今日は、花丸高校の文化祭の日。
高校生活初めての文化祭。普段目にする学び舎が、生徒達の手で飾り付けられていて、見ているだけでテンションが上がってくる。
お祭りは、好き。この独特の雰囲気の中に居ると、心がワクワクしてくる。行き交う生徒達の表情も凄く楽しそうだ。
たこ焼き、焼きそば、アイスクリーム、お化け屋敷、ヨーヨー釣り……。それぞれが趣向を凝らした模擬店を出していて、見ているだけで目移りしてしまう。
「あ、先輩」
探していた人物を、やっと見つけた。
多くの人が制服に身を包んでいる中、目を引く紅白を基調とした野球部のユニフォーム姿。取り立ててイケメンではないけど、性格は超イケメンな先輩。
私が花丸高校に入ったのも、先輩がキッカケ。
入試の日に受験票を失くしてしまってパニックになる私を、先輩は側について応対してくれた。ホントは滑り止めで受験したけど、この出来事で私は先輩が居るこの学校に入ろうと決めた。その決断は、今でも正解だったと胸を張って言える。
「……えー!? ここ野球部の店ですか!?」
驚きで声を上げる私に、先輩は少し困惑したような顔で「そうだよ」と応える。
「だってここ、手作りケーキの店ですよ?」
驚くのも無理はない。日々球を追いかけてユニフォームを泥だらけにしているあの野球部が、手作りケーキの店を出すなんて誰が予想出来ますか?
先輩がケーキを作るイメージが、全然想像出来ない……。
「うん、お茶も飲めるよ」
見れば、先輩と同じ格好をした野球部員がお客さんにケーキを運んだり注文を取ったりしている。接客に慣れてないのか、笑顔がややぎこちない気がする。
「本当に野球部の店ですか?」
「もちろん。ケーキは、野球部のみんなで作ったよ」
「えー、なんか嫌だなぁ」
「嫌って……なかなかの出来だよ?」
店先でゴネる私を困ったような笑顔でおススメしてくる先輩。その姿も素敵。
「えー、でもなぁ。……霧島先輩の作ったのあります?」
霧島先輩は、野球部のマネージャー。見た目のキレイで気配りも出来る、素敵な人。秘かに恋心を抱いている人も少ないとか。
先輩を含めた野球部の人が作ったケーキだと若干の不安があるので、料理も出来ると噂される霧島先輩のケーキを安牌で選ぼうとしたが……。
「いや、敢えて作ってもらってない」
先輩、満面の笑顔で無慈悲の死刑宣告。
「うわぁ……余計食べたくなくなってきました……」
「まぁ、そう言わずに」
本気で気落ちする私に、なんとか宥めようとする先輩。
「じゃあ、先輩の作ったやつで……」
「うーん、俺のでいいの? みんなの中では、かなりイマイチな感じだけど……ほら、これ」
先輩が示したのは、確かにイマイチな見た目のケーキ。正直に言って……美味しくなさそう。
「ほ、ほら、東さんのなんて、かなりいけてるよ? 見た目も味も文句なし! ……これにしたら?」
ドン引きする私に、先輩はイチ押しの東先輩のケーキを提案してきた。
東先輩は私と同じ中学出身の二個上の先輩で、ちょっとだけケガしやすいけど文武両道・品行方正の素晴らしい先輩だ。料理の腕も完璧で、並べられているケーキの中で飛び抜けて美味しそうである。
確かに、先輩と東先輩と比べれば、間違いなく食べたいと思えるのは東先輩のケーキだ。でも……。
「いいんです! 私は、先輩のが食べたいんです!」
あんまりな見た目に狼狽えたけど、私は先輩が作ったケーキが食べたいのです。先輩のだから食べたいんです。
沢山ある中で見栄えの悪い自分のケーキを私が選んだことに、「不味くても文句言わないでよ?」と弱った顔で差し出す先輩。
大丈夫です、先輩、私、信じていますから。
「……」
覚悟を決めて、ケーキを口にパクリ。
その様子を、不安そうな表情で私の方を見つめる先輩。
「―――あ、先輩。美味しいじゃないですか。見た目はともかく、いけますよこれ」
私の答えに、先輩は「そう?ならよかった」と心の底からホッとした表情を浮かべる。
見た目は悪いけど、お世辞でも何でもなく味は本当に美味しい。これなら幾つでも食べられる。
「他の人のは、もっと美味しいよ?」
「えーと……遠慮しておきます。あんまり食べると、太りますから」
先輩から勧められたが、やんわりと断る。私が食べたいのはあくまで“先輩が作ったケーキ”であって、“先輩以外の作ったケーキ”ではない。
