捨てた夢




 よし、抑えた。完全にタイミングを外されてバットの先に辛うじて当てただけの打球は、力なくセンター方向へ転がる。
 今日勝てば決勝進出となる大一番。僕のタイムリー2本で2点リードして迎えた最終回。味方の拙《まず》い守備で満塁の大ピンチを招いたものの、このボテボテな内野ゴロを捌けば3アウト。
 試合終了を確信して打球の行方をマウンド上で見守る。しかし……振り返ってみれば、打球を追いかけるセカンドの位置が想像していたよりかなり一塁寄り。打球反応が遅れたか、ポジショニングが一塁寄りだったか、それとも足が遅いか。何《いず》れにしても、これはかなりマズイ。
 頼むから、取ってくれよな。祈るような思いで見つめていたが――白球は、無情にもセカンドのグラブを掠めるように抜けて行ってしまった。しかもセンターは打たれる想定をしておらず定位置に守っていた上にチャージしておらず、セカンドを抜かれた時点でかなり深い位置に居た。
 2アウトだったので二人のランナーは白球が前に転がった瞬間からスタートを切っており、センターがボールに追いつく頃にはサヨナラのランナーがホームに還っていた。
 一打サヨナラの歓喜に湧く相手チーム。一方、あと一歩で決勝進出を逃した悲劇のエースである僕は茫然《ぼうぜん》と立ち尽くしていた。
(嗚呼、これだからイヤなんだ)
 普通なら悔しくて涙が出る場面なのだろうが、僕の心は冷め切っていた。
 小学生の頃は僕が抑えて僕が打てば、チームは勝てた。エースで4番。夢は当然、プロ野球選手。あの頃の僕はなれると信じて疑わなかった。
 純粋に夢を抱いていた僕は、中学生になって現実の壁にぶつかった。
 チームで頭一つ抜きん出ていた僕は変わらずエースで4番を任された。才能ある僕は投げれば抑えれたし、打撃でも成績を残した。中学校へ進学しても僕の才能を以《も》ってすれば対して変わらないと僕は考えていたが、それは違った。
 同年代の投手と比べて速かったストレートや大きく曲がる変化球は、小学生の頃だと空振りを面白いように取れていたがバットに当てられるようになった。三振ならキャッチャーが取り損なわない限りアウトに出来たが、バットに当てられるとゴロでもフライでも味方に委《ゆだ》ねなければならない。バックの守りはお世辞にも堅いとは言い難《がた》く、僕がアウトと思っていてもヒットやエラーになるケースが多々あった。
 打撃でも外野手の頭を越えればスリーベースやランニングホームランを量産していたが、中学生になると柵越えするだけのパワーが自分自身には持ち合わせていない事を痛感させられた。打率こそ高かったがツーベースやシングルヒットばかりで、得点圏にランナーが居ない限り打点を稼ぐ事が出来なかった。
 チームメイトの力をある程度借りなければならなくなった結果、僕はチームを勝利に導けなくなった。そして、このザマである。
 一人のスーパースターを擁していても他の八人の所為《せい》で負ける、それが野球の面白さであり、怖さだ。野球はチームスポーツである事を痛感させられた。
(辞めた。他人に足を引っ張られるのはウンザリだ)
 他のチームメイトが悔し涙を流したり肩を落としたりする中、僕は野球との訣別《けつべつ》を固めた。中学3年の夏、幼い頃から抱き続けてきた夢を捨てた決定的な瞬間でもあった。



[ 捨てた夢 ]



