切っていることに対して不満を持っている部員はオレ一人だけではなかった。オレの提案に多少の不平不満を口にする者もいたが、最終的には皆がやると決めた。
 それからは地獄の連続だった。練習量が倍になるからと言って時間が倍になる訳でも体力が倍になる訳でもない。ヒーローに何かあると勘付かれては元も子もないので平静を装うのに苦労した。
 だが、全ては自分達の手で甲子園行きの切符を掴むことだった。厳しい練習にも歯を食いしばり、必死に耐えた。
 そうした日を一日一日積み重ねていく内に、知らず知らず実力が積み重なっていく。



 オレ達はヒーローの添え物なんかじゃない。オレ達こそがメインなんだ。



 練習が終わった直後、オレはヒーローに勝負を申し込んだ。正々堂々と野球で勝負をして、もしオレ達が勝ったら野球部から出て行ってくれ、と。
 最初は何を言っているのか分からない様子だったが、すぐに事情を理解したらしく二つ返事で了承した。
 「その代わり、俺達が勝った場合はお前達が野球部から出て行け」
 ……やはりそうか。ヒーロー達にとってオレ達は不必要な存在だったか。もし誰かが抜けたとしても代わりはしっかりと用意しているのだ。
 乗っ取るつもりならそれでいい。オレはその間違った考えを、根底から覆してみせる!



 やはり、強い。
 全く野球を知らなかった三年前から今までで、レッドはさらに強くなっていた。基礎をしっかりと叩き込まれ、その土台に経験と技術が上乗せされ、プロ顔負けの実力を誇っていた。
 投げれば150キロを超える豪速球で空振りを奪えるし、縦へ鋭く落ちるフォークや左右に投げ分けるスライダーとシュートで翻弄することも出来る。打てば大きいのも小さいのも打てる頼れる四番。
 エースで四番。まるで漫画の中にでも登場するようなヒーローじゃないか。
 レッド以外も高校生とは思えないくらいの実力者がズラリと勢揃いしている。プロ野球のチームでも互角に渡り合えるんじゃないか、とさえ思える。
 それに対してオレはどうだ。
 150キロを超える速球も無ければ鋭く曲がる変化球もない。制球もまばらでスタミナも劣る。バットを握っても空を切るばかりでホームランなんて打ったこともない。
 とてもじゃないが、物語のメインを張るような役ではない。野球部を賭けて勝負を申し込むなんて馬鹿げているとさえ思う人もいるかも知れない。
 でも、今目の前で繰り広げられている戦いはオレ達の想定の範囲内で進行していた。
 終盤までヒーロー側のリードは一点のみ。この展開はヒーロー達にとっては誤算だったのかも知れない。
 最終回、九回裏。オレ達の攻撃。
 レッドの豪速球は衰えることなく難なくツーアウトまで辿り着いた。しかし次の打者には制球が僅かに乱れ、フォアボールを出してしまう。
 同点のランナーが塁に出た。次の打者は、オレ。
 ベンチの視線がオレに集まる。背中にみんなの思いを乗せ、いざ打席へ向かう。
 ……暑い。日差しが肌に刺さる。全身から汗が噴き出し、汗が雫となって顔を伝ってグラウンドに落ちる。
 気負いはない。不安はない。緊張もしてない。良い意味で頭がスッキリしている。
 もうオレの視界には余計なモノが見えていない。その先に見据えるのは、マウンドに立つ赤い服を着たヒーロー一点のみ。
 マスクを被っているのでレッドがどういう表情をしているのか伺えない。ただ、この状況を楽しんでいるんじゃないか。そう思う。
 ―――嗚呼、そういえばあの時もこうだったな。
 九回裏、一点差を追いかける場面。ランナーが一人塁に居る。
 あの時はレッドが颯爽と登場して逆転サヨナラを決めたんだっけ。
 だが、その救世主は今マウンドの上に仁王立ちしている。悪いが、この勝負勝たせてもらう。
 初球は胸元へ浮き上がるような速球を放り込まれる。ワンストライク。
 二球目。スライダーが隅に決まりツーストライク。あっという間に追い込まれた。
 あとワンストライクで敗北が決まる。だが、不思議と負けることは全く思い浮かばなかった。
 三球目。低めのボールがベース手前で急激に落ちる。明らかに空振りを狙ったボールだったが落ち着いて見逃す。ワンボール。
 四球目。外角高めのストレートをカット。打球は勢いよく無人の内野スタンドへ飛び込んでいく。カウント変わらず。
 五球目。シュートをバットの先ギリギリで当ててファール。カウント再び変わらず。
 この暑い中で九回まで投げているのにレッドは初回と変わらず淡々と投げ込んでくる。こっちは汗だくなのに。
 やっぱり、強い。姿恰好だけじゃない、正真正銘のヒーローだ。
 ヒーローは常に正義の味方であり、悪に負けてはいけない。そういう筋書きならオレ達は悪者に映るだろうな。
 六球目。高めにストレートが放り込まれる。既に百球を超えて疲労も蓄積しているにも関わらず、今日一番の球威で向かってくる。
 でも―――負けられないのはオレ達も同じだ!!
 無我夢中にバットを一閃。手応えが、あった。思い切り振り切ると白球は高々と舞い上がり、ぐんぐんと宙へ向かって伸びていき青空の中へ吸い込まれていった。
 歩くことさえ忘れていた。打球の行方をずっと見送っていた。
 だがフェンスを越えたことを理解した瞬間、体の底から様々な感情が突き上がってきた。感情を抑えきれず声にならない何かを吼えた。
 勝った。勝ったんだ。オレ達は、勝ったんだ!
 ダイヤモンドを一周する前にベンチからみんなが飛び出してきた。レッドは未だにこの結果を理解出来ないのか打球の方向を延々とマウンド上から見ていた。グラウンド上では思わぬ敗北にショックを受けて地面に膝をつくヒーローの姿もあった。
 三塁ベースを周る頃には全員がホームベースで出迎えていた。その輪の中に飛び込むとチームメイトから手荒い祝福を受けたが、その痛みすら今は心地いい。
 これまでの苦労と葛藤が、今この瞬間喜びと達成感へと昇華した。



