「キャー、レッド様ー v 」
黄色い歓声が廊下に響く。女性達が一目散にその方角へ向けて駆け抜けていく。
この高校にはヒーローが居る。テレビの中にいるはずの戦隊物ヒーローが現実に存在しているだけで大騒ぎだが、それが高校生をしているというシュールな光景。
授業は真面目に受けて、放課後は野球に勤しんで、緊急出動がある時は何があっても即座に出動。時には商店街などでボランティア活動もしている。
そのため学校内での人気は非常に高い。非公式ファンクラブも校内にあるとかないとか。
……でも、私には何故こんなに人気があるのかわからない。もっと格好いいヒーローがこの高校にもいるじゃない。しかも二人。
『 HERO ' s 』
昼休み。一緒にお昼ご飯を食べていた友達と別れて私は生徒会室に向かう。
今年入学した私は生徒会のメンバーではない。品行良好な私に呼び出される理由などない。
では何故そこに行くのか?答えは簡単。この時間なら生徒会室に一人目のヒーローはいるから。
ガラガラと扉を開けるとヒーローは窓際に座って静かに本を読んでいた。誰か入ってきたか確認のため顔を上げた。
その名前は、東優。生徒会長であり、野球部の前主将。容姿端麗、頭脳明晰。運動神経抜群な上に人望もある。
「やぁ。春香ちゃんじゃないか」
今まで読んでいた本を横に置いて私に微笑みかけてくる。この柔和な笑みに何人の女性を虜にしたのだろうか。
実際クラスの中でも東さんのことが好きって人もいるけれど、私から見れば“頼れる先輩”って感じだ。
中学校が東さんと一緒で、その頃も今のように面倒を見てくれていた。まさか同じ高校に進学しているとは思ってもいなかった。
「東さん、何読んでいたんですか?」
持っていた本の題名は『体調管理読本』。
完全無欠と思われているヒーローが抱える唯一の弱点、それはちょっとケガしやすいこと。
何もないところで躓いて足首を捻挫したり、物を持ち上げた際に筋を違えたり。そのせいで大事な試合に出れないことも。
― ― ―
最後の大会の直前にもケガをしてしまった。いつものように生徒会の仕事を手伝って荷物を資料室まで運んだ時に、崩れてきた荷物から私を庇ったため。
お見舞いのために何度も病室に通った。早く治癒することを祈って。それでも、大会までに完治するのは難しいとのことだった。
私は自分を責めた。私のせいで先輩は最後の大会に出られなくなってしまったのだ。きっと先輩は私のことを恨んでいるはずだ。
そう思うと耐え切れず、試合に出れないと判った次の面会時に謝った。
謝って許されるなんて甘い考えはない。でも、どうしても謝りたかった。普段温厚な先輩から罵声を浴びることも覚悟した。
思いつくままに言葉を並べて、誠心誠意を尽くして頭を下げた。
いつの間にか涙が滲んできた。目の前の景色が霞んで見える。
「……春香ちゃんが無事で良かった」
上から降りてきた言葉が信じられなかった。驚いて顔を上げると、そこには普段と同じように穏やかな笑みを湛えた東さんの姿だった。
「元々半年以上もブランクがある人間だ。仮にボクがキャプテンだったとしてもベンチに入れていたかさえ疑わしいからね」
そんなことはない。
野球に対する姿勢は他の部員の追随を許さなかった。実力も途中加入してきたヒーロー達にも引けを取らない実力を持っていた。
さらに下級生に対する指導も素晴らしかった。簡潔にポイントを伝えると教えられた部員は見違えるほど上達していた。やる気の無い監督よりも遥かに優れていた。
試合に出れない、なんてことは有り得なかった。
「それよりも本当に怪我がなくて良かったよ。もしものことがあったら可愛い後輩に顔向けが出来なかったところだった」
だから自分を責めることはないと東さんは優しく語り掛けてくれた。思ってもなかった温かい言葉に、涙腺が崩壊した。
― ― ―