 小・中学の実績や才能を買われて幾つもの甲子園常連校からスカウトの誘いがあったが、全てを断って地元の高校に進学した。進学先は極東亜細亜恒久平和高等学校、通称“極亜久《ごくあく》高校”。その通称もあってか地区内の不良が多く集まる悪名高い学校だが、野球選手になる夢をスッパリ諦めた僕には脚光を浴びないという点では好都合だった。極亜久高校にも野球部は存在していたが先述したようにガラの悪い連中が集まる学校の中でもさらにクズ率が高いのもあり、誘われることは全く無かった。
 チームスポーツのデメリットを嫌という程痛感させられた僕が選んだのは、テニス部。週刊少年誌でテニスを題材にしたマンガが人気を博しているのもあるが、個人スポーツである点が最大の決め手だった。テニスはシングルだけでなくダブルスもあるけれど、九人でやる野球より他人に依存する割合は少なく許容範囲内である。
 バットをラケットに、帽子をヘアバンドに替えテニスプレーヤーとなった僕だが、僕の才能は野球に限定されてなかったみたいでテニスでもその実力は遺憾《いかん》なく発揮された。入部当初はルールすらまともに分からなかった僕は、夏休みを終える頃には部内のエースの立ち位置を確立するまでになった。端正なルックスも相まって、僕は校内の女子から黄色い声援を受ける程だ。いやー、文武両道のイケメンはこれだから困るな。
 プロテニスプレイヤーの階段を順調に昇り始めた僕の元に、夏休みが明けて暫くして予期せぬ来訪者があった。。
 この日もテニスの練習に勤しもうと部室で準備している僕は、明らかに部外者の男子生徒が顔を出した。学校指定の制服とは異なる学ラン姿で、見慣れない顔だったので転校生か。
「こらこら、そこのキミ。我がテニス部の備品を、汚い手で触らないでもらえるかな?」
 明らかに誰かを探している風の男に声を掛けると、あちらから訊《たず》ねてきた。
「君は誰だい?」
「僕はテニス部の“三鷹”という者だ。人呼んで“コートの貴公子”とは、この僕のことさ」
 髪をたくし上げながらそう告げると、やや呆れたような視線を浮かべる男。失敬《しっけい》な。これだから男は嫌なんだ。
「聞きたいことがあるんだ。テニス部に野球をやっていたことのある人はいないかな?」
 野球。僕が訣別した禁句。誰か知らないが僕の事を聞いてこの男はやって来たという訳か。
「あぁ、それなら僕のことだね。中学の時にエースで4番だったよ。まぁ、大会はベスト4止まりだったけどね」
「なんだって? それなら野球部に来てくれないか!」
 僕が経験者で実績があると目の色を変えて勧誘してきた。そういえば、野球部は秋の大会前にひと悶着《もんちゃく》あって廃部寸前になっていると噂で聞いていたな。
 まぁ、答えは決まっているけど。
「ハハハ。やだね。じゃ、僕はテニス部の練習があるから」
 アッサリと返すと僕はコートへ向けて歩き出した。
 あの男が僕の過去をどれだけ知っているか分からないが、もう金輪際野球はやらないと決めているのだ。あんな惨めな思いは二度としたくない。
 夢を本気で追っていたからこそ心の傷は深い。捨てた過去を振り払うように、足早にコートへ向けて歩いていった。