私はキレイに先輩の作ったケーキを平らげると、聞きたかったことをぶつけてみた。
「……ところで先輩。いつから休憩ですか?」
「うーん、とりあえず30分くらいで交代かな」
「じゃあ、それから一緒に回りましょう!」
これ幸いと誘ってみると、先輩も嫌ではないみたいで「そうだね」と快く応じてくれた。
「どこに行ったらいいかな?」
「あ、30分経ったらまた来ます」
先輩は働いているのだから私が迎えに来ると伝えると、「そう? じゃあ待ってるよ」と受け入れてくれた。30分くらいなら校内をブラブラしていればあっという間だ。
……でも、あんまり色々な所には行かないようにしよう。だって、先輩と一緒に回る時の楽しみが減ってしまうから。
静寂に包まれたいつもの光景とは違う、賑やかな雰囲気を味わいながら、30分が経つのを心から楽しみにしていた。
「あーあ、文化祭終わっちゃいましたね」
帰り道、夕暮れに染まる川沿いの道を先輩と一緒に歩く。
今日は目いっぱい楽しんだ。先輩と一緒に校内を散策して、お互い好きなものを買って、ゲームで競ったり。……本当に楽しかった。
中学でも文化祭はあったけど、高校の文化祭がここまで楽しいとは思ってなかった。
「今日は、私と回って良かったんですか?」
「どうして?」
「他に、その……」
先輩は、私の顔をキョトンとした顔で見つめている。その視線が、熱い。
平静を装っているけれど、胸が凄くドキドキしている。この心臓の音が先輩に聞こえるのではないかと内心ビクビクしている。
「……好きな人とか、いないんですか?」
……遂に、聞いちゃった。
ずっと知りたかった。ずっと聞きたかった。でも、聞けなかった。もしも『いる』って言われたら、どうしよう……。
先輩は私のことを可愛い後輩だと思っているけど、私は違う。
初めて会ったあの日から、先輩のことが好きだった。好きで、好きで、たまらない。
恋焦がれて、胸が張り裂けんばかりにドキドキすることもあった。この思い、抑えられない。
文化祭でいつもと違う感じになっているから、思い切って聞いてみた。果たして、先輩の答えは―――!?
「いるよ」
私の気持ちとは裏腹に、先輩はサラリと答えた。
「あー……やっぱりいるんですか……」
「うん」
先輩はニッコリ笑う。
意外と先輩、女子から人気あるんだよなぁ……。覚悟はしていたけど、やっぱりショック。
「春香ちゃんは?」
「え!? わ、私ですか? 私は……えーと……いません! いる訳ないじゃないですか! 嫌だなぁ、あはは……」
先輩からの思いがけない質問に、私は元気よく返す。フラれたショックを隠すように、精一杯の空元気で。
「うーん、残念……」
「え?」
私の返事に、何故か明らかにしょんぼりする先輩。え、何で? 何で先輩が落ち込むの?
頭がこんがらがる私を置き去りにして、先輩はさらに追い打ちをかけるような一言が飛び出す。
「ちょっとは、期待していたんだけどなぁ」
「期待って……」
ちょっと待って。情報量が多すぎて、頭がパンクしてしまいそう。『期待していた』ってことは、つまり、どういうこと……?
「俺は、春香ちゃんが好きだよ」
満面の笑顔を浮かべた先輩は、ストレートな言葉を伝えてきた。
「え、ええ!? でも、さっきは好きな人がいるって……」
「うん、だから春香ちゃんが好き」
臆面もなく、先輩はヒマワリのように輝いた笑顔で繰り返した。ま、眩しすぎる……。
「うわぁ……不意打ちです……いるって言うから、てっきり別の……」
顔が火照って両手で頬を挟む。ズルいよ、そんな言い方……ホントに勘違いしたじゃないですか。
そして、私は致命的な発言をしていたことを思い出した。
「……あ、あの! さっきの嘘です! わ、わ、私も好きです! 先輩のことが……」
皆まで言う前に、先輩は私の手を取って、キュッと握ってくれた。
嬉しい……両想いだったらいいなぁと思っていたけど、ホントに両想いだったなんて。
それから、先輩と私はお互いに見つめ合いながら、時々恥ずかしがりながら、家路についた。
お祭りって、人々の気持ちをウキウキさせてくれるから、いつもより少しだけ勇気になれる。まるで魔法にかかったみたい。
私と先輩の関係が、いつまでも長く続きますように……!
了
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