 オレはヒーローみたいに才能がある訳ではない。ヒーローに勝った今でもその考えは変わらない。
 では、どうして結末はこうなったのか。
 それは最後まで自分の可能性を信じていたから。ヒーローの台頭に腐ることなく、レギュラーの座が遠くても諦めることはなかった。
 執念深いと言えばそれまでかも知れないが、それでも野球を嫌いになることはなく努力を続けてきたことが良かった、のかも知れない。
 実際はどうなのか分からない。でも、神様は時々粋な計らいをしてくれる。
 この先プロ野球選手になれるか分からない。でも、オレはこのまま頑張ってみることにする。ドラフトは高校生だけじゃない、大学生だって社会人だって対象なんだ。東先輩も大学からプロ入りを目指しているみたいだし。
 だから、オレの物語はまだまだ続いていく。どういうエンドになるか見当もつかないけれど、夢を持って努力すればいつかは報われると信じて。




 パワポケ7の主人公を題材にした小説となります。
 pixivにて先行発表した『夢を持つ人』より改題。私の好きなBLACK JACKの作品名から拝借致しました。

 個人的な印象ですが、パワポケ7の主人公って“才能に満ち溢れた人物”という感じではないように思っています。
 助っ人として突如現れたヒーローの実力が際立っているということもありますが、それと対比しても肩を並べる程の才能があるような表現は原作中でもあまり見られなかったと記憶しています。
 なので、『才能溢れるヒーロー』と敢えて対比することで主人公の成長について展開していく形になりました。

 作品の文章量自体もそんなに多い方ではありません(pixivの文字数だと5500字程度)。
 構想1時間執筆1週間という感じでしたが、1年近く創作活動から離れていたことを考えれば上出来な作品だと思っています。
 今後も作品を定期的に書けていければいいなぁ……と考えています。どうなることやら。



 (2015.07.26. up.)

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