「おーい、三鷹君はいるかい?」
 その後、あの男は一週間連続でテニス部に顔を出すようになった。最初の内は物珍しそうに眺めていた他の部員達も、一週間経つと「またか」と当たり前のように受け入れていた。
「キミもしつこいな。野球なんて泥臭いスポーツはもう卒業したんだよ。カッコ悪いしね。女の子にもウケが悪いんだ」
 根負けした僕は未練を断ち切るように言い放つと、男の方も予《あらかじ》め想定していたのか返す刀で告げる。
「ちょっと待ってくれ。テニスより野球の方がマスコミ受けがいいぞ。それに、甲子園大会は全国中継でスター選手は日本中でモテモテだ」
「キ、キミは、口が巧《うま》いようだね」
 悲しいかな、よく分からない男の言葉にグラつく。
 日本でプロスポーツを聞いて真っ先に浮かぶのは野球だ。テレビで中継されるのもテニスなら世界四大大会くらいだが、野球ならプロのみならずアマチュアの高校・大学も含まれる。アマチュアで脚光を浴びてスター選手として鳴り物入りでプロ生活をスタートさせる人も少なくない。
 確かに野球はチームスポーツだが、プロ野球選手は基本的に個人事業主。年俸は全て自分のものだ。テニスの大会でも優勝すれば巨額の賞金が手に入るが、成績を残せなければ額を稼げないシビアな一面もある。人気も金もテニスより野球の方が上だという男の話も一理ある話だ。
「……そうだな。僕とちょっとしたゲームをしないか? それでキミが勝ったなら野球部に入ってやろう。」
「どうして、そうなるんだい?」
「何処の誰とも分からない、キミの言う事を聞くなんてシャクじゃないか。キミにどれ程の価値があるのか見せてくれれば、僕も納得出来ると思うんだ」
 仮に入部するとして男の言うままというのは僕のプライドが許さない。部員不足で困っているところに三顧の礼で迎えられるのは悪くない話だが、どうせ入るなら目の前に居る男の価値を確かめてからでないと気が済まないと。
「……とにかく、俺が勝てば野球部に入ってくれるんだな?」
「もちろん。但し、僕が勝ったら今日からキミは“負け犬”だよ」
 屈辱的な名前で呼ばれる条件を突き付けても引き下がらないので、僕はロッカーから6つの紙コップとスーパーボール・サイコロを取り出す。
「この6つのコップの中にボールとサイコロをそれぞれ1個ずつ入れ、シャッフルする。それから、よく見て僕の質問に答えるんだ。いくぞ!」
 どこカップにボールとサイコロを入れたか示した上で、シャッフルを始める。小学校や中学校にお遊びでこうしたゲームをしていたので手付きは慣れている。男の目が覚えるべきカップを必死に追っている。
 途中で回転速度を上げたりフェイントを挟んだりして、僕は手を止める。
「さて――カップは何回回したかな?」
 誰も『“ボール”や“サイコロ”の位置』とは指定していない。『僕の質問に答えろ』としか言っていない。従って、今日が何月何日や回した回数を訊ねたって、ズルでも何でもない。多少イジワルかも知れないが、これもゲームなのだ。まぁ、野球部に入る気などサラサラ無いので、今日は黙って“負け犬”君には引き下がってもらおうではないか。
 さて、想定外の質問をぶつけられたこの男は、どうするかな。怒る? 戸惑う? それとも……。
「……36回!!」
 僕の予想を覆し、回数を答える。意表を突かれて咄嗟に当てずっぽうで答える人間はこれまで何人か居たが、何《いず》れもやけっぱちで適当な数字ばかりだった。さて、この男は――。
「――当たりだ」
 驚いた事に、正解だった。僕だって質問をする以上は正確に回数をカウントしている。嘘を吐《つ》いて勝つ事も出来るけど、騙して勝って喜ぶ程に捻くれた性格はしていない。
「キミもなかなかやるね。負け犬じゃないね。では、約束通り野球部に入ってやろう。感謝してもらうよ」
 潔く負けを認めた僕は、恩着せがましく入部する意思を伝えた。その足でテニス部に退部届を出した時には残ってほしいと懇願《こんがん》されたが、男の約束を違《たが》えるつもりはなかった。
 こうして、この男――キャプテンによって、一度は訣別した野球をする事となった。但し、プロ野球選手になるという夢は捨てたままだ。僕くらいの実力があれば遊びの延長でやっても悪くない、そう思っての入部だった。