野球部を引退してからも体を動かすことはやめていない。怪我しやすい体質であってもプロ野球選手になる夢は諦めていないようだ。
その証拠に改善させようと努力している。今読んでいた本も解決への糸口を探す手段の一つなんだろうな。
「なかなか参考になるよ。わかりやすくて丁寧に説明されている」
パラパラとページを捲る音が室内に響く。知的な一面を垣間見えるのも近くにいる者の特権なのかな、と一人で思ってみる。
こうして見ると何故彼女がいないのか不思議に感じる。眼鏡をかければインテリなイケメンに映るのに。
読書の邪魔にならないよう、静かに生徒会室を後にした。大丈夫、東さんの努力はきっと実を結ぶ日が来ると信じていますから。
全ての授業が終わると、それまで教室内を包んでいた空気が一気に和らぐ。表情も心なしか皆明るいように感じる。
帰り支度を整えた私はまっすぐ生徒会室へ向かったけれど、今日は仕事がなかったのかカギが閉まっていた。学校に残る用事もないので下校することにした。
一歩校舎の外に出たら様々な音が耳に飛び込んでくる。吹奏楽部が奏でる楽器の音色、校内を部員総出でランニングする足音、楽しそうに弾む会話の声。
そして最近よく耳にする音の方へ体が自然と導かれていく。行き着いた先は、野球部が練習しているグラウンドだった。
既に何人か先客がいたけれど、みんな野球には興味がないヒーロー目当ての生徒達だった。その固まりから距離を取りつつ野球部の部員を目で探す。
いた。先輩だ。
一つ学年が上の先輩は、私にとって東先輩と同じくらい素晴らしいヒーローだった。他の人から見れば違うと言われてしまうけれど。
勉強はそこそこ、見栄えも普通、自慢出来る運動神経でさえヒーロー達の前では霞んで見える。
それでは何故、東先輩と並んで素晴らしいと思えるか。
一緒にいる人が心に温もりを感じるのだ。
根がマジメで仲間想いな先輩のことを慕っている人は大勢いる。ヒーロー達ばかり目立っているけれど、チームを上手くまとめているのは先輩の力だ。
東先輩は華があってリーダーに向いているけれど、先輩は影から支える縁の下のタイプだ。見えてない部分で頑張っているから、東先輩からも信頼が篤い。
そして、全ての行動に対して損得を考えない。誰かの為に行動することを厭わない。
私の時もそうだった。
入試の日、受験票を忘れて右往左往しているところを先輩が助けてくれた。
全くの見ず知らずの、オロオロするばかりの私を励ましてくれて、本当に救われた思いだった。
この高校に入ってからも先輩は憧れの存在であり続けた。
資料室の荷物が崩れてきた際に、自らケガをする危険を顧みず飛び込んできてくれたのも先輩だった。
身近にいれば頼りになるし、ホッと安心する存在。先輩は多分そんな位置づけなんだろうな。
今日も先輩は一生懸命練習している。その姿を目に焼き付けて、帰宅の途についた。
と、私の横を風のように幾つかの影が追い抜いていった。色が赤や青、黄のように見えたから、恐らくヒーロー達なのだろう。
部活の練習中でも構わず困った人のために駆けつける、ヒーロー達の姿勢は素晴らしいと思う。
でも、悪者を退治するだけがヒーローではない。
決して目立たないけれど、影からみんなを支える縁の下的な役割の人も、ヒーローと呼べるのではないか。
華々しい活躍に魅入られて知られていないけれど、私はそんな人を二人も知っている。
……二人のヒーローが思い描いている夢が叶うといいな。そう思いながら、学校を後にした。
二人のヒーローが夢を叶えたかどうかは、また別の話にとっておきます。
ただ一言添えておきます。『努力する人は必ず報われる』。あとは、もうお分かりですね?
私は今も、二人のヒーローを応援し続けています。
END
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