 新生極亜久高校野球部は、いっそ清々しいくらいのごった煮集団だった。
 空手・陸上・サッカー・音楽に帰宅部数名……野球経験者はキャプテンに亀田・平山と僕の四人しか居ない。こんなので大丈夫か? と最初は思ったが、各部でエースクラスの逸材が揃っていただけに筋は悪くなかった。
 小中とエースで4番だった僕は部員を集める事すら困難を極めているチームで変わらず絶対的存在になれる……と考えていたが、そうはいかなかった。先述した各部のエースだった人間はそれぞれ秀でた部分はあったし、何よりキャプテンが凄かった。「将来はプロ野球選手になる」と公言して憚《はばか》らないだけあって、素質だけで言えば部員の中でズバ抜けている。多少の粗《あら》はあるが、このまま伸びれば間違いなく僕を超える逸材だ。ま、まぁ、僕の代わりに4番どころかクリーンナップを任せられる人間が何人も居るのなら、僕はピッチングの方に集中させてもらうさ。
 ところが、だ。
 ストレートの球速とスタミナでは野球未経験者の武田に劣り、制球も凡才な野球経験者の平山に負け、変化球こそチーム一ではあるけれど野球未経験者にも打たれる有様。極亜久高校の投手は僕を含めて三人居たが、全員の実力が拮抗《きっこう》していたが為に軸となるエースは不在だった。
 練習試合でも先発するのはパワー系ピッチャーの武田か全体的にまとまっている平山で、僕は大体リリーフだ。高校野球のリリーフは二番手扱い、絶対的エースとして無双していた過去と比べてしまう自分が居た。
 野球のエースと言えば豪速球にキレ味鋭い変化球を持っていて面白いくらいに三振を奪えるイメージがあるが、今の僕はどれも当てはまらない。変化球の曲がり幅や落差をもっと磨こうと努力するも、あまり成果は見られず自信を失いかけていた。
 どうしてキャプテンは、僕を先発させないのだろうか。その疑問は常にある。キャプテンに直接質《ただ》してみようかと思った事も一度や二度ではない。けれど、答えを聞いて現実を突き付けられる事の怖さが上回って、結局聞けずじまいだった。
 悶々とした思いを抱え、僕が輝けないならまた野球を捨てようかなと思い始めていた時、チームメイトから声を掛けられた。
「三鷹君はリリーフ向きだと思うな」
 そう告げてきたのは、水原。学年一の秀才ながら運動神経も抜群、音楽の才能が特にずば抜けている男だ。
「……スターターになれない僕への慰《なぐさ》めかい?」
 ややクサクサした気分のまま応じると、水原は「気休めな言葉なんか掛けないよ」と言ってから続ける。
「言葉通りの意味さ。勝てる確率を高める事を考えたら、一番力のある三鷹君を後ろに回した方がいい。キャプテンもそう考えていると思う」
「でも、無難に考えたら実力のある投手を先発させた方が勝率が上がるんじゃないか?」
 僕の疑問に、水原は首を振った。
「確かに、三鷹君の指摘も一理ある。しかし、どんなに凄い投手でも球数を投げてイニングを跨《また》げば疲れでパフォーマンスは落ちてくる。ランナーを溜めた状態で力の劣る投手を登板させて、火消しが出来る確率は低い。切り札は後ろに取っておくのがベストだ」
 説得力のある言葉に、僕も頷く。
 武田みたいな体力オバケならいざ知らず、大半の投手は試合後半になると体が重くなり握力も弱る。球速もコントロールも変化球のキレも落ちれば、打者の餌食に遭う。嵩《かさ》に乗った相手の勢いを止めるのは、一線級の投手でも難しいのに実力で劣る投手には些《いささ》か荷が重い。
「三鷹君は地頭がいい。武田君みたいに何も考えずキャッチャーのミットに投げ込むタイプも良いが、配球を自分で組み立てられれば相手を抑えられる確率はより高まる。そして何より、ピンチになっても相手を見下《みくだ》すクレバーな性格もリリーフにピッタリだ」
「……それは褒めてるのか?」
「当たり前だ。ピンチでオタオタされるより開き直られた方が守る側からしても頼もしいからね」
 守備の要《かなめ》であるショートを守る水原の一家言《いっかげん》に、僕も思わず唸らざるを得なかった。
 1イニングを無失点で切り抜けたいなら三者三振に抑えるのがベストだが、毎回そう上手くいくとは限らない。ゴロなりフライなり他の8人の野手に頼る場面も当然出てくる。下手な守備で足を引っ張る事もあれば、目の覚めるようなファインプレーで助けられる事もある。お互いに持ちつ持たれつの関係だ。
 投手がバックの野手に頼りたくない思いが強過ぎるが故に独り相撲となって自滅する事も珍しくない。現に、中学時代の僕はそうだった。しかし、よくよく考えてみれば、守っている側の野手もマウンドの投手に委《ゆだ》ねている部分が大きいのだ。信頼の置ける投手がマウンドに上がってくれれば、それだけ心理的な負担も軽くなる。引いては、野手の動きに良い作用が働くというのだ。
「まぁ、直《す》ぐに信じられないかも知れないとは思うけれど、三鷹君はこのチームの切り札という事は覚えておいてほしいな」
 それだけ言うと、水原は自分の練習に戻って行った。
 ただ一方的に言われただけだったが、それでも僕の心は幾分穏やかになっていた事に気付くのは、もう少し先の事だった。

 最後の大会となる夏の大会。一回戦では秋の大会で甲子園行きの切符を争った大東亜学園を激闘の末に破り、これ以上ない滑り出しを見せた。
 極亜久高校野球部は着実に強くなった。個々の実力が上がったのもあるがチームのまとまりや結束も高まった事で、地区屈指の強豪チームへと昇華していた。
 目指すは昨秋に果たせなかった甲子園出場。強敵・大東亜学園に勝利した事から決勝まで順当に勝ち上がるだろう……誰もがそう思っていたし、僕自身も信じて疑わなかった。
 二回戦の相手は、赤とんぼ高校。万年一回戦負けの弱小校で、初戦は泡沫校とノーガードの打ち合いという泥仕合の末に奇蹟的に勝ち上がってきた。大東亜学園と比べれば月とスッポン、万に一つも負けるなんて有り得なかった。日頃冷静な見方をする水原ですら「間違いなく勝てる」と断言していた。
 しかし、過ぎた自信は驕《おご》りに繋がる。
 大東亜学園の投手は150キロを超える速球を持つ投手ばかりだったのに対し、赤とんぼ高校の投手は120キロ出れば早い方で、時に80キロを下回る超スローボールも投げてきた。これには野手陣は前回との球速差で完全にタイミングを狂わされ、芯を外して凡打ポップフライを量産する。
 また、この日先発した武田も自慢の豪腕から放たれるストレートをストライクゾーンに入れていれば赤とんぼ打線を零封するのは簡単な筈なのに、味方打線が沈黙している事に焦りを覚えたのか制球が定まらず、5回までに4連続四球の押し出しなどで2失点。弱小校を相手に楽勝ムードから一転ビハインドのまま試合は後半戦へ突入した。
(これはマズイな……)
 ベンチの空気が、明らかに重たい。グラウンド整備の待機時間中、誰一人として言葉を発しようとしない。皆、焦りや緊張・プレッシャーで顔が強張っている。これまで幾度も番狂わせを演じてきた極亜久高校野球部の面々も、追われる立場を経験していない弱さがここで露呈した感じか。
 悪い雰囲気に呑まれたくない僕は肩を作りにブルペンへ。この展開だと僕の出番は早いかも知れない、という読みも含めての行動だ。
 ブレイクタイムを挟んでも、流れは変わらない。マウンド上の武田は相変わらず大荒れで、6回も8連続ボールと立ち直る兆しが見られない。赤とんぼ打線も無理に打ちにいかず自滅を待っている感じだ。
「タイム!」
 堪《たま》らず監督がタイムを要求。これ以上の失点は致命傷になりかねないと判断したようだ。
 送り出されたのは、当然ながら僕。相手の実力を鑑《かんが》みれば平山でも大丈夫だと思うが、相手に勢いがある為に気弱な平山では大崩れしかねない。
 何時《いつ》だったか、水原から掛けられた言葉が脳裏を過《よぎ》る。『三鷹君はこのチームの切り札だ』と。……そう思われていると考えると、悪い気分ではない。
「難しい場面だと思うけど、頼むよ」
 そう告げたキャプテンは、肩をポンポンと叩いてから守備位置に戻っていった。他の内野陣もそれぞれの位置につく。
 さて……状況を整理しようか。ノーアウトでランナー一塁二塁。打順は2番で特筆すべき巧打も長打もない。この後の3番4番はウチの打撃に自信のない選手レベルくらいの能力はある。
 大丈夫。僕が慢心さえしなければ三者凡退に抑えられる。ピンチを背負った場面でも、僕は冷静だった。
 マウンド上でフーッと息を吐く。キャッチャーの亀田のサインはストレート。それに頷いた僕は投球動作に入る。
 横から繰り出される右腕から放たれた白球は、真っ直ぐミット目掛けて突き進む。18.44メートル先のミットへ収まる寸前、振り出されたバットが白球を捉えられた!!
 打球はレフト線の延長戦上に立てられたポールから大きく左に逸れてスタンドに入った。タイミングが遅かったから命拾いしたものの、一歩間違えればホームランにされていたかも知れない。
(僕としたことが、迂闊《うかつ》だった)
 武田のストレートは140キロ台なのに対し、僕のストレートは最高速度130キロ。武田の速球に目が慣れている相手バッターからすれば、僕のストレートは遅く感じられる。この差がバッター心理に有利に働いたのだ。
 女房役の亀田は、頭がそんなに良くない。そして、バッテリーを組む投手や相手打者の特徴や心理を読むといった気配りも出来ない。恐らく何も考えずにストレートのサインを出したに違いないし、この大ファウルを打たれても何も感じないだろう。
 そんな僕の予想通り、亀田は同じコースにストレートを要求してきた。僕は即座に首を振る。
 ダメだ、亀田は当てにならない。僕自身が配球を考えて組み立てていかないと。
 僕の方からサインを出す。亀田の方は多少困惑した様子だが拒絶する感じではない。息を一つ吐いてから投球動作に移る。
 アウトコース低めから外へ逃げていくカーブ。バッターは再び打ちにくるが、バットは空を切る。これで1ボール1ストライク。
 3球目。今度は真ん中アウトコースのボールゾーンから内に入ってくるシンカー。バッターは見逃すもストライク。1ボール2ストライクで追い込んだ。
 4球目。アウトコース高めにストレートを投じるもバッターは釣られず。2ボール2ストライクの平行カウント。
 振らなかった事は別に気にしていない。仕留めるのは次と決めていたから。
 5球目。3球連続で集中していた外から一転してインコース真ん中に投じられた。チャンスボールだと思ったバッターはスイングする。
 しかし――ベース手前で変化したボールはバットの下を通り過ぎていった。フォークで空振り三振に抑え、これで1アウト。
 まずアウトを一つ取れて僕はホッとする。しかし、ピンチはまだ終わっていない。気を緩めず、次のバッターに意識を集中する。
 左のバッターボックスに入ってくる3番バッターは、今日ヒットを1本放っている。内野と外野の間にポトリと落ちるポテンヒットとは言え、ヒットに変わりはない。この場面で同じような打球を打たれれば二塁ランナーが生還しかねない。
 理想はゲッツー。ただ、ゴロよりフライの方が望ましい。最悪、進塁打は打たれてもいい。状況を整理出来た僕は、抑える確率を高める為に敢えてリスクのある配球を選択する事にした。
 初球。外角高めのボールゾーンから内へ曲がってくるカーブを投じる。打者は反応なし。1ボール。
 2球目。今度はバッターの胸元へストレートを投げ込む。自分に向かってくるボールにバッターは思わず体を引いて避ける。2ボール。
 コントロールが乱れればバッターに当たって満塁になったかも知れないと肝を冷やした亀田だが、僕は別に気にしていない。塁を全て埋めれば守りやすくなると割り切っていた。
 ここまでの2球は高めを意識させる為。制球が乱れていると思ってくれれば儲けもの。次が勝負球だ。
 3球目。真ん中やや低めの少し外寄りのゾーンに投じられたボールに、コースが甘くなったと判断したバッターが打ちにきた。
 バッターは恐らくストレートと思っただろうが、違う。一球前に投じたストレートは、敢えて腕の振りを緩めてスピードを抑えたのだ。
 ストレートのタイミングでスイングしたが、ベースの手前で外へ逃げるように沈む。辛うじてバットの先端に当てたものの、芯を外した打球はショートの方角へ転がっていく。
 自分の方に転がってきた打球を水原は落ち着いてグラブに収め、セカンドのボブへ優しくトス。ベースを踏んでいたボブが一塁に転送し、バッタランナーが到達する前にファーストを守るキャプテンのミットに収まる。
 理想通りのゲッツーを見届けた僕は、仕事が完了したとばかりに落ち着いた足取りでベンチへ歩いていった。本当はグラブを叩いて喜びを表現したかったけれどそれは止めておく事にした。勝ち越した訳でもないし、何より僕のキャラに合わない。
 その後、呪縛から解き放たれた打線はこれまでの沈黙が嘘のように打ち出し、終わってみれば8回コールドで勝利を収めた。この後僕達は快進撃のまま甲子園優勝を遂げるのだが、もしあの時僕が抑えなければ深紅の優勝旗は手に出来なかったことだろう。……それくらいの仕事を成し遂げた、と思っておこう。

 野球はチームスポーツだ。その前提は覆せない。ただ、九人の個人が打って、走って、投げて、守る事で、スポーツとして成り立つ。
 詰まるところ、チームスポーツである以前に個人スポーツなのだ。相反する事を言っているようだが、間違った事は言っていない。プロ野球選手はチームと契約する“個人事業主”である事がそれを証明している。
 秋のドラフト会議で指名されなかった僕は、割り切って次の目標に向けてスタートしていた。学校側から再三進路届の提出を求められているが、進学も就職もする気は僕にはない。
 授業が終わると、僕は真っ直ぐ下校する。周囲には「バイトがある」とか「合コンがある」と言っているけれど、本当は違う。向かった先は河川敷のグラウンド。ジャージに着替えた僕は堤防沿いの遊歩道をランニングしてウォーミングアップを済ませると、水原君の考案したトレーニング機材で筋トレしたりネットへ向けて投げ込みをしたり練習に励む。
 僕が照準に定めるのは、来年秋に開催されるトライアウト。そこで結果を残して、プロ野球選手になる。
 一度捨てた“プロ野球になる”という夢を本気で叶えるべく、退路を断つ。泥臭い? ダサい? ……外野は何とでも言えばいい。結果で見返すだけさ。それに――敢えて厳しい道に進んで逆転するストーリーってカッコいいではないか。
 誰の手も借りず、僕こと三鷹光一は今日も一人トレーニングに勤《いそ》しむ。遠くない未来、大観衆で埋め尽くされたスタジアムでカクテル光線に照らされたマウンドの土を踏んでいる自分の姿を思い描いて。



[ 捨てた夢を拾って ] 了




 前作から2年4ヶ月が空いてしまいました。本当ならば年に一作品書ければいいのですが、アイデアとモチベーション次第というのが歯痒いところでして。
 事の始まりは2月の頭。入浴中にBUMP OF CHICKENの『分別奮闘記』が頭に浮かび、「これはパワポケに結び付けられないか」という気持ちに至り、誰か当てはまらないかなと探していたら三鷹に辿り着きました。……発想から書き上げるまで約2週間。気分転換も兼ねて書いたものの、もう少しだけ筆が早くならないかと思った次第です。

 書いてみようかなと思い立ったはいいものの、執筆ペースは本当に上がりませんでした。途中利き手の人差し指が第二関節から曲がらず腫れた(原因不明)アクシデントはあったにせよ、タイトルも決まらず水原が登場する少し前のところで1週間程停滞していました。タイトルも先述した部分から後ろの部分も、今日(12日)に一気に書き進めた次第です。
 入部までは原作のセリフを元にしていますが、そこから先はほぼオリジナルの要素が強くなりました。この話を書こうと思った当初は「こういう感じで書き出して、こういう展開にして」という大枠は固まっていたものの、どういう感じで締めるかまでは決めていませんでした。最終日に中盤部を書いている時にふとアイデアが浮かび、それと前後して3年夏の山場が浮かび、一気に形になった次第です。
 ……ホント、勢いって大事ですよね。

 久し振りの二次創作でしたが、なんやかんやはありながらもかなり楽しく書けたかと思います。一時期の原作に限りなく近い作風からオリジナル要素も織り交ぜた作風に変化しているのは調子が良い証なのでしょうか、どうなんでしょうか。かれこれ二次創作界隈に(空白期間はありますが)20年在籍しておりますが進化しているの、のですかね?
 また機会とアイデアが浮かべば、パワポケ二次創作にチャレンジしてみたいと思っています。
 感想等々を頂けると、励みになります。

(2024.02.12. up.)

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